最近、幼児虐待のニュースが続けざまにはいってきてこういうときはきちんとそのことに向き合いなさいってことなんだろうなと思っている。考えてみたけれど苦しいだけでまとまらないので心情を吐露しようと思う。
飲食業で働き始めて、それこそ15歳のアルバイトから換算したら私が飲食業で働き始めて11年目を迎えた。バイト先には多くの子どもがやってくる。ファーストフードという業態自体も親子の集客に力を入れているから必然的に機会は増える。多くの子どもと接してきたと思う。どうしようもない子も、親も、本当にいい子もその親も、100の家族があればそのぶんだけ、子どもがいて親がいた。
そして今、焼肉屋で働き始めて、卓担当をすることになってより家族と触れ合う時間が長くなった。働き始めて1年間、そこそこ多くの家族を見てきた。
「食育」という言葉がある。もちろんそれは「食に関することを育てること」を指すのだけれど、お客様のテーブルではまさしく目の前で食育が行われていた。
飲食業の基本として、テーブルはひとつの家にはいるようなもので、だからこそ「失礼します」と入っていって「失礼しました」と出て行くのがルールだ。壁も暖簾も間仕切りがない場所でさえ、みえない扉がそこには存在して勝手に入っていくことはタブーである。私とお客様との間には見えない壁が存在している。
間違っているんじゃないかなと思うしつけが目の前で行われていることもある。でも私は接客マンに過ぎなくてそこで人様の子育てに介入するのは愚行でしかない。黙することこそ正解だ。
けれども、幼児虐待は立派な犯罪で、それはコンビニ強盗や包丁を持った男の乱入といった事件と同等で、それこそ直面したとき我われにも通報の義務があるということは念頭に置いておく。
幼児虐待と事件になるときにはもう手遅れで、それから対象となっている子どもは親が絶対なる存在なんだということを理解したい。親から与えられる言葉、思想、食事それらすべてがその子の糧となってその子は成長する。
望まれて生まれてきた子。そうでない子。子を成す行為はひとつでも、生まれてくる理由は千差万別である。
どうしたらもっと多くの親子が正しい知識と金銭を与えられて幸せになれるのだろうといったことを考えてみる。そうした活動に多くの方が携わって思考して、世の中を変えていこうと努力しているのだろうと思う。
私に何ができるわけでもないけれど、こうして考えたり言葉にしたり、人に伝えてまたその人も考えて、そうやって理解を広めていくことも何かしらの力や物事を動かすきっかけになるかもしれないと思った。
友人が保育士になったり母親になったりして、より身近なところでさまざまな親子のトラブルに見舞われたりしているんだと思う。
violence solves nothing
暴力は何も解決しない。いま一度、この言葉を思い出そうと思った。