彼と初めて会った日のことは、今でも鮮明に思い出します。

待ち合わせは 日航ホテルのロビー。

少し早めに着いて緊張していた私の前に、彼は落ち着いた表情で現れました。


「はじめまして」

その声を聞いた瞬間、不思議と心の力がすっと抜けたのを覚えています。


挨拶を交わした後、彼は優しい口調で言いました。

「そろそろ食事でも行きましょうか?」


そして歩きながら、彼が尋ねてくれました。

「何が食べたいですか?」


迷うことなく私は答えました。

「焼肉が食べたいです」


初対面で焼肉なんて…今思えば、少し笑ってしまいます。

でもその日は、どうしても焼肉が食べたかったし、

背伸びをせず、ありのままの自分でいたかったのです。


お店に入って席に着くと、

私はいつもの調子で次々とお肉を注文し、

「すいませーん、ご飯中ください」

と元気よく声をかけていました。


彼はビールを片手にゆっくりとお肉をつまみながら、

静かに私の様子を見ていました。


——ガツガツ食べないんだなぁ。

それが私の最初の印象。


そして気づけば、私はおかわりまで頼んでいました。

「すいませーん、ご飯中、おかわりで」


彼は微笑んで、

「よく食べるね。おいしそうに食べるね。幸せそうだね」

と優しく言ってくれました。


「関東の女の子はそんなに食べないよ」

と言われて、

そんなことある? と思いながらも、

関東と関西で食べる量が違うなんて話で笑い合っていたのを覚えています。


私には昔からひとつの基準があります。


好きな人と食べるご飯は、何を食べても美味しい。


高い料理だから美味しいのではなく、

コンビニのおにぎりでも、

一緒に食べて「おいしいね」と言い合える人こそ

本当に大切な人なんだと思っています。


そこから私たちの距離は、驚くほど自然に近づいていきました。

まるで昔から知っている人のように。



当時の私は、

電車にもバスにも乗れないほどのストレスを抱えていました。


独立して開いた店の未来への不安。

買ったばかりの家のローン、責任、孤独。


遠く離れた関東と関西の距離は、私には途方もなく遠く感じました。


それなのに彼は、

距離なんて存在しないかのように、何度も会いに来てくれました。

そして私を関東にも連れて行ってくれるようになりました。


行けなかった場所に行けるようになり、

できなかったことが少しずつできるようになると、

心も体も変わっていく。


気づけば、

寂しいと感じる時間が減り、心のしんどさが薄れていました。


——この人といると楽だな

——結婚しなくても、友達として側にいてくれるだけで十分だな


最初はそんな気持ちでした。

でもこの出会いが、私の人生を大きく変えていくことになります。


宙の便COCORO舎記