【イグアス】日本の裏側で日本を見つめる。 | 世界の道の曲がり角 The Bend in the Road around the World

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山と旅と写真の記録。旅中は生存報告ツールとして。
2019.1~2020.3世界一周完
2022.3山を求めて長野県に移住
2025.8再び旅に出る


夢いっぱい 元気にはばたけ イグアスの子

本日はイグアスの移民資料館に見学に行きました。
パラグアイには戦前後に日本から1万人以上が移住しており、いくつかの日本人居住区があります。ここイグアスもそのひとつ。


館長の園田さんが色々教えてくださいました。パラグアイは当時、周辺諸国との戦争で人口がとてつもなく減ったため、生産力を高めるために移民を募った。日本はというと仕事を失った炭坑夫などが溢れかえり人手が余っている状態。そういった人たちが仕事を求めてパラグアイへ移り住んだといいます。

狩猟民族だったパラグアイ人と違って農耕民族の日本人は荒れた土地を切り拓いて農地を作り、自分たちの暮らしを作り上げていったそう。文章で書けば簡単な話ですが、当時それはもう大変な苦労があったでしょうね。


館内には当時使われた農具などが展示されています。


当時のパスポートなど。
日本の出発点は神戸港。思わぬところで地元が話題に上がる。関連施設もまだ神戸に残っているそうです。また、兵庫県はパラグアイにいくつか姉妹都市があって、知事がパラグアイを訪問しているんだって。地元のこと、なんも知らねーな。

1000人近くが船に乗って太平洋を渡り、南米にたどり着いたといいます。途方も無いな。


当時の資料展示。VHS。パラグアイ移民のっていうか時代の遺物感すごい。


こちらは墓地。日本の墓石が建っています。ここでは土葬が主流だそう。火葬はアルゼンチンなどでできますが費用がとてもかかるらしい。
余談ですが写真左の木は昨日の落雷で粉々になりました。人に落ちなくてよかった。

イグアスには移民一世の方々がまだたくさんいらっしゃるので日本語もかなり通じます。今日はATMでお金を下ろすとき私の勘違いで少しトラブったんですが、日本人の銀行員さんがいらっしゃったおかげで無事解決できました。よかった。
日本語学校もあってしっかり日本語も学ぶことができます。両親とも日系人でない純パラグアイ人の生徒もいるそう。

イグアスの日本人の方々はパラグアイに移り住んでからも日本の文化を大事にしていらっしゃいます。昨日1月15日は成人式も行われました。(様子は見てないけど) 
桜の並木もあるし、夏には盆踊りも行われる。何なら日本本土より日本らしい。古き良き日本って感じがします。平成生まれなのでそのへんは感覚でしか分からないけど。
日本人は約束は守るし時間も守る。仕事も一生懸命がんばる。なのでパラグアイの人たちには信頼されているという。そういったことも、ここに移り住んだ日本の人たちが大切に育んできたものなんですね。

旅をしているとその場所と比較して常に日本のことを考えますが、地球の裏側で一番深く日本のことを考えました。国際化の波にも乗り遅れられないけど、日本独自の良いところは変わらず守り続けたいものだなと思います。