都会の蝉は一匹で鳴いている。
昔ながらの飲み屋街、居酒屋発祥の地ともいわれている新宿三丁目の店先で、外販に立つ。
「冷たいビールはいかがですか?」
腹から声を出しながら、伝える客は通らない。自分の喉の調子を確かめるために声を出し、通りの様子を確認する。煙草屋のおとっつぁんも、末廣亭のおとっつぁんも、毎日同じように立っている。中華屋の壁に蝉が止まっていて、鳴いている。一匹の声が虚しく響く。ああ、恋人探しは難儀なのかと思う。客のいない通りで、喚く私と何が違うだろう。
兵庫県の蝉はさながら鳴き声の異種格闘技戦だ。対抗する相手がたくさんいると、張り上げる声にも力が入るだろう。
都会とは違う蝉の声や、涼しい風(灼熱のアスファルト照り返しは此処にはない)、繋がらないWi-Fiに、長閑だなぁと感じながら、慣れない携帯電話に向かって文字を打つ。
1週間の帰省です。とりあえず初日の今日は親戚一同集まってくれるのだそう。
長閑だなぁ。
※長閑で「のどか」と読みます。最近はあまり聞かない熟語ですね。