はじめに

 この記事は執筆者の主観を元に感想を書き連ねたものであり、けっして特定の個人・団体・思想を悪意をもって誹謗中傷したり誤った情報を広める意図はありません。またここではネガティブな側面を取り上げていますが、もちろんVTuber業界にはポジティブな側面もあるはずですので、機会があればそうしたものも取り上げたいと思います。

 

 ネガティブな一般化とコミュニティ

 今、VTtuber界隈が危ない。VTuberはかつてパイロットがガンダムに乗り込む事で、かつてのエンタメコンテンツが抱えた課題を解決し、あらゆる既存エンタメコンテンツをなぎ倒して行くのだと想像された。

 だがここ最近に起きた事は、単にVTuberアンチが騒ぎ立てるのみならず、アンチでもファンでもない「一般層」「無関心層」がかつてない規模で、ネガティブにVTuberを認知する事態となってしまった。とりわけ大きいのは、社会とVTuber界隈との間にある「認識」のズレが改めて顕現してしまった事だ。

 

 個別具体的な事象を取り上げる事はしない。しかし8年間という決して短くない歳月の中で、あまりに巨大化し、「外部」との壁も早々に厚く形作られ、ファンによって自発的に秩序も形成されてきた。そして2023年以降、その壁を内外から打ち壊そうとしている文脈の中で、「認識」のズレが見えてきてしまった。VTuberファンの中にも社会人は多くいるはずだが、社会通念に背く形でVTuberを擁護してしまう。VTuberが間違っている事を指摘出来ない。全てをアンチのせいにして反省する事が出来ない。

 こうした世間との齟齬は、30年前のようなインターネット自体がまだニッチだった頃とは大違いで、SNSで急速に拡散し、かつ認知が進む。いわばネガティブな一般化だ。勿論そこにはアンチ工作やインプレ稼ぎも併存している事も事実だ。だがもはやVTuberはよく燃えるものと認知されてしまった時点で、「認識」のズレは次々と掘り起こされていき、その中でアンチとファンの戦いで界隈はますます「息苦しく」なっていく。良心的なファンは離れるか黙り、残った厄介でけたたましいファン達が残り、その中でさらにズレが掘り起こされて戦いが起きる。 VTtuber大手は年々順調な増収を上げているものの、コミュニティとしては危険水域に踏み出しつつあるのではないだろうか。

 そして極みつけに箱間のファンの争いである。一方の箱が炎上すれば、その憂さ晴らしのためにそのファンが他方の箱を燃やしにいく。そしてそれらが純粋なVTuberアンチやインプレ稼ぎに利用され、炎上騒動に外部を引き込むという構造が長らく繰り返されてきた。そしてそれは近年、もはやVTuberアンチと特定の箱のファンの境界がつかなくなるほどに、先鋭化している。少なくともこれが、企業勢VTuberファンの間で起きている事である。

 

 

 消費経験

 VTuberといえばグッズである。グッズはキャラクターをプリントしたアクリルスタンド・キーホルダー・チェキ・パネルのようなものから、普段使い可能なコップ類・ジャージ等の物品もある。そして近年、デジタルグッズやサービス商品が注目されてきている。デジタルグッズは演者が特定の台本で収録したボイス、限定動画、VTuberのライブ映像等が挙げられる。サービス商品とは広い意味での実体を持たない経験経済的な商品を示しており、最近のVTuber箱内でのイベント参加、ライブ参加、いわゆるリアイベ等のことだ。

 とりわけこのデジタルグッズについては、非常に収益性が高い事で知られている。ここで詳細を言うと色々怖いので割愛するが、いくらでも複製ができ・ECを経てどこでも購入する事ができるという点だけでも利点が分かると思う。

 こうした非物理的なグッズの台頭に加え、近年のいわゆるコンセプト系グッズの連発も中々すさまじい。言うなればVTuberの姿やシチュエーションを様々なコンセプトの形で複製し、それをグッズに印刷しているわけだ。それが1か月の間だけでも何度も来る。もちろんそれらを全て買うファンはおそらくごく少数だし、一番安いものでも2000円以下のものが多いので、まぁ大きな問題はないように見える。

 ただしこうした定期的な消費経験は、一種の体験経済に組み込まれ、買うという事が少しずつ日常化する。買わないという選択肢が明確である内は問題ないが、一度購入すると購入のラインが低くなる。すなわち、一度味わった購入経験とグッズが届いた時の感情が一体となっていき、グッズの欲しさとは別に購入というものの欲を制御できなくなる。本当のファンであるなら誰しも、タダでグッズが手に入るならそうしたい。ただ現実として、お金がかかるという制約が理性を維持する。そこで「お金がかかる」という心理作用を逆手にとり、「お金を使う事の楽しさ」へ転化させるのが、最近のエンタメ系の手法である。

 

 要は、VTuber界隈は単に収益のためにグッズを出しているのではなく、ファンにお金を使わせる練習をしているようなものだ。お金を使わないと配信に嚙り付くしかないという圧力をかけるがごとく、近年は業界内でもファンクラブの創設や有料コンテンツの新設も盛んだ。さらにこうした消費圧力はVTuberコミュニティのエゴサタグなどによく見られる、「承認欲求」的行為や「グッズ自慢」によっても強められていることは間違いない。

 また、おそらくVTuber業界はこうした販売戦略を続けていくと、どこかで消費者庁案件に引っかかる恐れもあると思う。特に今気になっているのはランダム商法だ。いわゆる複数種類のグッズのうちランダムで1種類を購入するものだが、自分の推しを当てたいために、複数回施行し、不当な出費を迫られる事もある。当然無作為が基本だから確率操作に該当しないものも多くあるが、動向は見守る必要があると思う。

 

 ファン

 「VTuberは宗教である」という議論がある。確かにその形態だけ見ればそのように見えるのかもしれないが、昔に某一神教を学んでいた身なので、ここには明らかに聖典や預言者という存在がなく、ファンは神(推し)よりも自分のメンタルを優先している時点で、とてもじゃないが宗教と比較するほどではないと思っている。おそらく1990年以降の新興宗教をモデルにしているのだろうが、それは宗教というよりもヒッピーとかの部類だと思う。

 しかし。。。。(執筆中)