3日目。最終日。
まず旧海軍司令部壕へ。
自決した時の手榴弾の破片が壁に食い込んだのがそのまま
残っている。
これをつるはしで掘ったとか…。
電報とか、家族に宛てた手紙とか。言葉にできない。
続いて平和記念公園。
写真は何も隠さずそのまま展示されている。
生々しい証言も。
「失敗の本質」、阿川弘之の帝国海軍提督3部作、山本七平の
「空気の研究」、田尻祐一郎の「江戸の思想史」、尾藤正英の「日本文化の歴史」、島薗進の「国家神道と日本人」を読んで日本人が戦争に突き進んだ理由を当時の世界情勢という外的要因ではなく日本人の国民性という内的要因から紐解きたいと思っていたけど、旧海軍司令部壕と平和記念公園へ行ってなんだか余計に分からなくなった気が
する。
日本軍の民間人の扱いはその民間人が「沖縄人」だったからああいうことをしたのか、本土の「大和人」に対しても同じことをしてたのか。
海軍壕をつるはしで人力で掘らなきゃいけないような物量ではもはや何がどうころがっても持ちこたえることはできないことは子供でも
分かるはずやけど、本土決戦を少しでも遅らせるための持久作戦
だったらしい。
ここで時間稼ぎをしたところで本土も武器は竹槍くらいしかないわけ
だから意味はなかったのではないか。
日本は交渉が下手だったんやろうか。
交渉によってはもっと早く決着をつけれていたのではなかろうか。
米軍が沖縄に上陸する間に降伏していれば沖縄は占領されて
いなかった?
もっとも、交渉したり、もう勝てないと現実を見たりするために必要な
理性は「大和魂」とやらには無力だったらしい。
かれこれ2時間くらい平和記念公園で過ごし斎場御嶽へ。
斎場御嶽近くの知念岬。
を眺めながらのタコライス。
斎場御嶽。
ガイドのツアーに参加。予習してたおかげで話がよくわかる。
最後の小話が面白かった。「なんくるないさー」は「なんとかなるさ」という意味で、本人が努力してるしてないに関わらず「なんとかなるよ」という意味で使われがちやけど、この言葉には実は前置きがあって、「まくとぅそーけーなんくるないさー」というのが正式。
「なんくるないさー」は「誠のことをしていれば、」という意味。
つまり、「ちゃんとしていれば」という但し書き付きだったということ。
最後にニライカナイ橋へ。
そこからレンタカー屋へ向かい車を返却。
空港へ。
ここでタブレット用のキーボードを失くしたことに気づく。
帰りたくなかったんやね。
那覇空港18時25発羽田空港2055着。
空港から家の最寄り駅まで直行バスで帰宅。
沖縄、こんなにいいところだったとは。
星空見たいし、また行きたい。
他にどこ行けばいいんかな。





