新年の挨拶 | 夢は小説家ですと本気で宣ふブログ

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文章の世界に魅入られた小娘が、妄想を書籍化しようと奮闘する日記。

 今更では御座いますが、新年明けましておめでとうございます。
 昨年度は26歳を迎えたということも御座いまして無事わたくしもアラサー女子の仲間入りを果たしました。おかしいですね。私、二次元界の生きもののはずなので人間界の年齢は適応されないはずなのですけれど、そういう発言を控えなさいという現実主義者の大人たちの助言もあり、また、新年明けましてまだ1週間もたたぬうちから嘘ばかり申しては、神様に今年1年間の吉運を没収されてしまいそうな懸念もありますゆえ、いまくらいは正直に年を明かした次第でございます。
 ご存知の方も多いでしょうが、仕事を辞めた22歳のときに私が許した夢を追いかけるためのフリーター期限は25歳まででございました。というのも世間体を気にする私です。20代女子の「私、将来小説家になりたいです」は可愛らしくてもアラサーともなってくると、「もう若くないのだから」と蔑まれ結婚適齢期ですねとか言われたりしてくるわけですよ。そうなったときに、表面上偽る仮面は必要で、だから26歳の冬も迫った10月21日。滑り込むように就職したのですねぇ。なので、私の現在の肩書きは、イタリアンフレンチのサービスマンを名乗りつつ、裏でこそこそと駄文を綴っては人様の職場に送りつける環境破壊活動家ということになりますかね。大量に印刷したコピー用紙をダブルクリップなどで固定して、茶封筒に放り込んでは郵便局に厄介になる。言っていて虚しくなってきた。そんなに悪いものじゃない。小説家の卵、そんなに悪いものじゃないよ! 確かに、夢想家な一面があることは認めよう。だって仕方がないじゃないか。20歳まで学生で過ごした大半のうち、私が小説家を志したいと考えたのが14歳のとき。すくなくとも6年間は、自分が小説家になることだけを考えて生きてきたのですもの。冬の空がグレイの厚い雲に覆われて日差しを閉ざす様子を、指先を擦りあわせる彼女の細く長い指が北風に攫われてしまいそうな様子を、大輪の花を咲かせた椿が冬景色のホワイトアウトした街中に痛いくらいの赤を目に焼き付けてくる様子を、文章に起こしては表現が気に食わないと紙を丸めて、髪を掻き混ぜた。そんな6年間を過ごしていたのだから、多少世間様と違ったものの考え方、世界観を持ち合わせていても仕方ないじゃないかと私はそう、もう開き直っているのだ。
 そう考えてみると、頭の中が読めないというのは私という人間を人様に教える上でずいぶんと損をしているように思う。イタリアンフレンチのサービスマンとしての最低限の立ち振る舞いなど私のなかに登録されていないのだから、そりゃ動けなくても当たり前なのである。だがしかし、それを仕事と名乗るからにはそれではいけないというのが現実だ。今年1年は表面上の私を形成するのに時間をかけざるを得ないといえよう。シルバーを拭く、ワインを注ぐ、ソムリエエプロンを結ぶ、お料理の商品名やドルチェの名前、すべてが外来語である。ああ、私の頭の中の多くの言葉は日本語にて形成されているというのに、また新しい言葉をインプットしていかなくてはならないというのか。なんという苦行、私の心が鎖国を要求している。黒船さん、お帰りください。私はもう私という人間を守るのに精一杯です。
 でも、そういったマイナス発言ばかりしているとどういう訳か神配置と呼ぶにふさわしい場所に私にとって有効である言葉掛けをしてくれる人がいて「やったね、またこれで小説の幅が広がるね」なんて言われたりするのだ。ふむ、そうであるか。私という人間が経験値を重ねるほど小説は奥ゆかしく面白いものになる。
 そう前向きに考えてみれば、すべての事象に対して考え方や捉え方も変わっていくというもの。いとをかし。

 いつもながらに長々と駄文を綴らせていただきましたが、今年も文章を綴っていきたい所存でございます。新年というものは新しくものを始めるのにいいと申しますが、わたくしも例に倣って新しいノートパソコンを購入いたしました。
 今年はブログを再開しようと考えています。あまり人様のタイムラインを埋め尽くさないようにブログにて私の世界観を展開していこうと考えております故、お付き合い頂ける方はそちらでもどうぞよろしくお願いいたします。

 佐々木あんの