7月20日(月祝)
櫻田山神社
宮沢賢治記念館
湯田ヨーグルト
道の駅上品の郷にて起床。昨晩は併設するふたごの湯にて久々に大きな湯船に浸れて最高だったな。
あとで食べたランチ。花巻市周辺のブランド豚、白金豚のカツ丼。うまうま。大して運動もしていないのにカツ丼なんか食っちゃってまるまる肥えていく私を注文の多い料理店の主人たちが舌なめずりしながら見ているかもしれない。だがカツ丼美味かったので悔いなし。
7月20日(月祝)
櫻田山神社
宮沢賢治記念館
湯田ヨーグルト
道の駅上品の郷にて起床。昨晩は併設するふたごの湯にて久々に大きな湯船に浸れて最高だったな。
あとで食べたランチ。花巻市周辺のブランド豚、白金豚のカツ丼。うまうま。大して運動もしていないのにカツ丼なんか食っちゃってまるまる肥えていく私を注文の多い料理店の主人たちが舌なめずりしながら見ているかもしれない。だがカツ丼美味かったので悔いなし。
さあ来たぞ来たぞ7月の3連休。日帰りじゃ行けない遠くの山に登るか?それとも泊まりの縦走登山もアリ!ふふふふ〜ん。
しかし雨。あいにくというかやっぱりというか、雨。連休と晴天が永遠に足並み揃えなさすぎ。もっとも、東北の梅雨入りは関西より2週間ほど遅い6月後半であり、7月半ばを過ぎた今も梅雨明け宣言は聞こえてこない。地方によってこんなに違うなんて、日本って広いんだな。
毎日何回も天気予報をチェックするがどうやってもあかんので、登山はすっぱり諦めるとする。こういう天気の悪い休日は下界のお出かけにうってつけ。短い東北拠点生活、貴重な休日は一日たりとも無駄にはできない。
7月19日(日)
中尊寺金色堂
3.11津波被災地
早起きして車を走らせる。雨は降らない曇り空で日差しが強くないのがありがたい。
まずは中尊寺金色堂。社会の教科書に載っていた中尊寺金色堂。それが何ものなのかは分からないけどなぜか平等院鳳凰堂とセットで唱えられる中尊寺金色堂。今調べるとどちらも平安時代の浄土教建築の代表例らしい。へえ〜。
中尊寺金色堂は岩手県南部の平泉にあり、奥州藤原氏によって建立された。あ、そのへんはなんか分かるぞ。あれやろ、源義経がおったとこやろ。Googleマップで初めてその場所をちゃんと知る。平泉は2011年に世界文化遺産に登録されており、さらに中尊寺金色堂は国宝に指定されている。
9時過ぎ到着で第一駐車場に余裕で停められたが、3連休中日とあって昼前に戻ってくると満車だった。駐車料金400円。
杉の大木が並ぶ参道。地味に長い登り坂をグイグイ登っていく。まだそれほど暑過ぎない時間帯でよかった。
途中で武蔵坊弁慶の弁慶堂。
中は天井まで賑やかに装飾が施されていた。
本堂。中にはでっかい釈迦如来。平泉や奥州藤原氏の歴史が展示されていてお勉強になる。
いよいよ金色堂。この覆堂で保護されている。拝観料はこの金色堂と護衛蔵、後述の秘佛御開帳の共通券で1600円。
内部は写真撮影不可なので写真はない。気になる人はネットで検索していただきたい。でもできれば一度実物を目にしてほしい。
とにかく金ピカピンのキッラキラ。
お堂の壁から柱から天井から、内側に立ち並ぶ仏像(多い)も金キラキン。金閣寺より全然キラッキラだった。金箔のほか、貝を用いた螺鈿細工や象牙なんかも散りばめられているからかもしれない。もしくは覆堂とさらにガラス壁で保護されて静かにライトアップされているからか。もっとも覆堂は金色堂が建立されてから50年ほど経って作られたとネットで見た。50年もこの美しいお堂を野ざらしにしていたのか?正気か??
極楽浄土を表現したというその佇まいはそこだけなんだか現世と切り離されたような現実味のない空間で、見ていると心安らぎ、思わず時の流れを忘れてしまう。金色堂には奥州藤原氏四代の亡骸が今も安置されているそうだ。世界各地でいろんな遺跡とか見てきたけど900年もの時を経てこんなものが現存する日本もなかなかにクレイジーだなと思った。
全てを朽ちさせる五月雨もここだけは振り残したのかなってぐらい今なお金ピカピンだね光堂って意味らしい。いやほんまそれ。芭蕉さんもそのあまりの輝かしい姿に思わず一句読んじゃったんだろうけど(そんな単純なもんじゃないらしい)、松尾芭蕉がここを訪れたのは金色堂が建立されてから500年経った頃で、驚くことにそっからさらに300年以上経ってもまだ金ピカピンだからね。五月雨めっちゃ降りのこすやん。
平和と安寧を願って建てられたという金色堂。何かと心穏やかでいられない現代にも通じる思いがある。こっから300年先の人たちにもぜひこの美しい金色堂を見てほしいから、どうか世界よ平和であれ。
「奇跡の一本松」とその後ろに津波で水没したユースホステル。他の松の木は全て流されてしまった中、この松だけユースホステルが壁となったからか残ったそうだ。それでも塩害で枯死が確認されており、今は人工的な復興モニュメントとして立ち続けている。
道の駅に隣接する震災伝承館ではテレビで流れるものより一層リアルな被災の映像を見ることができる。恐ろしい。恐ろしすぎる。絶望しかない。
三陸の人たちは3.11前から津波の恐ろしさを伝え聞かされており、日頃から対策や避難訓練がなされているそうだ。それでもあれほどの被害が出てしまったのは記憶が風化しつつあったせいもあるという。被災地にはあの震災を知らない世代も多く訪れていて、同じ景色を見ても感じ方は違うのかもしれないなどと思った。かく言う私も現地にいたわけじゃないから似たようなものだ。それでも実際この地を訪れて遺構を目にして伝承館で学んで、気が引き締まる思いになる。防災グッズ見直さないとな。
起こってしまったことはどうしようもない。大事なのは辛い出来事であってもその記憶を風化させず、同じ被害が二度と起こらないように後世に伝えていくことなのかもしれない。
15年もたってしまったけど、被災地を実際に訪れる機会を持てて良かったと思う。
東北地方にいる。
旅を終えて落ち着く場所を求めて地元関西のちょうど良き山を巡っていたはずが、なぜか遠く離れた東北にいる。意味不明である。
経緯を記すと、
収入を得るべくとりあえず派遣社員として働き始める。
→国内なら働きながら旅するのも簡単だよねぇ。
→どうせなら身軽な働き方の特権をフル活用すべきじゃない?
→せっかくなら知らない土地に行ってみたほうがおもしろいんじゃない?
→となると、、東北じゃない?
というかんじである。思考回路がホップステップジャンプ。
東北は西日本民にとってとにかく遠い。なんなら北海道より遠いかもしれない。修学旅行で北海道には行ったけど、東北には2023年に青森県のねぶた祭りに行く機会に恵まれるまで行ったことがなかった。それも長野県在住だったので行けたみたいなとこある。
言わずもがな東北にも登るべき山がいっぱいある。それをいちいち関西から行ってたんじゃ全然行ききれない。じゃあいっそ東北で働きながら一気に巡ってはどうか。
遠方派遣には住居と主な家電を用意してもらえる求人があり、これを利用しない手はない。タイミングよく巡り会えた求人を即決。使えるもん全部使ってく。
というわけで6月初め、愛車のハスラーちゃんと共に福井県敦賀港からフェリーに乗り、丸一日かけて秋田港へ上陸。2026年夏、新章東北編がスタートした。
すぐに最初の週末。慣れない環境に疲れただろうからゆっくり休んでねと勤務先の皆さんに温かくお声がけいただいたにも関わらず、早速山へ向かう。東北の夏は短い。私の派遣期間はさらに短い。晴れた休日は一日たりとも無駄にはできん。東北最初の登山は秋田県の秋田駒ケ岳だ。
6月7日(日)
8:15 アルパこまくさ駐車場
8:49 シャトルバス乗車
9:14 駒ヶ岳八合目着
8:25 出発
10:25 阿弥陀池
男岳
男女岳
横岳
14:00 八合目下山
14:05 シャトルバス乗車
14:30 アルパこまくさ着
秋田駒ケ岳の最もポピュラーなルートは八合目登山口からの道。マイカー規制のためシャトルバスで向かう。片道750円。クレカ可。ICカード不可。
アルパこまくさの広い無料駐車場に到着。秋田駒ケ岳がどーんと佇んでいる。美しい。清々しい青空だ。
駐車場に並ぶ車はほとんどが東北ナンバー。関西ナンバーは浮いてる気がしてちょっと落ち着かない。
駐車場からは田沢湖が見える。水深日本一でその深さ423.4mなんだって。琵琶湖の最深部が104m、明石海峡は60m、諏訪湖は7mらしいからずば抜けて深い。深海の定義は水深200m以深だというから田沢湖の湖底は深海レベルってことか。ちょっとよくわからない。
あー、秋田県はな〜、秋田犬っていう最強モチーフがあるからな〜、秋田犬入れとけば何でカワイイからな〜、ズルいよな〜。長野県もりんご入れとけば全てがカワイイしズルかったな〜。カワイイモチーフがある都道府県への妬み。
秋田駒ケ岳は火山だ。そのインフォメーションセンターが併設されておりさらーりと見てバスを待つ。
さ、八合目登山口に到着。いざ登るで。人気の山とあって人はそれなりにいるけどやはりクマが怖い。熊鈴をチリンチリン鳴らしておく。
いきなり残雪ルート。と言っても数十メートル。秋田駒ケ岳は標高1637mとそれほど高山でもないのにさすが豪雪地帯、6月でもこんなに雪が残っているとは。そんなこと全然想定してなかったのでアイゼンとか雪山装備は持ってこなかったわよ。
しばらくなだらかに登る。展望がよすぎて何度も足をとめてしまう。
土が真っ赤だ。酸化鉄を含んでいるらしい。カナダのプリンスエドワード島みたいだ。
広めの雪渓を渡る。スパイクなしでもいけるけど滑らないよう慎重に。
途中の休憩ポイント。山のなだらかなフォルムがきれいだね〜。
緑の絨毯にのびる木道。なんと牧歌的で心穏やかな光景か。じっくり浸りながら歩き進めたいところ。
が、ここらで急にお腹が強めの主張をし始めた。そんな、さっきまで何ともなかったじゃないか…!
幸い早足で5分ほどのところに阿弥陀池のトイレがあった。並ばず入れてギリギリセーフ。あぶね〜。スッキリほっとして池を眺める。
あらためて見渡すとそこらじゅうに高山植物が咲き乱れている。Googleレンズによるとイワカガミ。
ミヤマキンバイ。
チングルマ。
ちょうど開花したところだと思われる。知らずして良い季節にきた。写真をめちゃくちゃ撮ってしまう。
阿弥陀池を囲むいくつかのピークを順番に登ってみる。男岳へ登ると向こう側に火山の噴火後の独特地形が広がっていた。
ちょっとした稜線歩き。右手奥に田沢湖の全体像が。めちゃくちゃダイナミック。遠くに東北の名峰鳥海山もうっすら見えた。
登頂おめでとー。
ほあ〜〜この景色がこんなにお手軽に見られるとは。どこまでも山だらけ。
さっきいた阿弥陀池を振り返る。
火山地形全貌。なだらかな女岳(右)とちっちゃく小岳(中央)。かなり独特地形だな。人が歩いているのが見える。あっちもルートも良さそうだな。
阿弥陀池に戻ってきてお次は男女岳へ。
ハイッ、男女岳へやってまいりました〜。
下から見るのも良かったが上から見るのも良い。お花畑に夢見心地。
また阿弥陀池へ下って横岳へ登る。最初の男岳から稜線で繋がっていたのでそっちから行けば楽だったのに無計画すぎて。阿弥陀池から登る順番は男女→男→横岳がいいだろう。
順々に花開くチングルマ。ポポポポ!っと効果音が聞こえてきそうなメルヘンさ。
雪形と緑と黒い地面のコントラストのなかに避難小屋が佇んでいるのが良い。
焼森あたりかな。あまりにもつるっぱげの何もない光景。
ゆっくりじっくり楽しんでいると気がつけばあんなにたくさんいた人が全然いなくなっている。みんな帰るの早いな。急にクマが怖くなったので鈴に加えて手を叩いたりスマホで音楽を流しながら足早に下る。
八合目登山口に帰ってきて終了。お疲れさまでしたーっ。
秋田駒ケ岳、眺望がいいしお花畑だし地形もおもしろくて良き山だった。なんでこれが百名山入りしてないんだ。(二百名山) また季節を変えて何度でも訪れたい。
帰りに田沢湖畔に寄る。キラキラ美しくて深海レベルに深いとはここからじゃ分かる由もない。白鳥ボートやSUPなど楽しんでいる人がいる。キャンプも良さそうだな。でもクマがいちいち心配だな。
初の東北登山はお天気にも恵まれて大変良き幕開けとなった。
点々とする暮らしにもちょっと疲れて「己の城が欲しい」とかのたまっていたくせになぜか東北に来ちゃって、私はいったいどこに向かっているんだろうと遠い目をしてしまう。でもあの山の上の大展望に「来て良かったな♪」と手のひら返し。東北行きを思い立ったのもなにかのご縁というお得意のご都合解釈で、つかの間の東北編を存分にエンジョイしちゃおうと思う。
旅人でなくなってから2ヶ月が過ぎた。私は再び日本の社会人として日々を過ごしている。あたかもずっとこつこつ真面目にやってきましたみたいな顔して新しい職場で毎日ちゃきちゃき働いている。
そんな日々にも馴染んできた3月末日、ふいに南極から送った手紙がポストに届いた。
12月に南極のウクライナ基地から出したこの手紙。全然音沙汰ないからてっきり世界のどこかで打ち捨てられているのだろうと思っていた。ちゃんと届いたわ。ありがとう。
そうだ、私は確かに南極にいたのだ。南極だけじゃない、アメリカのジョンミューアトレイルを踏破して中米を巡ってラオスで象にも乗って。色んな景色を見て思い出深い出会いもいっぱいあって。そんな日々を確かに過ごしていたのだ。
そんなこと新しい職場の人は誰も知らない。知ったところでさして興味もないだろう。
そんなもんだ。
誰も知らないけど私はかつてあの旅をやり遂げた。そう思うだけでなんだかこの先何でもやっていける気がする。それぐらい自分を確固たるものにする出来事だった。
そんなわけでありし日々に思いを馳せながら、今日もいたって真面目な社会人を装って出勤する。
今の業務は身体の動きだけで言えばイスから立って話してまた座る、たまに5歩ぐらい歩き、5歩ぐらい歩いてイスに戻る。あとは指先でパソコンかたかたかたかた。
あかん、
運動不足の極み。
筋肉が痩せ衰え脂肪に変わっていくのが分かる。どんどん体が膨らんでる。この先何でもやれる気がしてたけど違うかもしれん。少なくともジョンミューアトレイル踏破は無理かもしれん。
巷ではクマが冬眠から目覚めだしたらしい。私もそろそろ動くとするか。のそのそのそ。
三草山。
兵庫県加東市にある標高424mの山。YAMAPを見てどこ行こっかな〜と探していたときに「三草山(播磨小富士)ふるさと兵庫100山」の文字が目につく。へ〜三草山という名前も播磨小富士という異名もふるさと兵庫100山という肩書きも知らなかった。というか、自分の車を持ったのは長野移住してからなので案外地元関西でも知らない場所がいっぱいある。愛車のハスラーちゃんであちこち行ってみるで。
8:40登山口 三草コースで登る
10:00頂上
11:30鹿野コースを通りつつ登山口駐車場へ下山
青空広がる絶好の登山日和。薄手の長袖でちょうどいい。道のいたるところに鮮やかなピンクの花が咲き誇っている。グーグルレンズによるとミツバツツジ。便利〜。虫たちもぶんぶん飛んでいる。いつのまにこんなに季節が進んでいたんだろう。毎日窓のない職場でパソコンカタカタしてたらそんなことにも気づかない。
余談だが、私は就活で給与や勤務時間などの条件とともにできれば職場に窓があることとつけ加える。外の景色が見えない職場は息が詰まる。今の窓がない職場で働きながらやっぱ窓必要だったわと再認識している。
なんか味があるタヌキ様。
なんかええ道。
花やら道やら写真を撮りながらゆっくりゆっくり進む。こんなおだやかな登山をしたのはいつぶりか。そうよな、本来登山はこうやって草花を愛でながらゆっくり楽しむものよな。
ちょっとした登りもあってバリエーションもある。
振り返ると青い昭和池が見える。ため池だがなんかきれい。景色に変化があるのもいいな。
ほほうこれは良き眺め。
目がよくなりそう。
毎日窓のない白い部屋でパソコンカタカタしてたら目も悪くなりかねん。すごく現代人っぽいなと思う。たまにはこうして視力回復しにいかないとな。
日の光に透ける花びらがきれいだったやつ。
新芽。
下った先に登る道がくっきりと。テント泊縦走だと絶望するけど身軽で久しぶりの登山ならなんのその。
ゆっくり歩いて1時間半ほどで登頂。うぇーい。
山桜が満開。ゆっくりできるベンチもある広場。
トンボ。里山っぽくてよい。
グーグルレンズ先輩によるとアセビ(馬酔木)。葉や茎に毒を含んでおり、馬が食べると酔ったようにふらつくらしい。
気温18度。とっても快適。
広大な緑が広がり家屋が点々としている。
かつて三草山には山城が築かれていてその城跡が残っている。源平合戦の舞台にもなったとか。この高台の城に住んでいたら気持ちいいだろーなー。
下る。山桜という立派な看板があるけどその花は遥か高みにあってよく見えぬ。
どんどこ下って昭和池の水辺まで下りてきた。
これはまた気持ち良い景色。ぼーっと眺めて昼寝したい気持ち。実際昼寝をしている人もいた。
青空に広がる枝葉がよいね〜。
駐車場のトイレ付近まで下ってきたので早めのランチとする。お得意のランチパックを焼いたやつ。やや風が強くて落ち着いて食べられん。
最後に残った桜を愛でて帰路に着く。満開の桜もいいけど新緑と混ざったのもよい。
三草山、眺望がよく景色にバリエーションもあって歩きごたえもあり、半日でたっぷり堪能できる良き山だった。超有名どころでなくともこういう良き山はあちこちにあるんだろうな。
そんなちょうどいい山の近くで職場に窓があることを条件に今後落ち着く場所を探しているところ。旅人ではなくなったけど根を下ろすにはまだ時間がかかりそうである。今日のところはそんな思いを胸に秘めながら真面目な社会人をしてくるとしよう。
かたかたかたかた
自分、南極について今一度語っていいっすか。(いいよ)
あの南極行きから早1ヶ月以上が過ぎた。なんだか今になってじわじわと南極の格別感が湧き上がってきている。時差すごい。リアルタイムで書いた記録と重複する内容もあるが、あらためてあの南極行きを書き記しておきたい。
まず、あの氷の青さ。
青い。
あの曇り空の灰色の世界で一際目を奪う青さ。なぜ青く見えるかというと、色んな色が混ざった太陽の光が厚い氷を通過するうちに赤色が吸収され、青色だけが残るためだ。普通の氷は表面にたくさんの気泡があり、光が乱反射することで白っぽく見えるが、氷河や南極の氷は長年圧縮されて気泡をほとんど含まないために光が内部まで入ることができ、その過程で赤色が吸収されるというわけだ。
あのちんぷんかんぷんだった英語の船上講義でもきっとそんなことを話していたと思われる。なるほどなるほど。
写真右の巨大な穴ボコ。一般的な洞窟の暗闇じゃない。奥深くまで青色。奥に行くに従って濃くなるグラデーションに吸い込まれそう。べったりとした青色でもなく透明感があり、氷自体がぼんやりと光を放っているような色でもある。あのラピュタの飛行石の洞窟みたいな、壁の内側から光っているような…うーん、あそこまでピカピカでもないんだけど。うまく言えねえ。
それにこの大きな穴ボコだけじゃない。細かな割れ目全てが青いのだ。目を奪われるとはこのこと。取り憑かれたようにいつまでも見ていたかったし、未だに忘れられない魅惑の青色だ。
あとツアー序盤で見たこの海の青色。これまたなんとも言えぬ濃い青。海は青いなとは言うけど実際の海が間近でこんなに青く見えたことはない。
南極はどこも絶景ではあったが、個人的には南極3日目に行ったPleneau Islandの景色が一番印象に残っている。抜けるような青空の輝く広大な景色ではなく、このどんより曇天のうっすら霧がかった景色だ。
この静寂。
写真から伝わるだろうか。かすかに聞こえるウシュアイア号のエンジン音もゾディアックボートで遠ざかればほとんど聞こえない。ボートが前進する時のモーターも切ってしまえばあとは慣性で進むボートが鳴らすぴちゃぴちゃとした水音だけ。
あまりにも静かで、人を寄せつけない聖域みたいな雰囲気があった。話すのも憚られる空気。9人が乗っているボートで誰も口を開かず波のない水面をすーっと漂うひと時。あの静寂も相まってあの極端に彩度の低い景色が幻か何かのように強烈な印象として脳に刻まれている。
私がそんなヒリついた雰囲気に呑まれているのに、お構いなしにペンギンがいる。
ふりむけばボートのすぐそばを5、6羽でぴちゃぴちゃスイスイ。自分たちの領域でのびのびと好き勝手にやっている。完全にこっちがペンギンたちの住む場所にお邪魔してる立場だ。ルールとして謎の病原体を持ち込まないために南極動物から5mは距離を保たなければならないし、海や地面を汚染しないために消毒など徹底するのも当然のマナーと言えよう。
クジラももうすぐそこに。南極ツアー中にクジラは幾度となく見たけれど、高く噴き上がる潮や背びれ、そして一瞬この尾びれが見えるだけで結局その全体像を見ることはなかった。一度ウシュアイア号の下を通ってくれたがはっきりとは見えず。
南極にいるクジラはシロナガスクジラ(体長25メートル超)、ナガスクジラ(20メートル超)、ザトウクジラ(15メートル)、ミンククジラ(10メートル以下)と色々いるらしい。チラッと調べた感じ、よく見たのはミンククジラな気がするなー。……分からんな。いったいあの水面下にどれほど大きな姿を潜めているのか。
こんな幻のような景色の中にかわいくて小さな生き物がぴょこぴょこしていたり姿の見えない巨大生物が蠢いていたりする様は、まるで異世界転生モノのアニメに飛び込んでしまったみたいだなと思ったりした。転生される主人公ってこんなかんじか。
他には気がつけばそこに寝そべっているアザラシ。
この時期レアなシャチ。
延々と舞い続ける巨大なアホウドリ。
(カモメじゃなかった。Albatross、アホウドリ。カモメもいることにはいる。)
南極ならではの動物はわりと見られたほうだと思われる。
もちろん光あふれる壮大な景色にも素晴らしかった。南米大陸南端から遥々2日かけてやってきた地点は南極大陸にぴよっとのびる細っこい半島の先っちょでしかなく、あの奥に見える沿岸の向こうにあのオーストラリアよりも大きな大陸が広がっていると思うと圧倒される。地球、広すぎ。
他のどことも違う見ず知らずの自然がまだまだ続いているというのだから、私ってちっぽけだナとか思ってしまうのも仕方がない。ペンギンも人間も同じぐらいのちっぽけさ。
でもなんだろな、実はこういう景色は私にとって人生を揺るがす大感動‼︎ってほどではなかったことをここに正直に記す。
素晴らしいのは確かなんだけど、白い雪と氷に覆われた陸地は雪山登山で見る景色とも通ずるところがある。高いところから見渡せるのもあって、心を打つレベルで言えば登山で見る景色のほうが感動的だった。
たぶんツアーで連れて行かれているのも案外感動しなかった一因だと思う。ぼーっと船に乗っているだけでハイッと景色を見せられても、それがどこなんだか何なんだかよく分からないままにまた次へ連れて行かれる。あのアメリカのジョンミューアトレイルだって自分で地図を見て己の足で歩いたからこその感動であり、あれがバスで絶景ポイントを巡るだけのツアーだったら一生物の思い出にはならなかっただろう。
団体ツアーは異文化なツアーメイトと英語で(時にはスペイン語で)コミュニケーションを取らなければならない心のハードルとか、移動範囲や時間の制約も疲れちゃう。南極に限らずツアーはだいたいこういうことに気を取られて疲れてしまって、見たものに大感動した覚えがあまりない。
とはいえ南極に自分で舟を漕いでいけるはずもないんだから仕方がないんだけど。
自分のコミュ力や協調性不足を棚に上げて文句ばかり言っているけれど、幸い私には日本語で通じ合えるツアーメイトがいてくれたし、船で出会った皆さんもとても親しく良くしてくれた。皆さんが今どこでどうしてるのかなとふと頭をよぎる。みんな南極というおそらく一生に一度の体験を時たま思い出してはじんわりと浸っていることだろう。
南極ツアーの最中や帰還直後はその場その場を凌ぐことや旅を進めることに必死で南極自体に没入できず、上記のとおり景色の感動も程々で、大金叩いて行ったのに案外感動が薄かったなとちょっとがっかりしたところもあった。「南極どうだった!?」と期待の眼差しで聞かれるたびに答えに困ってしまう始末。(なので率直に7大陸踏破した達成感を挙げていた。)
それが1ヶ月以上たち、旅を終えて快適な日本に帰ってきた高揚感も落ち着いてきた今、ようやく南極のことをじっくり振り返る余裕が出てきて、世界でも特別なあの場所に実際に行ったことに今更ながら感動しているのである。そして冒頭に戻る。
悠久の時を経て青く輝く氷山や自由気ままに生きる野生動物達の姿、静寂の音やほのかなペンギンのウンコの匂い、頬を撫でるひんやりとした空気。それらの記憶が本当に南極に行ったことを実感させてくれる。やっぱりあの時大枚叩いて行ってよかった。
世界一周して7大陸踏破も果たして燃え尽き症候群とリアルタイムの記録に書いているが、南極ツアーで一緒だった人が「じゃあ次は世界のミステリースポット制覇だね!」とかいうようなことを言っていた。え、まだ制覇するものあんの?たしかにエジプトのピラミッドとかは見たことないけども。
とにかく、まだまだ世界は広いということで。
リアルタイムで書いた以上に思いが募ったので改めて南極について書いてみました。満足満足。
1月27日に帰国して、一時帰国をはさみつつ2025年8月から始まった長旅が終わった。帰国翌日に実家住所への転入届を出し、国内に住所があるただの無職に転生した。帰国日をパスポート印で確認される。(なければ帰国航空券などでも可) 翌年の住民税節税のためにわざわざ海外転出したわけだけど、結局1年未満で帰国したので意味をなさず。ただただ手間がかかっただけだったなと遠い目をしてしまう。とにかく健康保険は手にしたので歯医者さんとか行っちゃおうかな。
それではアジア旅をまとめる。そんなまとめるほどの長期間でもなかったんだけど後々の思い出振り返りのためにやっとく。
旅期間
2026年1月12日〜1月27日 16日間
行った国
ラオス・ベトナム・シンガポール
これな〜、前回記事でも書いたように南インドとスリランカがメインでもあったわけだから、ベトナムとシンガポールよりも先に旅の意欲があるうちに行っていればよかったかなーなどとは思った。ベトナムとシンガポールももちろん良かったんだけど、濃密なバックパッカー旅っていうよりは定番観光スポットをまとめて巡った感じでぶっちゃけ誰かとワイワイしながら旅行した方が楽しかったかもしれない。もしくは日本の日常から現実逃避しに来るとか、後々の単発旅行の楽しみにとっといてもよかったかなぁ。あくまで個人の感想です。
費用
総額15万円
内訳
交通費9.2万円
食費1.9万円
宿泊費1.3万円
観光費1.8万円
雑費0.8万円
交通費は主に航空券。全て機内持ち込み。アジアのLCCは荷物重量のチェックが厳しかったな。制限重量は完全にオーバーしていたが、これまでの旅より断然荷物が軽かったので多少遠くても徒歩で済ませられたのはよかった。とはいえベトナム市内でGrabバイクの楽さを知ってしまってからは気軽にGrabを呼んでしまう。
食費はほとんど屋台や食堂のローカル飯。さすがアジア、何食べても美味い。
宿泊費は安くて心配になる。ホステル併設カフェのキャラメルマキアートより安いのには戸惑った。旅行者にとっては嬉しいけど、もう少しお金をとってもいいのではと思ったりもする。元が安いので多少条件にこだわっても高が知れている。私が泊まったところはどこもホットシャワーが出た。
観光費は象使い免許ツアーやミュージアム入場料など。
雑費にお土産代も入れてみた。
ラオス、ルアンパバーンのナイトマーケットで一目惚れしたポーチ。
海外旅行保険はクレジットカード付帯を利用。現地SIMはなしで、ベトナムとシンガポールは楽天海外ローミングが使えた。ラオスでは3Gは繋がるようだけど実質使えず。そういえば空港Wi-Fiも繋がらなかったな。宿Wi-Fiだけで乗り切っていたということか。別に不自由はなかった。
総括
アジア旅はまさに我らアジア人の領域って感じで親近感もあり、プレッシャーが少なく居心地がよかった。日本人がいても不自然じゃない環境、楽。治安の心配もほとんどない場所だった。ただし文字や発音は難解で英語圏やスペイン語圏より難しかったと感じる。グーグル翻訳様に頼りっきりだった。アジアは近いからいつでも行けるとは言うが、東南アジアだと案外片道6時間もかかる。今回ちゃっちゃと帰ってきてしまったのはやはり惜しかったかなあとは思わないでもないけど、帰ってきてスッキリしているのも事実なのでこの選択で良かったんだろう。
これでしばらく海外旅行はお休みすると思われる。たぶん。と言うことで
次は日本国内を巡るぞーい!
フゥー!
国内も知らないところ、行ったことないところがいっぱい。楽しみ楽しみ!とはいえまずは生活再建、ガクンと減った貯金回復に努めまーす。現実現実ぅ!
1月27日(火)
1/26
22:35 シンガポール
↓1時間
23:40 クアラルンプール(マレーシア)
1/27
2:15 クアラルンプール
↓6時間
9:45 関空
エアアジア 約21,000円
帰国しました。
えっ、またしても突然に!
今回の帰国は私にとってもけっこう突然で、決めたのは4日前のことだ。
本当はシンガポールの次は南インドとスリランカを訪れて、その後帰国のつもりだった。
インドは前の世界一周旅でも訪れたことがある。気合い十分でビザを用意して、インドって国をじっくりたっぷり見て回ろうと意気込んでいた。ところが実際はあのザ・インドなガンジス川流れるバラナシに6日間滞在しただけで出国。暑さと喧騒と下痢に疲れ、平穏を求めて退散した。
私はインドに負けたのだ。
あんなに周到に準備して行ったのになんという体たらく。このままでは私のインドは終われぬ。
インドの中でも北と南ではずいぶん雰囲気が違うらしい。前回行ったバラナシ、それにタージマハルや首都デリーも含む北部は思い描くカオスなインド。一方で南はもう少し整然としており、人も穏やかだとか。食文化も異なる。南インドは良いよ〜と色んな人から聞いており、それがどんなふうに良いのか気になる。ずっと気になる。
南インドのベストシーズンも乾季の11〜3月だ。これは今行かないといけないやつだろう。あの時見ずして去った南インドを見に行かねばならん。そして南インドに行くならそのすぐ横のスリランカも行っとくべし。
という感じで今回のアジア旅が始まる。メインはラオスで象に乗ることとこの南インド、スリランカ。インドとスリランカはビザが必要なのでまずは取得しておく。インドビザは5年間有効のeビザで25USドル(約4千円)。7年前は大使館にパスポートを郵送したり数週間かかったりと非常に手間だったインドビザだが、今現在はオンラインで3日もあれば取れてずいぶんお手軽になっている。スリランカビザもオンライン申請。日本人は無料。
ベトナムとシンガポールは単発旅行でも行けるかと思ったけど、航空券が安かったのでじゃあこの機会に行っちゃおうとルートに入れ込んだ。出発前にできるだけ調べ物手配を進めてシンガポールから南インドのバンガロール行きの航空券を購入したところで時間切れ。
そしてベトナムのホーチミンに辿り着く。そろそろインドの行程を考えないと。
でもー、なんかー、
疲れたな〜。
どうにも旅のモチベーションが低迷している。せっかく現地を訪れているのに観光に出かけるのも億劫。出かけて何かを見てもふーんってかんじで、かつての目新しさやワクワク感もない。ドミトリー部屋で旅人と交流するのも面倒で殻にこもりがち。調べ物もなかなか進まない。『深夜特急』1巻を読んでいて己のそんな状況に気づいてハッとする。
え、なんかダメダメじゃない?全然旅を楽しめてなくない?私はいったい何のために旅をしとるんや??
こんな状態で旅を続けたってはっきり言って時間とお金の無駄である。訪れる国や町にも失礼っていうか。やっぱりあの南極大陸を踏んだ時点で私の旅人人生は終わっていたのかもしれない。それぐらいの充足感があの瞬間(正確には南極ツアーの費用を払った瞬間)にはあった。
インドやスリランカに行くのは今じゃないのかもしれない。遠いアメリカ大陸に比べればアジアは来るのも帰るのも簡単だ。仕事をしながら休みをとって行くことも不可能ではないだろう。またの機会に半年ぐらいワクワク準備期間楽しんで、いざ現地は120%満喫したほうがよっぽど良い旅になるはずだ。
せやな、帰ろか!
帰国決定。
実際のところ散々悩んだ末の決断だった。予測不能なインドやスリランカに行くには時間がたっぷりある今がベストなのではないか、また世の中が変わってしまってインドやスリランカに行けなくなる将来もあるかもしれない、年々変わりつつある現地の今を見られるのは今だけ…。
けれども先のことを懸念したって仕方がない。今現在の私は旅を切り上げて早く次のページへ進みたい。決めた後はめちゃくちゃスッキリ。やっぱりこれでよかったのだ。
シンガポールまでは航空券も宿もキャンセル不可なので行くとして、シンガポール→バンガロール航空券はキャンセルする。デリー乗継13,000円のうち運賃とキャンセル手数料を合わせた8,000円は返ってこないが、この先も旅を続けた場合の出費を考えるともうええかなと。てか明細をよく見たら運賃5,000円だったんですけどどんな格安?
同時にシンガポールからの帰国便も手配する。関空直行便で帰ってしまいたいところだけど、少しでもキャンセル料を取り戻すべく安い乗継便を選択した。
まだしばらく続くと思っていた旅が突然にあと4日で終わることになった。そしてたぶん旅人人生もこれで終わりの予感。単発旅行は全然行くけどこんなふうに長旅バックパッカーをするのはこれが最後な気がする。
なんか…しんみりしちゃう。
と感傷に浸るのはまだ置いといて。おうちに帰るまでが遠足です。
シンガポールの搭乗口前。ほんとにラグジュアリー空間だわあ。そういえば木があるわ。しかもこんなにずらりと。電源も完備だし、マジで世界最高の空港だ。
エアアジアは機内持ち込み7kg制限のためまたしっかりとポケットにイン。けれどもシンガポールでもクアラルンプールでも量られなかった。そういうこともあるんや〜。
結論から言うと、2便とも定刻運行で何事もなくスムーズに帰国できた。特筆することは何もない。
ただいま日本!
つい2週間前に出たばっかやけど。
てか寒!この冬一番だかなんだかの寒気が押し寄せているらしい。常夏の東南アジアから帰国した私が装備する防寒具はULダウンのみ。さすがに脆弱すぎ。メンズ4XLサイズはポケット詰め込み作戦や空港泊ブランケットとしては大活躍したが、町なかで服として羽織るにはあまりに不格好だ。
ピピッと自動ゲートを通過できるけど、諸々の手続きのために帰国日が分かる帰国印を押してもらう。
関空でリッチなおいしいメロンパンをいただく。うまうま。
SEIKOの時計、めっちゃシンプルイズベストで日本らしいな。シンガポールの空港にかけられている某ブランドの時計がだいぶギラギラしていたのが印象的だったので。
シャトル船で一気に神戸空港まで。電車の乗り換えやバスの渋滞を気にしなくていいし、大阪湾という地の利を活かしているところが気に入った。
ポートライナーで市街地へ向かう。神戸の景色が見えてきた。あーやっぱり、
だいたいシンガポールやね。
ちょっと小ぢんまりさせたかんじよ。あとはマーライオンがあるかないかの違いやね。うんうん。
途中でお昼にカレーを食べる。ジャパニーズカレーうまうま。
カレー…インド……スリランカ…。
今回行かなかったインドとスリランカ。特にインドは25USドルのビザ代がかかっているので、これを無駄にするわけにはいかない。5年間のビザ有効期間中に必ずや行かねば。それまでしばし旅の英気を養う。
ここでカレーを食べたのはインドとスリランカには全く関係なかったんだけど、なんかええ感じに繋がるやんと思って書いてみた。
無事に帰宅してアジア旅編が幕を閉じる。
お疲れ様でした!
1月26日(月)
昨日やってきたシンガポール、早くも今晩出ていく。バックパッカーには物価が高すぎると聞いていたのでほんとにチラッと見るだけ。
体調はなんとかなりそう。まずは昨日辿り着けなかったガーデンズ•バイ•ザ•ベイ。今日は確実に行けるように電車で行った。
広々静かな公園歩きから。大都会の真ん中にこんな緑溢れる場所があるのって贅沢。
カワウソ横断の看板。えっカワウソってこんな人間の近くで生息してるもんなんや。
奥に見えるドームはクラウドフォレスト。人工の森で色々な植物を見られるらしい。
人工の大きな滝も見られるとか。って、外からも見えたな。
もうひとつフラワードームというこれまた珍しい世界各地の花を観察できるドームもある。ガーデンズ•バイ•ザ•ベイは無料で散策できる広大な公園で、この二つは有料エリア。初めは入ってみようかなと思っていたんだけど、滝も外から見えたことだし…まあいっかなって……。
そんでこれが本命のそそり立つ人工の大木、スーパーツリー•グローブ。おお〜!でかいねぇ!
デザインの発想力がすごいと思った。それを実際に作っちゃったところも。
こんなスタイリッシュでイケてるシンガポールでどこからかニワトリのコケコッコーがきこえ、おもむろにその姿を現した。なぜここにいるのかは知らんが、さすがシンガポールに生きるニワトリなだけあって小綺麗で色合いも派手。
夜の便まで時間があるので、昨日見えた白い建物アート•サイエンス•ミュージアムへ行ってみる。入り口前には蓮の池。いちいちスタイリッシュでイケてるな。
上から水が落ちてくるやつ。シンガポール、この落ちてくる水好きだな。
アート•サイエンス•ミュージアムでは無料の荷物預かりサービスがあった。今日はこのまま空港へ行くつもりでザックも背負ってきている。預けられて嬉しい。
チームラボの展示を見てみる。わざわざシンガポールで。お値段は35SGD(4247円)。日本と同じぐらいっぽかったので空いてるしここで見てみようかと。ブログ情報によると日本のよりは規模は小さいらしい。
なるほどこれがあの有名な光の部屋か〜。
すぐ横のマリーナ•ベイ•サンズのショッピングモールを歩いてみる。世の中にはこんなにたくさんのハイブランドがあるんだなァっていう感想。全くもって色褪せたよれよれTシャツで来るところではない。テロテロのキャミソールワンピースにヒールサンダル、何も入らなさそうな小さなバッグで友達もしくはお金持ちの彼氏と来たい。
どこかの機内映画で見た『Crazy Rich Asians』がそのままシンガポールのイメージになっているんだけど、ああいう超富裕層の人たちもこういうところを歩いたりするんだろうか。それともそんな天上の人々はショッピングモールなんて行かないんだろうか。
そんなマリーナ•ベイ•サンズにも一番下の階に行けば馴染みある庶民的なフードコートがある。空席がないくらい賑わっていて、同じ階層の人たちがこんなにいることにホッとする。3SGD(364円)のペットボトルのオレンジジュースを買って休憩。
そういえば、マリーナ•ベイ•サンズのホテルも入るだけなら入れるよな、と行ってみる。誰が実際に宿泊する人でどこの階に泊まる人なのかは分からんけども、ここもとにかく豊かな雰囲気がある。
ひとしきりうろちょろしたら満足したので早めに空港へ向かう。世界最高の空港チャンギ空港はただ飛行機に乗るための場所ではない。
なんか滝がある。
滝のほかに森、そして広大なショッピングモール。ジュエルというこのアメージングな施設を楽しむためにもチャンギ空港で過ごす時間も確保すべし。
地下階へ行くと滝はガラスの筒の中を流れ落ちる。いちいち発想力がすげーな。
空港ターミナルへ戻る通路を歩いていると横をターミナル間トレインが通った。ミッキーたちがプリントされている。ここは実はディズニーランドなんだよと言われればそうだったのか…とうっかり信じてしまうぐらいにエンターテイメントに満ち溢れた空港だ。
たった2日間の滞在、しかも体調不良で半分ぐらい寝てたけど一応シンガポールに来たら最低限押さえるべきところはざっくり押さえられたかな。
物価が高いこと以外はとても快適な国だと感じる2日間だった。どこもかしこも美しく整っていて、多民族国家なので歩いていても目立たない。電車内では静かにするとか、ポイ捨てしないとかマナー、モラルもきちんとしている。(ポイ捨ては罰金があるらしい) 現地民の押しも強くない。なんとなく色んな感覚が日本と似ているなと思った。だから快適だと感じたのかもしれない。こんな国は初めてかも。
結局のところ日本が好きなだけやないかい
と愛国心を再確認したところでシンガポールを後にする。
1月25日(日)
【予定】
8:50 ホーチミン(ベトナム)
↓
12:05 シンガポール
ベトジェットエア 7000円
お次はシンガポール。ホーチミンからまさかの7000円ぽっきりで飛べるというので、じゃあどんな国か見に行ってみよっかなみたいなノリでルートに加えた。
空港近くの宿から歩いて空港へ。ベトジェットエアもまた身の回り品と機内持ち込みでトータル7kgと厳しい。ポケット詰め込み作戦でカウンターでの測定はクリア。
搭乗口では油断して服の下に入れていた荷物を手に持って行ったら「ちょっと量らせてもらえますかー?」
えっ…
8kgだった。
「1kgオーバーしちゃってますねぇ……」
あー…えっ、とぉ……
「ちょっと……ポケットにPut inしてきていいですか!?」
「どうぞどうぞー」とあっさり解放される。またしっかり服の下に収納して7kgをクリア。無事通過できた。ユニクロULダウン メンズ4XLサイズ、今回の旅に持ってきてよかった物ナンバーワン。
もはや恥じらいはないが虚しさはある。私はいったいいつまでこんなみみっちいことをしているんだろう。
座席についてほっと一息つくも、なかなか飛行機が動き出さない。どうもまた機材トラブルっぽい。この前のエアアジアといい今回のベトジェットエアといい、どうなってるんですか?定刻までにちゃんと出発できるか確認してから乗客を乗せるもんなんじゃないんですかぁ?ネチネチネチネチ
きっかり1時間遅延してシンガポールに到着。高層ビルが立ち並ぶ都会。
ホーチミンからは時差1時間進む。日本からは1時間遅れ。
空港に降り立つ。すごい、なんだこの高級ホテルみたいな空間は!ここチャンギ空港は世界最高の空港ランキングの上位常連であるとは聞いていたが、これほどとは。
道なりに進んでいって入国審査。ここでオンラインで入国カード記入が必要であったことを知る。ゲートの前でスマホをぽちぽちするイケてない我。
ゲートには数名の係員がいるだけで、自動ゲートをピピッと通過。シンガポール、めちゃくちゃクール。
到着フロアも美しい。日本以上。デザインもよい。壁や床だけでなく、トイレも広々キレイ。蛇口も水垢ひとつなくピカピカ。しかもなんかいい匂いする。裕福な匂いがする。
いくら美しくてもそのうち薄汚れていくものだと思うけど、どこを見てもピカピカなのを維持できているのがすごいと思う。
ちなみにシンガポールは水道水が飲めるし、トイレに紙を流せる。
ここでなんでシンガポールがこんなずば抜けてイケてるのかを当たり前に繋がる空港Wi-Fiで調べる。製造業の強化と輸出政策、低い法人税率による外国企業の誘致、金融の自由化と安定した法制度で発展したとAIが答えてくれた。ふーん、なるほどなるほど。
電車で市内まで。クレジットカードをピッで乗れる短期旅行者に優しいシステム。(手数料はかかるっぽい)
電車も当然美しく、分かりやすい。
難なく乗り換え。エスカレーター、めっちゃ速い。
シンガポールは中国系、マレー系、インド系など多民族国家であり、容姿や服装などいろんな見た目の人がいる。ここに日本人がいても全然浮かない。(と思う)
チャイナタウンで下車。チャイナタウンってどこの国も雑多な印象だが、シンガポールのはどこかオシャレな雰囲気すらある。
この近くにある宿へチェックイン。イケてるシンガポールだけど、その分物価が高すぎて宿の選択肢がほとんどなかった。今日の宿は最安帯の3700円。
さて、物価の高いシンガポールはサクッと1泊2日だけの滞在だ。早速観光に出かけたいところ。けどもどうにも体調が芳しくない。咳鼻痰。そのせいで寝不足もある。
けどアレを見に行かないといけない。
アレを見に行って…
マーライオンを見に行ってがっかりしないといけない!
世界三大がっかりの一角、マーライオン。どれほどがっかりするのか期待大。
少し仮眠したあと歩いてマーライオンまで。道は広々で整然としている。なんか高そうな車がとってもスマートに走っている。こう言っちゃなんだが、バイクがひしめくベトナムと大違い。
今日は日曜日だからか街はとても静か。閉まっている店やビルがほとんど。
お、あれがかの有名なマリーナベイサンズか。映画で見たことあるやつを見れてシンガポールに来たことを実感する。
ザ・シンガポールみたいな景色の場所に到着。でもなんだろな、なんか、
神戸に似てない?
おこがましすぎか。たぶんあの観覧車と白い建物(アートサイエンス・ミュージアム)がそう思わせるんだと思う。
振り向けばギラギラミラービルが乱立している。ビルもどこかデザイン性があってオシャレ。
さてその実物を見ての感想は、
言うほどがっかりしなかった。
何ならマリーナベイサンズのほうが「思ってたより小さいな〜」とか思っちゃったぐらい。ベルギーでしょんべん小僧を見た時もそんなにがっかりしなかったし、むしろ「これがあの有名な…!」とときめいた。あの時と同じかんじだ。
別角度から。ザ・シンガポール。
もうひとつ感心したのがこれ、トイレ。マーライオンのすぐ後ろにある。ここらでトイレに行きたくなったんだけど、こういう観光客が集まる場所はトイレなんてないもんだ。それがここは例外。しかも無料。さすがにピカピカとまではいかないが、それなりにキレイでペーパーもちゃんとある。驚きと喜びで写真を撮ってしまった。
続いて、近くの観光スポット、ガーデンズ•バイ•ザ•ベイに歩いて向かってみる。あのバオバブの木のようににょきにょきと人工の大木がそそり立つ景色もシンガポールに来たからには見とかないと。
だが歩いても歩いてもなかなか着かない。地図では近くに思えるんだけど。ていうか敷地が広すぎてどこが入り口なんだか何なんだか分からん。
もうこのクレーン車がそそり立つ景色でいっか。
もう正直どうでもよかった。一刻も早くベッドで横になりたい。 こんなに瀕死の状態であの人工の木見に行こうとするのは私ぐらいだったと思う。
帰り道、セブンイレブンで今晩の夕食と明日の朝食を調達して宿へ戻る。体調が悪い時に馴染みあるものがある安心感すごい。ただしシンガポールのセブンイレブンの普通のおにぎり1個4シンガポールドル近く。つまり485円。えっ…!スーパーを探したり安い食堂に入ったりすればもっと節約できたのかもしれないが、このときの私にはそんな力は残されていなかった。
シンガポールに来たからには夜景のザ・シンガポールも見ておきたかったんだけど、全部キャンセル。さっさとシャワー食事を済ませてお布団にイン。シンガポールに1泊2日で来た人間でこんないい子の夜を過ごしているのは私ぐらいだったかもしれない。
とりあえずマーライオンはこの目に収められてよかった。ああ、やっぱり健康第一。明日はまた回復していますように。
1月24日(土)
今日も自分ちかのように床でひんやりする野良。
体調は快方に向かっているため今日はホーチミンの街散策に出かける。まずはサイゴン中央郵便局。フランス植民地時代に建てられたゴシック建築。
なるほど、ヨーロッパっぽい。郵便局っていうか駅舎かと思った。
中にはお土産屋さんのほか、普通の郵便業務も行われているそう。世界中から来ている観光客が各々手紙を書いている。そういえば南極のウクライナ観測基地から送ったハガキはどうなったんだろう。
すぐ近くのブックストリート。本屋さんが軒を並べ、古本も並んでいる。カフェもあり、ちょっとしたステージもあり、なんだか心踊るエリア。
本に囲まれる空間、だいぶ素敵で楽しい。
つづいてベトナム戦争証跡博物館。入場料40,000ドン(240円)。
一見カッコいい戦車に軍用ヘリ、戦闘機が入り口すぐ近くに展示されている。ヘリのプロペラってこんなに長いの。中に入れば写真と文章、少し現物が展示されている。一部日本語解説もあり。英語解説を読むのは大変だし人も多いので日本語解説だけざざーっと読んだ。
大変恥ずかしながら、これまでベトナム戦争のことを何ひとつ知らずにここまで来てしまった。ここで学ぶ機会を持ててよかったということで、無知をさらけ出す。
1955年〜1975年ということは、鉄道で出会ったベトナム人Tさん(80歳…本当に?)はこの戦争の経験者だったのか。ダナンからホーチミンへの鉄道旅ではただただ美しいね〜と感心する景色だったが、それほど遠くない昔にこんなとんでもねえ戦争が起こっていたとは。「統一鉄道」という名称にも深みが増す。ハノイ-ホーチミン全線は長すぎるからダナンからにした〜とか言ってる場合じゃなかった。全部乗るべきやったんや。
枯葉剤による奇形の写真も数多く展示されている。ベトちゃんドクちゃんの存在をテレビで見たことはあるけど、どこの国の話でなんでそんな姿で生まれたのかまでは記憶になかった。全く関心がなかったんだろう。
アメリカ軍が敵の潜むジャングルを枯らして隠れる場所をなくしたり、農作物を汚染させて食糧を奪う目的で撒いたというが、それが世代を超えて様々な健康被害を及ぼしているのだ。
愚かな人類の歴史すぎるやん。
ネット調べで、かつてその枯葉剤散布の拠点だったのがダナン空港だという。えっ、私も降り立ったあのダナン空港!?2018年には除染作業が完了したとされている。意外と都会〜とか言って何も知らずに歩いたダナンだが、重ね重ねそんな過去があったことに驚く。
私が出会ったベトナム人は一様に優しさが滲む人たちだった。「全開!」じゃなくて「滲む」。そんなベトナムの一般市民が戦争に振り回され苦しめられたのかと思うとたまらない。
ベトナム戦争や枯葉剤の健康被害について教科書的に学んだことはたぶんあったはずけど、どこか遠い国の遠い昔の話でしかなく、そんな知識はテストに回答を書いたらあっという間に脳内から削除されてしまう。それが現地を訪れ目にすることで知っている場所の話になり、忘れられない記憶になるのだ。これこそわざわざ足を運んで旅行をする意味なのかも。今一度学びたい地理や歴史、宗教が盛りだくさんだ。
明日は朝から空路移動のため空港近くの宿へ移る。Googleマップで調べた通りに、125番バスに乗車。5000ドン(30円)。相変わらず交通量は多いがスムーズに移動できた。
夕食は宿近くのCơm Rang Dưa Bòという食堂にてチャーハン。
これが信じられないほど美味しい。
店の前で豪快に鍋を振っていてやたら美味しそうだな〜とつられるように入ったら想像を上回る美味さ。パラパラチャーハンにカリカリおこげがミックスされている。味も当然美味い。大胆にのっかっているチキンもパリパリ。
この年季の入ったメニュー表の一番下に何の変哲もなく書かれている「Chicken And Rice」がこんなダークホース的に美味いだなんて。スープもついて40,000ドン(240円)。一般的な食堂価格である。ホーチミンに来てからというもの安くても50,000ドン(300円)で、都会だから仕方ないのかなと思っていたけどどうやら観光客の多いエリアだったからっぽい。昨夜ベンタイン市場で食べた60,000ドン(360円)もするわりに残念だったご飯はいったいなんだったんだろうとか思ってしまう。
このお店の売りはおそらくフォーなのだと思う。こんなにでかでかと書いてあるし。でも周りを見れば地元民っぽい人も全員チャーハンを食べていた。フォーもまた美味しいのだろう。食べてみたかったな。
店のおっちゃんに「ベリーーーデリシャス‼︎」と渾身の感想を伝えて店を後にした。
さくさく移動したようで意外と10日間もいたベトナムも本日で終わり。バリバリ観光地は友達とキャイキャイ言いながら旅行したほうが楽しかったかなとか思ったけど、ベトナム鉄道や戦争証跡博物館など記憶に残る場所もあり、濃い10日間だった。
明日の空路移動がスムーズにいきますように。