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10月2日(火曜日)ANNEのブログです。
先月、本来であれば岩手在住友人と一緒にあるいたであろう・・・
小岩井農場を一人拝見させていただきました。
岩手滞在中な亡くなった友人がいつもそこにいる
感じがしていました。彼女の暮らしていた町の駅におりますと・・・
偶然にも彼女の御親戚の方がタクシードライバーでした。
本来乗車すらはずのタクシーはなぜか?
ナビ登録中でして、私が(お客)立っていましても
ナビに夢中だったんです。![]()
それで後ろのタクシーへ乗車したのでした。
そのドライバーさんがだれであろうかも
知らないで乗車した私は
彼女が住んでいた場所に行き先を伝えたのでした。
タクシードライバーさんはあそこは、
すでに建物は解体されて誰もおりませんとか、
お客さんがおしゃる方は・・・
とか。
台所は1階でして・・・とか。最後お寺で降ろしてくださいと伝えると
・・・
友人のお父さんの従兄さんであるということがわかりました。。゚(T^T)゚。
まるで彼女が「間違わないでお墓に来てね!」と私を誘導してくれているようでした。
御寺に出向くと事前に連絡をいれていたので御寺さんが暖かく迎えてくださいました。
それも、午前中彼女のお姉さんがお墓にいらしていたとのこと。。゚(T^T)゚。
お墓には彼女が好きであろう淡いトルコキキョウが生けてありました。
御線香をあげに来たので・・・お身内のかたが私がでむくその日にこられて・・・
偶然ですが・・・
魂が私を待っていて迎えてくれていることを・・・偶然が偶然といえない遭遇に
おいおい泣いて・・・最後にはなんで・・・亡くならないといけないのとも。
太平洋岸もこの目でみれましたし・・・
彼女とあるくはずの小岩井牧場も本当に良かった。
滞在中は・・・いろいろな思いが・・・感謝![]()
本題にはいりますね。
本日のブログタイトル:小岩井牧場です。![]()
非公開の生産現場プラス登録有形文化財をめぐるバスツアー
小岩井牧場の開設:1891年(明治24年)
共同創始者:小野義眞・岩崎彌之助・井上勝の三氏の頭文字より「小岩井」と名付けられました。
開設当時は、この地は火山灰土の不毛草原。その為土壌を改良し暴風、防雪林を植林し、
植林はやがて農場農場面積の3分の2に広がる山林事業へと生まれ代わり・・・。
不毛の原野は一世紀以上のたゆまぬ努力の中で緑豊かな大地へと生まれ代わり、、、。
現在に続く酪農事業は我が国の畜産振興を目指すブリーダーとして
家畜育種改良をスタート。
1901(明治34年):オランダから乳用種牛ホルスタイン種を輸入。
乳用乳、バター、チーズの製造技術を確立し、我が国の乳業事業の発展に貢献。
1902年(明治35年):発酵タイプの「小岩井牧場」の市販開始。
ANNEは三菱の岩崎財閥、岩崎久彌さんのファンですが
この小岩井牧場は
すでに121年という歴史となったそうです。
20年ほど前に入院中・・・
久弥さんの実践された畜産農法、循環型のちょっとした本を読みました。
そこには荒地に森を作り、農場経営を模索されている久弥さんの姿が映し出されて
いました。
つまりその写真は小岩井農場だったんです。(;^_^A
岩崎家の本邸は湯島にありますが建築がジョサイヤ・コンドル氏でしたので
建築と暮らしが・・・ライフスタイルとつながり・・・
小岩井牧場での様子にもとっても興味がありました。
千葉県の末広牧場は財閥解体とともに無くなりましたが、
こちらの小岩井農場は現存しいまでも
小岩井チーズやバター、牛乳といった商品が販売されています。
今回2012年ガイドつきツアー「小岩井農場物語」・・・
参加できましたので
ご紹介させていただきますね。(^_^;)
<ツアーコース>
「まき場園」から旧網走街道へ、そして
9月は農場本部
と下丸界隈(下車)
説明してくださったガイドさんは会社のモットー
「安全、安心、素性明らかな製品づくりに真剣に
取り組んでいます。」という
スローガンのもと・・・ご自身の素性もおはなしされて![]()
こちらは、車の代わりの馬(馬車用)
車が置いてある場所の少し前の建物、
そこは明治時代は馬車のおいてあった
ところだそうです。
いまでは車に全て代わりましたが小岩井農場は4000ha
現在財閥解体後3000haだそうですが
東京山手線の半分面積が
現在の小岩井農場の面積になるそうです。
この場所からツアーは
4階倉庫へ鶴が台牛舎・バイオマスパワー雫石・天然冷倉庫・上丸牛舎・一本桜・
帯状複層林・法正林・まき場園(終点)
また別記事でご紹介できたらとも・・・
事前に本を読んでいたので大変興味深く拝見することができました。
感謝![]()
今日も一日心おだやかな日でありますように
ANNE








