新宿にある音楽教室の帰りに下北の「路庵(ろあん)」に寄った。前回、いつ行ったのか思い出せないほど昔のことのように感ぜられたが、ちかくは去年あたりに行った記憶もうっすら残っているものの定かではない。

 さすがにコロナ禍の2年間は茶沢通りというバス通りを渡らなければならないおっくうもあって路人として足が遠のいていた。覚えがあるのは、3度目に行った折、天麩羅蕎麦の天麩羅でない、季節の野菜天麩羅の一品料理を注文した際に 前回注文した野菜天麩羅と比べて一段と野趣に富んでいたことであった。

 タラの芽などは良いとして、ラディッシュの実の堅いのに閉口し、二度とたのまないと決心させるほどに野趣に富んでいた、というより、富みすぎて店主のセンスを疑ったほどであった。他人の技量を貶(けな)すのは自らの本分に反するが、それにしても「二度とたのまない」と意を決するほどの酷い料理だった。

 今回も怖いもの見たさに「お品書き」を広げては、曰く付き季節の野菜天麩羅の有りや無しやを見れば、店主の信念は相変わらずで、一品料理の後方におぞましくも待機しているのであった。こちらとしては怖いもの見たさと品目替えを期待しつつも、「二度と頼まない」を貫き、季節の野菜から目を背けることとなった。

 まず、ビールの生(エビス)をたのむ。次に、これを目当てに来ることになった、逸品料理ともいえる「揚げ出し豆腐」をたのみ、古いお品書きの前にあった新たなメニューを手に取る。その中に、「おつまみ五点盛り」というのが目に飛び込んできた。

 子細を読むと、鴨のロース、牡蠣のオイル漬け、豆腐の味噌漬け、エイヒレ、塩辛クリームチーズ、970円と自信あり気である。エイヒレにはマヨが添えてある。豆腐の味噌漬けは初体験、舌の上で転がすとコクがあって珍味というに相応しい。

 紙に子細が載ってはいたが、キャラメル風の体裁を装っていたので不審を抱きつつ、スタッフに声を掛けて何をか質(ただ)す。豆腐の淡泊さと味噌が奇妙なバランスを保つ風である。塩辛の中にクリームチーズを散らしていたものも奇抜で珍味。店主の創作力に関心したものである。

 さて、肝心の蕎麦の方である。〆にセイロ800円、北海道雨竜郡沼田町産、北早生(キタワセ)蕎麦の初物をたぐった。玄そばをそのまま挽いて打ったに違いない。つなぎに何を使用したかは分からないが、田舎蕎麦のような黒色麺に歯ごたえのある腰つきは年寄りにとっては優しいとはいえない代物である。ゆで時間が足りないのだ。香りもなく、またしても我がダメ出しの批判を浴びることとなった。