阪大の深尾准教授からのメールの一部です。

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皆様

昨晩、「限界原発停止」というすごいタイトルで情報お送りしましたが、(もちろん玄海原発の間違いでしたが、なにか耐用年数すぎて「限界」にきているので、このほうがあってるかも、、ですね)今日午前9時ごろ、脆性遷移温度を経過するとのことです。

脆性遷移温度とは、あつあつに熱せられていた原子炉圧力容器が、経年変化(老朽化)で、中性子などがあたっているため劣化していて、温度変化によって亀裂が入ったりしやすくなるという症状で、玄海一号はそれが80度から90度前後であることつまり原子炉停止で80から90度あたりを経過するときに、「ぱり!!」と破損する恐れがあること、が言われています。

 破損するかどうかは、「運次第」?!

 万一のことがあった場合、九州方面の人は、以下の情報を参考になさってください。

たとえ、原発でばら撒かれた放射能で、被害をうけても「無所有物」による作動なので、責任はない!といわれてしまいます。

めちゃくちゃな話です。

深尾



プルサーマル裁判の会の永野さんからのメールを転送します。

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●玄海1号機関連情報です

★12月1日の玄海町の風向と風速の予報は下記のとおりです。
http://weather.yahoo.co.jp/weather/jp/41/8520/41387.html

0時  北北東 7 メートル毎秒
3時  北北東 8
6時  北東   8
9時  北東   8
12時 北東   8
15時 北東   7
18時 北東   8
21時 北東   6

万一の時は長崎県北部、鷹島町、松浦市方面へ風が吹きそうです。
天気は日中は曇り、夜9時以降、弱雨。
ただし、九州全体など広域で風向きを見る必要がありそうです。

★1号炉の停止手順について、気圧について九電担当者から追加して説明をもらいました。これまでの話をまとめると--

 12月1日12時頃に制御棒などを入れ、停止作業に着手。
 6時間ほど、高温停止状態にして18時に電源を止めてから温度、圧力を下げていく

18時間かけて、2日12時頃までに50度くらいまで温度を下げる。
 午前9時頃に脆性遷移温度の98度前後になる。
 途中、176度から28気圧を維持して、50度くらいまで持っていく。
 28気圧(2.8MPa)のままで3日 間(マイナス6時間)。
 5日朝頃に1気圧に持っていく。1気圧になれば大丈夫。
--ということです。



前々から私はブータンという国の戦略に興味を持っていた。数年前に京大に留学しておられたT.Powdyel 教授と、修士課程の Tashi Kinga氏とに講演してもらったことがあるのだが、二人とも立派で愉快な方で、楽しく議論をさせていただいた。そしたら帰国後、お二人は文部大臣と上院議員になられたのであった。

それで王様の話も色々と伺っていたので、どのような演説をなさるか期待していたのだが、なんと、テレビでは中継されなかった。やむを得ずネットで見た。

http://www.sangiin.go.jp/japanese/ugoki/h23/111117.html

実に立派な演説であった。書き起こしが、以下に出ている。

http://getnews.jp/archives/152497

この演説は、「日本を褒めてくださった」というように単純に受け取るべきではないと私は感じている。なぜかというと、ブータンという国は、非常に戦略的に優れたマネジメントを行っており、国王の発言もそういった文脈で考える必要があるからである。

ブータン国王の演説は、日本が進むべき方向を示唆するものなのである。彼が言ったなかで重要な論点は以下である。

(1)日本とブータンとは、深い絆がある。
(2)それは歴史的な関係ばかりではなく、理念的な共通点がある。
(3)伝統を大切にしながら、近代に対応する、という点で共に成功した、という点である。
(4)日本は技術革新や経済活動といった、正面突破で成功した偉大な国である。
(5)ブータンは、全く異なったアプローチで成功しつつある。
(6)日本は、この点に注目し、自分自身の価値がどこにあるかを認識すべきである。
(7)ブータンと日本とが手を結ぶことで、新しい価値観を世界にもたらすことができる。
(8)そうなったときに、日本は現在の苦境から立ち上がり、新たな形で、アジアの、ひいては世界のリーダーとなる。
(9)そのとき、世界は大きな恩恵を受ける。
(10)そのためにも、日本は常任理事国になるべきである。

なぜわざわざ彼がこの時期に来日してこういう演説をしたのか、よく考えるべきである。国王は、単独できたのではなく、議長・首相が既に来日しており、満を持して来たのである。

その理由はおそらく以下である。

(1)ブータンの主たる援助国であったEU諸国が経済的に壊滅状態にあり、これ以上、援助が期待できない。
(2)中国とインドとに挟まれたブータンは、両国の急成長に脅威を感じている。
(3)それに対抗するための「価値観」を生み出し続けることが、自国の存立にとって不可欠。
(4)そうなると、日本に期待する以外にはない。
(5)その日本が地震と原発でやられた。
(6)アメリカ主導のTPPに入れられそうになっている。
(7)この情況を打破するために、日本と密接な関係を構築し、日本に新しい価値観のもとでのリーダーシップをとってほしい。

この強烈なメッセージが込められているからこそ、国王の演説があのように人々の心を揺さぶるのである。国会議員が全員スタンディングオベーションをしていたのには、以上の理由があると考える。

(追記:といっても、国会議員はほぼ全員、意識的には以上のようには認識していないであろう。メッセージというものは、意識を通過して相手の無意識に届けるのが有効であって、国王は、意図的に、意識的には以上のようには理解されないように演説しているのである。無意識にメッセージを送り込まれたので、どんな意識的意見を持っている人でも、感動してスタンディングオベーションすることになる。あの独特のファッションもまた、無意識へのメッセージ送信戦略である。トップにこのクラスの才覚がないと、ブータンのような小国を維持して発展させることはできない。大国でも同じことなのだろうが、潰れるまでの時間が長い。)
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20111112-00000040-nnn-soci

真摯に仕事をしておられる、という感じがするので、この人が所長でギリギリ助かったという思いを改めて抱いた。しかしインタビューを見ていると、時々、ニヤニヤしている。おそらくこれは、事前に口止めされたり、口裏を合わせた部分なのだと思う。彼がニヤニヤしているところは、信じない方が良い。そう考えて聞くと、現状についてだいたいの感覚を得られると思う。

ちなみにこの人は関西出身である。鉄面皮を通すことができず、ヤバいところに来るとニヤケてしまうあたりが、関西人らしいように感じた。(最初に「京大出身」と書いてしまったが、 wikipedia によれば、大阪教育大学教育学部附属高等学校天王寺校舎卒業⇒東京工業大学工学部機械物理学科卒業 だそうである。お詫びして訂正したい。)
「文部科学省による、岩手県、静岡県、長野県、山梨県、岐阜県、及び富山県の航空機モニタリングの測定結果、並びに天然核種の影響をより考慮した、これまでの 航空機モニタリング結果の改訂について」という文書が出た。

http://radioactivity.mext.go.jp/ja/1910/2011/11/1910_111112.pdf

そのセシウム残量の推定値が以下である。早川さんの推定図と見比べると、全体像がほぼ明らかとなったように思う。文科省の図は、早川推定に比べてみると、やや甘く出ているような気がする。

たとえば、私が住んでいる東京都江東区の官舎では、自転車置場の樋の下の地面で、地上5センチくらいで測ると毎時1ミリシーベルトを超えるような値が出た。ということは、わずかなりとはいえ、放射性物質が積もっているのである。早川推定ではそのあたりがきちんと表示されている。ところが、文科省の測定図では、あたかも江東区は汚染されていないかのように見える。

この点を考慮して、文科省の図を、早川推定図少し膨らませて見れば、だいたい、事実に近いのではないかと思われる。

$マイケル・ジャクソンの思想(と私が解釈するもの)著者:安冨歩
永平寺のこのシンポジウムは、曹洞宗のみならず、仏教界全体に影響があるだろう。

仏陀の教えをどう捉えるかは、さまざまの解釈があるが、「縁起」の思想がその根幹であることは、誰も反対しないだろう。さまざまの出来事は縁起に従って起こるのであって、そのありのままの姿を見る者が智者である。縁起そのものを見ず、それを超えた何ものかを求めることそのものが苦悩だ、というのである。

原子力というものは、どうみても縁起に沿っているようには見えない。

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もんじゅの名、許されるのか 永平寺の僧が原発シンポ

 曹洞宗大本山永平寺(福井県永平寺町)で修行僧を指導する僧らからなる寺内組織「禅を学ぶ会」が11月2日、「いのちを慈しむ~原発を選ばないという生き方」と題したシンポジウムを開く。生まれ来る命にも思いを寄せた釈迦(しゃか)の言葉を引き、放射性廃棄物という「負の遺産」を子孫に残していいのか問いかける。

 燃やした核燃料より多い燃料用のプルトニウムが得られるとされた高速増殖原型炉「もんじゅ」、日本が独自に開発を進めていた新型転換炉「ふげん」の名は、1970年、動力炉・核燃料開発事業団(現・日本原子力研究開発機構)の幹部が、知性と実践を象徴する文殊(もんじゅ)と普賢(ふげん)の両菩薩(ぼさつ)から取った。

 「文殊菩薩の智慧(ちえ)は仏教の智慧であり、科学知識とは違う。許される名前ではなかった」と、同会の西田正法事務局長は話す。仏教者として菩薩と世間におわびしたい思いから、シンポジウムを企画した。

 釈迦は「すでに生まれているものでも、生まれようと欲するものでも、一切の生きとし生けるものは幸福であれ」と説いたという。原発を動かす限り、半減期2万4千年のプルトニウム239が生み出され、子孫に残される。西田事務局長は「『私たちさえよければ』という欲に支えられた利益を漠然と享受してきたことを自覚し、一人ひとりが生き方を選ぶためのシンポジウムにしたい」。

 午後1時~同3時40分、永平寺町山の「四季の森文化館」で。同県小浜市の明通寺住職、中島哲演さんや、避難を余儀なくされた福島県飯舘村の酪農家長谷川健一さんの講演のほか、作家・朴慶南(パク・キョンナム)さんを交えたパネルディスカッションがある。定員400人、入場料500円。申し込みは、同会事務局(0776・63・3456)。(荻原千明)
http://www.ustream.tv/recorded/17827015

沢田昭二(物理学博士、名古屋大学名誉教授)の「実態とかけ離れた放影研の被爆者研究」という講演が上で見られる。とてもすばらしい講演なので、ぜひ見ていただきたい。

沢田先生はご自身が13歳で被爆して、目の前でお母さんを原爆に殺されている。

沢田先生も素粒子物理学である。この世代の素粒子物理学者は、ほんとうにすばらしい人が多いが、沢田さんもまた真の意味の学者だということがよくわかる。核物理学者の言うことを聞かないで原子力が始まったことが、今日の事態を作り出したことがよくわかる。というより、核物理学者の言うことを聞いていたのでは、原子力発電は始まらなかったのであろう。結局のところ、それはやってはいけないことだったのである。

20ミリシーベルト基準を批判して、内閣官房参与をやめて記者会見で泣いたことで有名な東大の小佐古教授は、原爆訴訟でこの人を前にして、残留放射線の影響はない、という証言を続けていたのである。すごい神経である。

http://ameblo.jp/anmintei/entry-10877077347.html
また今年も、ノーベル賞の狂騒曲が始まった。ほんとうに、毎年、うんざりである。これほどバカバカしい話もない。何がバカバカしいかといえば、もらう人がどんどん小粒になっているからである。たとえばそれは、ノーベル賞のなかでも特に権威の高い物理学賞を見れば明らかである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E7%89%A9%E7%90%86%E5%AD%A6%E8%B3%9E


を見ると、最初の頃は、レントゲン、ベクレル、レイリー、キュリー、モーレーといった非常に有名な人々が並んでおり、二十年代は、アインシュタイン、ボーアという超ウルトラ級がもらい、30年代も、ハイゼンベルグ、シュレディンガー、ディラックというスーパー級が並んでいる。40年代になるとかなり落ちるが、それでもパウリや湯川がもらっている。このあたりまでは、名前を知らない人でも、業績を見れば、ナルホドな、という気がする。

50年代になると急に知らない人ばかりで、60年代はランダウ、朝永、ファインマン、ゲルマンを知っているが、格から言って、ランダウだけが戦前の超大物と同レベルで、あとはだいぶ落ちるように思う。70年代になると、知っているのは江崎玲於奈だけだが、彼が湯川と同列だと思う人はいないだろう。80年代以降は、知っている人は日本人だけで、そのうち南部陽一郎は、湯川・朝永クラスのように思うが、小柴を同レベルだと思う人はいないだろう。

それ以上に、知らない人も、知っている人も、貰った理由を見ても、何のことやら、さっぱりわからないのである。

何が起きているのかというと、物理学の発見が人類の世界に対する認識に与える影響が、急速に落ちている、ということである。有り体に言うと、ノーベル賞が出るような種類の物理学が、衰退しているのである。物理学と言っても、範囲は広く、たとえば非線形科学などは、戦後に急速に発達したのだが、ほとんどノーベル賞の対象になっていない。ケネス・ウィルソンが相転移に関して貰っているけれど、彼は果たしてこの分野で、唯一と言えるほど、傑出した人なのだろうか。

現在の物理学をざっと見れば、おそらく、ノーベル賞候補になる人は、数百人を下らないと思う。分野をどう分けたらよいかわからないけれど、おおまかに分けて50くらいの分野があって、それぞれに10人くらいは貰ってもおかしくない人が居る、という目算である。そのうち、だれが偉いかは、はっきりいって、比べようがない。それゆえ、分野間の綱引きダイナミクスが働いて、どの分野に出るかが決まり、その候補者の10人のうち、運の良い人に落ちる、という具合だと思えばよかろう。過去の履歴から見ると、そのサイコロの目は公平ではなく、

白人が圧倒的に有利

である。

それに、物理学自体が全体として、かつてほどの勢いがない。20世紀後半では、計算機科学とか、生物学とか、生態学とかにもっと優れた学者が出ている。分野を超えて影響を与えた人々として、まぁ、適当に思いつくままだけれど、次のような人々が頭に浮かぶ。

ノーバート・ウィーナー
ジョン・フォン・ノイマン
アラン・チューリング
アンドレイ・コルモゴロフ
エドワード・ローレンツ
ブノワ・マンデルブロー
ウィリアム・ドナルド・ハミルトン
スティーヴン・ジェイ・グールド
エドワード・オズボーン・ウィルソン
ジョン・メイナード=スミス
木村資生
蔵本由紀

こういった人々は、だれもノーベル賞を貰っていない。こういう人々を漏らすということは、賞として機能していない、ということだと思うのである。

そういえば、日本人でも知っている人は少ないと思うが、稲森財団が「京都賞」というものを出している。これは基本的に、ノーベル賞が漏らしている分野に出している、と考えればよいのだが、そのうち、基礎科学賞は下のようになっている。

85年以降のノーベル賞と比べるなら、こちらのほうが圧倒的に有名人が多い。分野を超えた影響力を持っているのだ。あり得ないことではあるが、もし私が、ノーベル賞と京都賞と、どっちが欲しいと聞かれたら、賞金が半分だけれど、京都賞が欲しいと答える。ここに出ている人と並べてもらえるなら嬉しいが、ノーベル賞のように知らない人ばかりと並べられても、ちっとも嬉しくないからである。

ノーベル賞が出ているのは、平和賞をのぞけば、文学、物理、化学、生理学・医学だが、これらはいずれも、19世紀の末に盛り上がっていた分野であって、現代ではもう勢いを失っているのである。たとえば文学者よりも、映画監督とかアニメ作家の方が、遥かに影響力がある。それゆえ文学賞を貰った人の名前をだれも知らないのである。映画賞があれば、スピルバーグとか、宮崎駿がもらって、みんなすぐに納得するだろう。彼らなら、ロマン・ロランとか、トーマス・マンとかに匹敵するくらい、大物である。(ちなみに経済学賞は、ノーベル賞ではない。スウェーデン銀行賞である。)

つまるところ、ノーベル賞は時代遅れの賞なのである。もうこんな時代遅れの賞に大騒ぎするのはやめたらどうだろうか。

少なくとも、日本人が貰ったら大喜びし、だれも貰えなかったらガッカリするのはあまりにも恥ずかしい。貰った人はそれはそれはおめでたいことだと思うけれど、日本人が貰っても、中国人がもらっても、インド人がもらっても、アメリカ人がもらっても、別にどうでもいいのである。


京都賞基礎科学部門受賞者

1985年 クロード・シャノン
1986年 ジョージ・イヴリン・ハッチンソン
1987年 ヤン・オールト
1988年 アブラム・ノーム・チョムスキー
1989年 イズライル・モイセーヴィッチ・ゲルファント
1990年 ジェーン・グドール
1991年 エドワード・ローレンツ
1992年 西塚泰美
1993年 ウイリアム・ドナルド・ハミルトン
1994年 アンドレ・ヴェイユ
1995年 林忠四郎
1996年 マリオ・カペッキ
1997年 ダニエル・ハント・ジャンゼン
1998年 伊藤清
1999年 ウォルター・ムンク
2000年 ヴァルター・ヤコブ・ゲーリング(Walter Jakob Gehring)
2001年 ジョン・メイナード=スミス
2002年 ミハイル・レオニドヴィッチ・グロモフ
2003年 ユージン・ニューマン・パーカー
2004年 アルフレッド・ジョージ・クヌードソンJr
2005年 サイモン・アッシャー・レヴィン
2006年 赤池弘次
2007年 金森博雄
2008年 アンソニー・ポーソン
2009年 ピーターおよびローズマリー・グラント
2010年 ラースロー・ロヴァース(László Lovász)
2011年 ラシード・スニャーエフ