灯りを落としたホテルの部屋の中を、ゆっくりと彼が横切る。
白いローブを纏い、濡れて色の変わった黒髪から雫を滴らせ、夜空の広がる窓辺に佇む。
寛いだその様子は静かで、とても幸せそうに見える。
私がぐっすり寝入っていると思っているのだ。
確かに、与えられた愉悦に疲れ切り、束の間、シーツの海で深く眠っていた。
だが、側らから温もりが消えれば、自然と目が覚める。
酔いが覚め熱の引いた身体が、殊更、敏感になっていた。
素直に寂しいと訴える。
窓ガラスに映る櫻井の整った横顔を、私は密かに愛でた。
……翔。
声には出さずに、決して呼んだことの無い名前を口にした。
当然、彼は気付かない。
彼自身も疲れているのだろうか。
ぼんやりと窓の外を見るその瞳は、夜空の星のように遠い。
男に組み敷かれ、翻弄される歓びを知ってしまった身体は、今は彼のものだ。
そう彼だけのモノ。
かつての所有者の名残は、日々記憶からも、身体からも消えて行く。
その筈だったが、それは目論見違いだった。
櫻井の中に同じ所を探し、違う所を見つけては安堵する。
しかし、私はその事に罪悪感は持たない。
罪悪感を持ったが最後、この関係は朝靄のように意味をなさなくなるから。
心に影を抱えた私を丸ごと愛していると思うことで、この不安定な二人の綱渡りを続けていけると彼は信じている。
綱の下には、そんなまやかしのネットが張り巡らされていた。
たとえ二人の内、どちらかが足を滑らし落ちても、その誤魔化しで壊れる程、互いに傷付かずに済むと思っているのだ。
大人な関係。
真実を語るのも空々しく、未来に夢を馳せるには背徳的。その曖昧さが、いつも居心地よく私を満たした。
でも私の中の我儘な子供が、時折り、それだけでは物足りないと騒ぎ出す。
……櫻井……。
私が名を呼ぶ度、小さく緊張する彼が好きだ。
愛情を篭められて呼ばれるのが、まるで始めてかのように動揺を隠せない。
私がじっと見返せば、静かに受け止めながらも、どこか頼りなげに笑い、それ以上に強い視線で返して来る。
その強気とポーズが私を安寧へと導いてくれた。
同じ強引さでも、こうも違う。
彼とは今でも時たま、電話で話をする。
偶然のように出逢い、にこやかに会話も弾む。
でもその度に、さらさらと心に塗りつけた固い殻が砂のように落ちてしまう。その綻びだけが、私を躊躇わせるのだ。
だが、そこに愛はない。
終わってしまった恋に、形など残らない。
あるのは胸を締め付けられるような思い出だけ。
甘美過ぎた愛の思い出は、終わってしまえば、やけに苦く感じるものだ。
私はその苦さが嫌いなのだ。
愛とは、もっと幸福なものだと思いたい。
私は自分の弱さとしたたかさに、愛を失う度、向かい合うのに疲れ果てた。
そして、私は求める。
そう、まただ。
都合良く彼を呼ぶ。
『逢いたい……』
その言葉だけで、彼は愛を携えて遣って来る。
そうだ……、私は誘惑された訳ではない。
私が誘惑したのだ。
では、……私が彼に差し出しているのは愛だろうか。
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御前様とアイドルグループの彼との逢瀬です。
後編は、ごめんなさい。
アメ限にさせてくださいませ。