「あなた、お帰りになっていたの……」
櫻井の母の声が苛立っている。
露骨に顔つきも険しくなっていた。
二人の間の溝が、そこに深く横たわっている。
確か、この人は妻とは別の人と……。
それがただの浮気じゃなかったのだと、二人のただならぬ気配で相葉は肌で感じ取る。
こんな緊張の中で育てば、どんな子供だって、少なからず生き方に影響を受けてしまうだろう。
「この子は、翔の……」
「そう、あの子が勝手に作った番。その上、翔の子を身籠ってるのよ」
「じゃ、じゃあ、二人を正式に結婚させるのか?」
混乱しつつも、櫻井の父親はどこかほっとした表情を浮かべる。
「まさか!それはありえないわ。ただのオメガと翔を結婚させるなんて」
「しかし、出来てしまったものは……」
「そうね。おっしゃる通りだわ。出来てしまったからには、ちゃんと管理しないと」
「管理って、おまえ……」
「あなたがちゃんと管理出来なかったせいで、翔が死ぬほどの苦しい思いをしたのを忘れたの!?」
二人のやり取りの隙間から、更に穏やかならぬ闇を感じて、相葉は思わず身震いする。
櫻井の名が出れば、その思いは抑えようもなく加速してしまうのだ。
「それは、私だけのせいじゃない!」
とうとう父親の方も声を荒げる。
「そうやって、あなたは責任逃ればかり!」
「おまえにはずっと悪かったと思っているさ」
「心にも無いことを……。本当なら、翔が生まれたんだから、外に作る必要なんか無かったのに」
「仕方ないだろう!私は運命の番に出会ってしまったんだ!」
その言葉に心ならずも、相葉は鼓動を速めた。
……運命の番。
それはどんな契約よりも、強い拘束性を感じさせる言葉だ。
たまらなく惹かれる。
だけど、それは所詮、どちら側から見てもただの都合の良い方便みたいなものでしかないのだ。
「愚かよ。あなたはそんな世迷言を信じているの?まともじゃないわね。……でもそうね、そう信じれば、多少は気持ちが楽になるでしょうから」
「おまえには分からん。おまえは出会っていないんだから」
「そうやって、私を憐れんでいるつもり?あなたの身勝手さには、もううんざり。好きにすればいいわ。でも、翔の事には口を出さないで」
「でも、この子が可哀想じゃないか。生まれたら、子供と引き離すつもりなんだろう?」
ようやく自分に話題が戻って来た時には、二人の想念に気圧され、相葉は少しぼんやりしてしまっていた。
引き離す?
子供と俺を?
そして、翔さんとは一生、会えないまま……。
不意に、相葉の目頭がじわりと潤んだ。
すべてを奪われてしまったらと思うと、空恐ろしくなる。
戦おうという気持ちが、ゆっくりとしぼんでいく。
「辛いだろうとは思うわ。でも、仕方ないのよ。成り行きの関係でしかないのだから」
「違うよ、母さん」
凜とした声が響き、項垂れた相葉の肩にそっと手が置かれる。
「翔!」
「俺と雅紀は違うんだ」
顔を上げた相葉の目に、愛おしい人の横顔が映った。
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翔さん、間に合いましたかね?
さて、ワクワク、行けちゃうのです。
もう、すべての運は使い果たしちゃったかなあ。。。