この討論会の推進派の説明は本当にひどいのだが、終わった後のアンケートの結果を見ると、

(5)安全性について理解が深まったか、については、
「そう感じる(約 30%)」と「だいたいそう感じる(約 35%)」が合わせて約65%
「感じない(約 9%)」と「あまりそう感じない(約 5%)」が合わせて約14%

となっている。あのクルクルパーな議論を聞いて、安全だと思うとは、一体、どうなっているのかと思ったら、以下の記事のように、

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一方、複数の九電関係者によると、国内で初めて09年11月に玄海3号機で始まったプルサーマル発電や、川内原発3号機増設計画などに向けた地元説明会には、同社や関連会社の社員の出席を呼びかけることが常態化していた。呼びかけにはメールを利用するのが一般的だったという。
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ということで、この聴衆もヤラセだったのだ。本当にとんでもない話である。


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九電やらせメール:玄海、川内原発トップ黙認 事前に把握

2011年7月10日 0時45分 毎日新聞

 九州電力玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)2、3号機の運転再開を巡る「やらせメール」問題で、同原発と川内原発(鹿児島県薩摩川内市)のそれぞれのトップが、メールの内容を事前に把握していながら黙認していたことが9日、九電関係者の話で分かった。九電では従来、住民説明会で社員を動員するなど「やらせ」的な手法が常態化しており、原子力部門の閉鎖性もあってチェックが利きにくくなっていた。九電はこうした社内体質がメール問題の背景にあることを認め、週明けにも経済産業省に伝える報告書に盛り込むことにしている。

 関係者によると、6月26日の県民向け説明番組の前に、当時の原子力担当副社長ら役員2人が原子力発電本部の部長(執行役員)に説明会への対応を指示。これを受けて、部長の部下の課長級社員が、原子力本部出身で子会社4社の幹部に対し、原発再稼働に賛成する投稿を呼びかけるメールを送信。課長級社員は同様の趣旨のメールを玄海原発と川内原子力総合事務所の社員にも送った。両所長も内容を把握していたが、止めなかったという。

 一方、複数の九電関係者によると、国内で初めて09年11月に玄海3号機で始まったプルサーマル発電や、川内原発3号機増設計画などに向けた地元説明会には、同社や関連会社の社員の出席を呼びかけることが常態化していた。呼びかけにはメールを利用するのが一般的だったという。

 今回のやらせメールを含め、世論を誘導する一連の手法は九電内でも原子力部門だけで完結。今月6日の国会でこの問題が取り上げられる前にインターネットなどで疑惑が指摘されていたため、社内の広報部門が原子力発電本部に問い合わせたが、同本部は否定していた。ある幹部が「特殊な集団」と呼ぶ閉鎖性を指摘する声は社内にもある。

 九電は背景も含めたメール問題を調査中で、週明けに眞部利應(まなべとしお)社長が上京して経産省に報告、公表する予定。報告書で会社としてのチェック態勢の不備を認め、再発防止策を盛り込むことにしている。




前回書き忘れたが、原発村はショッカーなのであるから、小出さんは仮面ライダーなのである。それは実に構造的に一致している。新1号のオープニング主題歌の後に、

仮面ライダー・本郷猛は改造人間である。彼を改造したショッカーは、世界制覇を企む悪の秘密結社である。仮面ライダーは人間の自由のためにショッカーと戦うのだ!

というシビれるナレーションが入っているが、仮面ライダー小池裕章も改造人間である。原子力村ショッカーが大学や大学院で色々教え込んで改造したのである。仮面ライダーが精神まで改造される直前に逃げ出し、ショッカーによって改造された身体を武器に戦っているのと同じように、小出さんは原子力村ショッカーによって改造された頭脳を武器に戦っている。仮面ライダーが孤独で、わずかの仲間と共に人間の自由のためにショッカーと戦っているのと同じように、小出さんはわずかの仲間と共に人間の自由のために原子力村と戦っている。小出さんもライダーも、ショッカーや原子力村が次々に繰り出してくる怪人どもと戦い続けているが、決して傷つかず、倒れない。それでも、秘密結社ショッカー・原子力村の力はすごくて、悪事を働き続けるのである。

石森章太郎は、「世界がショッカーに支配されかかっており、人間の自由を守るには、ひとりひとりが仮面ライダーとなって戦い続けるしかない!」という驚くべき真実を、当時の子供たち(既に中年親父になっているが)に伝えていたのである。

さて、香山氏の文章の分析に移ろう。これまでの二段落でも相当すごかったが、それはまったくの序の口である。次あたりからいよいよ佳境に入ってくる。

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彼らはこころを患っているわけではない
現実社会への猜疑心が強いだけ

 彼らは、こころの病を患っているわけではありません。

 仮に彼らが精神科を訪れて、病名をつけなければならないとしたら、現実社会にうまく適応できないということで「適応障害」と診断することになるでしょうか。あるいは、世の中に対して恨みごとを言い連ねるタイプの人には「パーソナリティー障害」という病名を伝えるかもしれません。

 しかし、彼らはそれなりにやる気もあり、優秀で学習意欲も高く、知的好奇心も強い人たちです。それなのに、どこか歯車が咬み合わず、社会にうまく溶け込めない。自分でも社会が受け入れてくれないと思い込んでいるのです。

彼らのようなタイプの人たちのなかで、ネット上で最初に注目されたのは、2000年5月に西鉄バスジャック事件を起こした17歳の少年です。ハンドルネーム「ネオむぎ茶」といえばご記憶にある方も多いのではないでしょうか。

 彼は優秀な高校生でした。偏差値の高い高校に入ったもののすぐに退学し、引きこもり生活に入ります。やがて「2ちゃんねる」で事実上の犯行予告をしたうえで3人を死傷させるバスジャック事件を引き起こしました。

 17歳という若さの彼が、人生を諦める必要はなかったと思います。しかし、彼は何も打つ手がなくなったと思い込み、自分をここまで追い込んだ社会に対する腹いせをしようと凶悪事件を起こしたのです。
===================

ほ~ら、凄いことになってきたでしょう?!
ここで本当に私は呆気にとられてしまったのである。香山氏は、

小出裕章=ニートやひきこもりのネット・ヒーロー

という図式を勝手に当てはめた上で、

「ネオむぎ茶」=ニートやひきこもりのネット・ヒーロー

という図式を利用して、

小出裕章=「ネオむぎ茶」

という印象を生み出しているのである!!!
頭がどうかしているとしか思えない。

それから、以下の話のもって行き方も驚異的である。
==============
しかし、彼らはそれなりにやる気もあり、優秀で学習意欲も高く、知的好奇心も強い人たちです。それなのに、どこか歯車が咬み合わず、社会にうまく溶け込めない。自分でも社会が受け入れてくれないと思い込んでいるのです。

 彼は優秀な高校生でした。偏差値の高い高校に入ったもののすぐに退学し、引きこもり生活に入ります。やがて「2ちゃんねる」で事実上の犯行予告をしたうえで3人を死傷させるバスジャック事件を引き起こしました。

 17歳という若さの彼が、人生を諦める必要はなかったと思います。しかし、彼は何も打つ手がなくなったと思い込み、自分をここまで追い込んだ社会に対する腹いせをしようと凶悪事件を起こしたのです。
==============
つまり、香山氏は、引きこもりという現象を以下のように捉えているのである。

(1)やる気もあって優秀な人間がいる。
(2)なぜかうまく社会に溶け込めない。
(3)しかしそれは、「社会が受け入れてくれない」という思い込みによる。
(4)そういう連中は、うっかりすると「何も打つ手がなくなったと思い込む」
(5)そうなると、自分をここまで追い込んだ社会に対する腹いせをしようと凶悪事件を起こす。
(6)しかし、そんなふうに思う必要はどこにもなく、単なる思い込みに過ぎない。

つまるところ、彼女は、ニートや引きこもりという連中は、「思い込み」によってそうなっているに過ぎない、と考えているのである。おそらく、彼女の「治療」と称するものは、

「あなたがおかしいのは、あなたの思い込みのせいだ」

と思い込ませることなのであろう。念のため、「香山リカ 引きこもり 治療」と検索したら、

香山リカ「Wiiで引きこもり克服、うつ状態が改善される」

という記事が出ていた。本当にこの人は、引きこもりというのは、「自分はどうせ受け入れられない」という思い込みでなっている、と信じているようである。だからゲームであれなんであれ、褒められて自信をつけたら、治る、ということになるのであろう。2ch の掲示板の書き込みに、

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27 : ウルトラマン(東京都):2007/09/28(金) 16:07:02 ID:HbgTByKa0
>例えば、対人恐怖で「引きこもり」だった女性のケース。家族に勧められWiiのスポーツゲームを始めた女性は、
>ゲームが上達するにつれて家族から評価されることが自信につながり、顔の表情が徐々に明るくなった。
>その後は、アルバイトに出かけるまでに回復したという。

ムチャしやがって・・・
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とあるが、その通りだと思う。ゲームでうまくいったからといって、それは「『自分が受け入れられないというのは、思い込みだったんだ』という思い込み」のお陰なのであるから、アルバイトにでかけたりするのは、危険である。

(つづく)
次の段落に移る。

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自分の信念を曲げずに主張を貫く姿に
理想と希望のイメージを重ね合わせる人々

 京都大学原子炉実験所助教の小出さんは、原発を研究しながらも反原発を唱え、そのことが原因で大学から教授や准教授といったポストを与えられてきませんでした。当然のことながら「原子力ムラ」からも排斥されています。小出さんは、それでも信念を曲げずに正しいと思うことを言い続けてきました。

 原発事故が発生すると、相変わらず原子力ムラからは徹底的に無視されますが、期せずして世間からは「それが真理だった」と評価されます。

「妥協や打算でなく自分の信念を曲げずに正しいと思うことを信じていれば、いつか自分が正しかったことが証明される」

 原発事故を喜ばしいと思う人は誰もいません。ただ、これまで大学の中で「冷や飯を食わされていた」小出さんが脚光を浴び、時代のヒーローになっていく姿は、彼らにとって理想のイメージ、希望の星、自分の願いを投影する存在になっているのでしょう。

 厳しい言い方になるかもしれませんが、彼らには自分が抱えてきたルサンチマンが一気に晴らされたという感覚があるのかもしれません。もうすぐ定年を迎えようとする年齢まで屈辱的な地位にいた人が、いまや日本中で最重要人物の一人になるという姿に、彼らはおとぎ話のようなイメージを抱いているのではないでしょうか。
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この段落は不気味の度合いが低い。が、それでもおかしい。既に述べたように、

> 期せずして世間からは「それが真理だった」と評価されます。

という認識が大きな問題なのだ。「真理かどうか」は「世間から評価」とは別の話だからである。小出さんのような「真理にしがみつく」(=サッティヤーグラハ)ことができる人にとって、世間の評価は関係ないのである。たとえ暴力を振るわれても、関係ない。なぜならそれ以外のあり方でいることが、耐えられないからである。

小出さんのインタビューを見てもわかることだが、彼は京大が助手でずっといさせてくれたことに感謝しているし、助教授や教授にされなかったことを喜んでいる。あれは謙遜でも負け惜しみでもなんでもなくて、本心なのだ。原子力村の連中をも決して恨んでなどいない。憐れんでいるだけである。

それゆえ、小出さんのあり方について、

「妥協や打算でなく自分の信念を曲げずに正しいと思うことを信じていれば、いつか自分が正しかったことが証明される」

というようなことを思いつくこと自体が、まことに、そもそも、まったく、意味が無い、のです。こういうことを思いつけるということ、そのものが、この文章を書いている人の心が、じつに、



こんなちっちゃな四角で表現できるようなものに過ぎないことを、示している、のです。(小出さん風に言ってみた。)

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小出さんが脚光を浴び、時代のヒーローになっていく姿は、彼らにとって理想のイメージ、希望の星、自分の願いを投影する存在になっているのでしょう。
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小出さんの「真理にしがみつく」生き方は、香山氏が「劣等感と優越感がない交ぜになったような、一面では純粋な理想主義者」と呼ぶような、弱虫の生き方とは、全く正反対であって、到底、そういうプロジェクションを受け付けるものではない。何が違うかは、明らかであって、小出さんは弱虫であるこどころか、ものすごく強いのである。



などを見ればわかるが、ここに出てくる

クソッタレ東大の典型的アホ学者大橋弘忠教授のクルクルパー東大話法

を散々聞かされた上に、むちゃくちゃな屁理屈で「わかってない」などと罵詈雑言を浴び、更に鼻でせせら笑われたりしたら、

普通の人間は死ぬ。

私は上の映像を見ただけで、吐き気がして、体の具合が悪くなった。ところが小出さんは、全然、平気なのである。これは小出さんがサッティヤーグラハの戦士であることを示している。真の勇者でなければ、こういう状況を受け止めて立っていることはできない。小出さんは「脚光を浴びる」「時代のヒーロー」なのではなく、あり方そのものが、ヒーローなのである。

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 厳しい言い方になるかもしれませんが、彼らには自分が抱えてきたルサンチマンが一気に晴らされたという感覚があるのかもしれません。もうすぐ定年を迎えようとする年齢まで屈辱的な地位にいた人が、いまや日本中で最重要人物の一人になるという姿に、彼らはおとぎ話のようなイメージを抱いているのではないでしょうか。
=========

そういうわけで、これは「おとぎ話のようなイメージ」なのではなく、本当に、おとぎ話なのである。香山氏の最大の誤りは、「おとぎ話はおとぎ話であって、現実ではない」という「大人の考え」を持っていることである。そうではなくて、おとぎ話が現実を表現しているのである。そうでなければ、小出さんのような存在は理解できないし、そもそも、原発を作って爆発させ、日本中に放射能をばら撒く、などという仕業は、ショッカーでなければできない。

ここを見誤ることで、世界の像は完全に歪んでしまい、「大人の世界」になってしまう。香山リカ氏は言うまでもなく、大人の世界の住人であるから、このことが受け入れられないわけである。
昨日、少し書いたら、意外に反響が大きかったので、最初の記事をより詳しく分析することにした。

【小出裕章氏が反原発のヒーローとなったもう一つの理由

というブログである。

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原発問題に過剰にのめり込んでいるのは
一般社会に強い欺瞞を感じた人たち


 震災や原発事故を「まるでなかったかのように」して、3.11以前の生活に戻ってしまおうとする人が増えています。そして前回お話ししたように、現代社会は「被災者支援を持続させられない」社会になっています。
 その一方で、ネットの世界を中心に、原発事故にのめり込んでいる人たちがいます。
 彼らの多くは、知的レベルが高く、情報収集に熱心で、いまの世の中の趨勢を注意深く見ている人たちです。
 特に、これまで一般社会にうまく適応できなかった、引きこもりやニートといった人たちがその中心層の多くを占めているように見えます。
 彼らは、企業社会やアルバイト先で、会社人間としての振る舞いや低俗なオヤジギャグに会話を合わせることに耐えられません。薄汚いごますりや打算、好きでもない商品を売ることに対して、強い欺瞞を感じている人たちです。
「食っていくためには、嘘もつかなければいけないときもある」
大人が発するそんな言い訳めいた言葉に、かえって嫌悪感を強めています。
 彼らには生活能力がなく、結局は親がかりです。
 しかしながら、自分がやりたくもないことを、社会をまるでわかっていないような頭の悪い人たちと一緒にやりたくない。劣等感と優越感がない交ぜになったような、一面では純粋な理想主義者たちなのです。
 そんな彼らが原発問題にのめり込んでいます。そして、「神」として崇拝しているのが、いま反原発で最も注目されている小出裕章氏です。
===================

この文章はすでにかなり気持ちが悪い。私にとって何よりも気持ちが悪いのは、

「知的レベル」

という言葉である。聞いただけで虫唾が走るこんな言葉を平気で使う神経がわからない。この言葉の使い方だけで、著者の「知的レベル」がわかってしまう。それから、

「情報収集に熱心」

という言葉も不快である。著者もまた情報収集に熱心なのであろうか。それから、

「世の中の趨勢」

という言葉も腹が立つ。著者もまた、世の中の趨勢に敏感に反応してうまく立ち回っているに違いない。しかも、こういった言葉は、いずれも肯定的に使われているようである。

「一般社会」

という言葉も不気味である。なんなんじゃそれは。おそらくその意味は、

個人ではなく会社人間として振る舞い、
低俗なオヤジギャグに会話を合わせ、
薄汚いごますりや打算にあけくれ、
好きでもない商品を売り、
食っていくためには、嘘もつかなければいけない

ような社会なのであろう。

なんとも通俗的でステレオタイプの社会観であることか!!

確かに世の中、そういう面がある。しかし、それだけで動いているのではない。そんなものだけでは、人間は生きていけない。そうではなく、懸命に生きる人間の姿があるから、「一般社会」は存続している。

「いえいえ、私はそういうことを言ってるのではなくて、ニートや引きこもりの人が、一般社会をそういう風に見ているんだ、と言っているのです!私が一般社会をそう見ているのじゃありません!!」

と言うかもしれないが、もしそうなら、その主張の根拠を示してほしい。どうせ示せないだろう。なぜなら、それは、この著者の思い込みに過ぎないからだ。


それから、

「純粋な理想主義者」

という言葉も吐き気がする。どういう奴が純粋な理想主義者かというと、一般社会を見下して、傷つくのを恐れてブラブラしている連中なのである。そんな連中は、「純粋」でもなければ「理想主義者」でもない。ただの弱虫である。

もしもネットで原発問題を論じている人々が、こんな弱虫どもが中心だというなら、即刻やめたほうがいいだろう。どうせ碌なことにはならない。

しかし、実際にネットの原発論議を見ればわかるが、そんなことで原発問題が論じられているのではない。なぜネットで多くの人が原発問題を論じているのか。その理由は、

メチャメチャ怖いから

である。それから、

東電も政府もマスコミも、滅茶苦茶してる

からである。こんなとんでもないものを見たら、普通の人間は、発狂しそうになる。そして、何が起きているのか調べようとするし、どうしたらいいのか考えようとするだろう。そういう一般社会に住む普通の人間の普通の反応が、昨今のネット上での原発論議なのだと私は思う。

それがどういうわけか、香山氏の脳の中では、

知的レベルが高く情報収集に熱心で、世の中の趨勢を傍観し、一般社会を見下しておりながら、財布は空っぽのすねかじりの弱虫が、暇つぶしにネットで「反原発」にのめりこんでいる

というように見えるらしい。いったい、どういう目玉をしているのだろうか?

(つづく)

追記:コメントで警告いただいたので念の為に書いておきたい。私は、「ニート」や「引きこもり」の状態になっている人々が「一般社会を見下して、傷つくのを恐れてブラブラしている連中」だとは思っていない。香山氏の言葉を解釈するとそうなる、と言っているのである。

私の考えを書いておけば、どこにでもそういう弱虫はいる。というより、誰もが、そういう弱虫を自分の中で飼っている。この弱虫を手懐けるのは難しい。
しばらく前に、香山リカ氏の小出裕章氏に関するブログが出た。

http://diamond.jp/articles/-/12955

この記事を読んだ多くの人が憤激して、ネット上で大きな反響があり、驚いた香山氏が、

http://diamond.jp/articles/-/13010

という「お詫びと補足」を書いた。

私は最初の記事を読んであきれ、以下のようなツイッターを流した。

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anmintei 安冨歩 @
精神科医が間違っているからこうなるのに、ネットのせいにしとる。⇒香山リカ「私たち精神科医は、逃避する彼らと現実との接点を作ることに腐心してきました。しかしいま、それはインターネット社会の発達によって困難になっています。」@monjukun  p.tl/5Nis
=============

こりゃまったくひどいのである。香山氏の脳のなかでは、

「精神科医」=ちゃんとした人=助ける偉い人
「ニート」=困った人=助けられるかわいそうな人

という図式がしっかりとあって、「精神科医」が「ニート」を助けようとしているのに、「ニート」がネットに逃げこんで、特に、原発というテーマにのめりこんで出てこない、と嘆いている。

しかし、「精神科医」に掛かるとどうなるかというと、ネットで浸っていたほうがマシ、というような状態にしかならないことが多いので、多くの人は、ネットのほうに行くのである。それを「ネットなんかあるから、精神科医が立派に仕事することができないじゃない!!」と逆切れしているわけである。

それから、次に、以下の文章に対して、ツイッターを流した。
===========
 ネットの世界を中心に、原発事故にのめり込んでいる人たちがいます。彼らの多くは、知的レベルが高く、情報収集に熱心で、いまの世の中の趨勢を注意深く見ている人たちです。特に、これまで一般社会にうまく適応できなかった、引きこもりやニートといった人たちがその中心層の多くを占めているように見えます。
 ・・・彼らには生活能力がなく、結局は親がかりです。
 しかしながら、自分がやりたくもないことを、社会をまるでわかっていないような頭の悪い人たちと一緒にやりたくない。劣等感と優越感がない交ぜになったような、一面では純粋な理想主義者たちなのです。
 そんな彼らが原発問題にのめり込んでいます。そして、「神」として崇拝しているのが、いま反原発で最も注目されている小出裕章氏です。
===========

これもまたひどいのである。彼女の脳のなかでは、ネットで原発の記事を読んだり書いたりしている連中は、「引きこもりやニートといった人たちがその中心層の多くを占めている」ということになる。とすれば、そんな反原発は相手にする必要はない、という結論がすぐに出てくる。まともな人間は、日々の仕事に取り組んでいて、原発なんかで暇つぶししていないのであるから。

私の見る所は全く逆である。「日々の仕事」と称するどうでもいい暇つぶしに貴重なエネルギーを注いでいるおかしな人々が、自分の神経をブチッと切っているので無関心でいられるだけであって、今回のような恐ろしい事件に直面すれば、普通の人は情報収集やら情報交換をしたくなるものである。それを「日々の仕事」のために押さえ込んだりすると、PTSDになってしまう。

ニートや引きこもりといった連中も、別にちっとも偉くはないのであるが、香山氏のように簡単に図式化するのはとんでもない。特に、そういう連中に持ち上げられているので小出さんが偉くなった、という認識と描像は、事実に反する。そう思ったので、以下のツイートを流した。

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anmintei 安冨歩
本当にこの女はアホだな。香山リカよ、恥を知れ。私はニートでもネットオタクでもなく、東大教授だから、この女の考えでは現実世界から逃避せずに成功を収めたヒトなわけだが、小出裕章助教をこの上なく尊敬しているぞ。世界でも稀に見る、本当の学者だ。 p.tl/5Nis
7月2日
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それから、

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原発事故が発生すると、相変わらず原子力ムラからは徹底的に無視されますが、期せずして世間からは「それが真理だった」と評価されます。
「妥協や打算でなく自分の信念を曲げずに正しいと思うことを信じていれば、いつか自分が正しかったことが証明される」
 原発事故を喜ばしいと思う人は誰もいません。ただ、これまで大学の中で「冷や飯を食わされていた」小出さんが脚光を浴び、時代のヒーローになっていく姿は、彼らにとって理想のイメージ、希望の星、自分の願いを投影する存在になっているのでしょう。
===========

という文章を読んで、これまたひどいもんだと思った。香山氏は、「真理」を「世間から評価」されるものと思っているのである。それは本当にひどい考え方である。真理というものは、そんな甘っちょろいものではない。正しいことが世間に認められようが、認められまいが、正しいことは正しく、間違ったことは間違っている。それはキチンと証明される。世間のアホどもが、議論を捏造して受け入れないとしても、真理は真理である。もちろんここの「世間」には、学者の「世間」が含まれている。小出さんを私が尊敬するのは、彼の真理にしがみつく、というその姿がすばらしいからである。それは評価とかそういうものとは関係がない。すばらしいので、感動するのである。そこで私は次のようなツイートを流した。

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anmintei 安冨歩
私も助手のころは、小出裕章さんのような万年助手を目指していたのだが、ついつい、教授などになってしまった。恥しい限りだ。 香山リカよ、覚えておくが良い。人間には美しく気高い心というものもあるのだ。それが人の心を動かすことがあるのだ。p.tl/5Nis
7月2日
===========

まったく、小出さんを見ると、我が身のみすぼらしさが顕になって恥ずかしい限りである。私は、私なりに、自分が真理と感じるものに固執し、信念を貫いてきたつもりであった。そういうつもりではあったが、東大教授などになっているということは、なにかしら「うまいこと」やったのである。そのうまいことやったかどうかの微妙なさじ加減で、万年助手ではなく、教授になったわけで、その事実を突きつけられて、恥ずかしいと思わされた。それで私は、小出さんにすっかり恐れ入ってしまったわけである。

===========

それからまた、以下のようなツイートを流した。

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anmintei 安冨歩
香山リカよ、こんな恥しい文章を書いて恥を知れ。小出さんの言葉に力があるのは、真理に基づき、しかも自分を例外にしないからだ。一方、お前は、受け売りの継ぎ接ぎでカッコをつけているだけで、しかも自分は例外扱いだ。安全地帯に逃避しているのはお前だ。 p.tl/5Nis
7月2日
===========

これは「精神科医」/「ニート」の図式をはじめとする、彼女の基本的な姿勢に関することである。彼女の文章には力がない。なにか優しそうな、良心的そうな、それでいて時々厳しそうな、という微妙なさじ加減があるだけで、そこに信念とか真理とかいうものが一切、感じられないのである。なぜそうなのかというと、彼女が自分を安全地帯に置いているからなのである。

それは、彼女に限らず、いわゆる医者だとか専門家だとか学者だとかいう連中の、得意技である。専門知識や資格と称するものによって自分を安全地帯に置いてとやかく言う、というのが、こういう人々の基本スタンスである。香山氏のこの記事には、それが露骨に表現されているように私は感じた。

そういうわけで私は最初の記事を見て、かなり「ウゲッ」となった。しかしそれは序章に過ぎなかった。二番目の「お詫びと補足」を読んで、私はさらに「ウゲッ」となったのである。

(つづく)
文京区だったか、文京区周辺だったか、東京全体だったか忘れたのだが、東京大学はそのなかで一番たくさんの電気を使っている事業体だという話である。誰が使っているかというと、おそらくはやはり理系の実験や病院だろう。

私は理系の研究も一時期やっていたので知っているのだが、理系の研究という奴は、国際学会の投稿期限中心で動いている。学会などの論文要旨投稿期限までに実験を済ませて結果を出し、論文の要旨を書いて投稿しないといけない。今年はどの国際学会に行くかを決めてそれ用の論文を何ヶ月も前に仕込んでいくのである。

しかし理系の実験というやつは手間が掛かる。時間が掛かる。カネがかかる。電気がかかる。しかも、やったからといって結果が出るとは限らない。なので、何通りもやらないといけない。学会の期限のことを考えると、並行していくつもの実験やシミュレーションをやって、馬車馬のように働くことになる。

しかしこういう生活をしているとやがて、「効率的」にやりたくなってくる。それはつまり、結果が出ているか出ていないかハッキリしない場合には、「出ている」ことにしたくなるのである。したくなるだけではなくて、多くの研究者が出たことにして報告している。皆やっているし、バレていないのかバレているけど黙認されているのかわからないけれど、そういういい加減な報告が論文として公表されて、それでうまく就職する人がたくさんいる。そういう前例を見ているから、最初は「ええっ!」と思った若い研究者も、罪悪感がどんどん薄れていって、そのうちフツーのことに思えてくる。

こういう、全く意味のないことのために、国民の税金が大量に使われていることを知るべきである。そして、彼らは、人件費ばかりではなく、膨大な電気も使っている。下の記事で、

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物理学者の有馬朗人・元文相は「研究はエネルギーを浪費しているように見えるが、何年か後に出てくる成果がある。それに投資しておかないと将来に響く。節電を求められることはやむを得ないが加速器研究など電気がなければ一歩も前に進まない分野には電力を融通する判断も必要では」という。
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と言っているが、私は、大半の研究はエネルギーを単に浪費している、と信じている。それは、結果として重要な成果が出なかったという意味ではない。そういうチャレンジは「浪費」ではない。最初から、本質的な結果なんか出るはずのない、けれど国際学会で審査を通過して発表するための「ソコソコの結果」を目指し、最後は辻褄を合わせてくるだけの研究が「浪費」だというのである。残念ながら、現代の研究の大半がこういう無駄な「研究」と称する作業で占められている。

こんな下らない作業を、「研究」だと自らに言い聞かせ、国民の税金を浪費して人生をすりつぶしてしまうのは、実に愚かなことである。馬車馬のように追いまくられている彼らは、急速に老けていって人相が悪くなる。若々しく生気とアイディアに満ちた魅力的な研究者が、あっという間に、老けて生気のなく人事か研究費の噂話しかしない最低の研究者へと変貌するのを私は何度も目撃した。

こういう愚かな過程を止めて、理系の研究者に自分の人生の真の意味に気づいていただき、創造的な研究に立ち戻ってもらうには、電気の使用を強制的にやめさせるのが良い。

理系の研究でも大切なことは世界観の転換なのである。そういう転換は、馬車馬のように論文を捏造している研究者には絶対にできない。静かに坐禅したり、古典に接し、仲間と熱く議論しなければ、絶対にできないのである。そういうことと並行してわずかの実験を、自らの世界観を転換させるために、集中的にやるべきである。

そのためには、節電が一番よい。そうすれば、画期的な研究がザクザク生まれてくることだろう。東北各地の大学では、地震の影響で、多くの大切な試料を失ったと聴く。それはきっと、とても良い効果を長期的には及ぼすことであろう。これらの大学の躍進に私は本気で期待している。


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東日本大震災:先端研究にも電力不足の影

「遺伝子改変豚の飼育、研究には、一定の環境に保たれた飼育施設が不可欠だ」と話す長嶋比呂志・明治大教授=永山悦子撮影
 東日本大震災による夏の電力不足への懸念が、先端研究に影を落としている。臓器や組織の作成を目指す再生医学や、大型加速器で宇宙誕生の謎に迫る素粒子物理学など、ノーベル賞級の成果が期待される分野の研究には電力が不可欠だ。7月1日には使用制限や節電要請が始まる。関係者には「先端研究への投資が無駄になる恐れがある」との不安が広がる。【永山悦子、安味伸一、野田武】

 ◇実験用豚…暑さは致命的
 茨城県内の農場の一角にある、実験動物専用の豚舎。約50頭の豚が飼育され、大人の豚の多くは妊娠中だ。生まれた豚には遺伝子組み換えなどが施され、難病治療や再生医療の実験に使われる。

 「この豚が産む子は膵臓(すいぞう)を持っていません。ヒトのiPS細胞(人工多能性幹細胞)を使って将来、豚の体内でヒトの膵臓を作り出す研究に欠かせない」。長嶋比呂志・明治大教授(発生工学)が約3年半の研究の末、妊娠に成功した豚の出産は9月の予定だ。

 これらの豚は、厳重に管理された環境で飼育される。窓を閉めて室温を20度前後に保ち、飲み水も機械で自動的に補給する。東日本大震災で停電・断水に見舞われた際には、飼育室をガスヒーターで暖め、水は井戸からくみ上げて運んだ。

 豚は暑さに弱い。気温が30度を超えるとエサを食べなくなり、出産しにくくなったり授乳をやめる。飼育環境の変化は実験データの信頼性にもかかわる。

 長嶋教授は「生き物相手だけに節電は難しい。猛暑の日中に突然停電すれば、死ぬ恐れもある。この分野の研究には、国から多くの資金が投入されており、電力不足で実験が止まることは避けたい」と話す。電力不足に備えて発注した自家発電機が届くのは10月以降という。

 ◇加速器運転…縮小の危機
 東京電力管内では、政府が7月1日~9月22日の平日、大口需要者に最大消費電力を昨夏のピーク比で一律15%削減するよう求め、上限を超えた場合は罰金を科す。一般事業者や家庭にも節電を要請する。人命や流通に直結する事業者には制限緩和などの措置があるが、一般の研究機関は原則対象外。経済産業省関東経済産業局によると、個別の事情による制限緩和も「ハードルはかなり高い」という。

 茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)は、素粒子を光速近くまで加速して衝突させる加速器実験の世界的な拠点だ。ノーベル物理学賞受賞(08年)に貢献した円形加速器「Bファクトリー」(昨年夏から大規模改修中)や、探査機「はやぶさ」が持ち帰った小惑星イトカワの微粒子分析に使われた「フォトンファクトリー」などがあり、膨大な電力を使う。昨年度の使用電力は一般家庭約9万戸分、電気代は31億円に上った。

 震災後、東電と交わした11年度の契約電力は、前年度比約10%減の2万4360キロワット。さらに「15%削減」を受け、昨夏のピークより15%少ない「2万キロワット」を上限と定めた。

 節電には加速器実験を縮小するしかないが、KEKで働く国内外の研究者約3000人の業績に響く。このため、同様の加速器を持つ米国、フランス、中国などの17研究機関で実験が続けられるようにした。「大電力を使ってきた研究機関として、被災地を含めた全国的な抑制に協力しなければ」と神谷幸秀理事。電力使用が1・8万キロワットを超えそうになると「警報」を全館放送で流す。自身は夜も研究室の照明を消し、パソコン画面の明かりだけで作業している。

 加速器同様、大量の電気を使うスーパーコンピューターも、東日本の研究者が西日本にあるスパコンの利用権を取得する動きが出始めている。

 ◇一律節電に疑問の声も
 物理学者の有馬朗人・元文相は「研究はエネルギーを浪費しているように見えるが、何年か後に出てくる成果がある。それに投資しておかないと将来に響く。節電を求められることはやむを得ないが加速器研究など電気がなければ一歩も前に進まない分野には電力を融通する判断も必要では」という。

 先端研究に必要な電力に関するデータがないことから、東京財団の※島(ぬでしま、※は木へんに勝)次郎研究員(科学政策論)は、医学分野の研究機関がどれほどの電力を使っているか調査を始めた。「社会的な営みと比べ、先端研究にどれだけの電力が必要かデータで示し、どの程度の節電努力を研究者に求めるべきかを議論すべきだ。客観的な根拠なしに、一律に研究にも節電目標を課すのは不当。逆に『研究は大事』というだけで反対するのも説得力がない」と話す.

毎日新聞 2011年6月26日 21時42分(最終更新 6月26日 23時50分)
http://ishtarist.blogspot.com/2011/06/20113203.html

公開されたデータから、3月20日に重大な事故が起きていたことを示すブログ記事が出されている。読んでみたが、再臨界が関与しているかどうかは別にして、極めて深刻な放射能の漏洩がこのときにあり、それで関東地方が著しく汚染された、ということはほぼ確実だと私は感じた。

私のブログを見ると、21日に三号機から出た灰色の煙を心配している。

http://ameblo.jp/anmintei/entry-10837104063.html

この煙こそが悪魔の煙だったのである。これを隠蔽したとすれば、政府と東電とは犯罪を犯したと言わざるをえない。
前原前外相が、外相時代の愚かな言動を上回る、下記のような極めて愚かな発言をした。

原発震災を警告しつづけた石橋克彦神戸大学名誉教授は次のように指摘しておられた。

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現代日本における原子力は、国策として莫大な人と金と組織が注ぎ込まれ、大多数の国民にとって絶対的な善である点において、敗戦前の帝国軍隊に似ている。その状況で、柏崎狩羽原発の地震被災は、大自然から発せられたポツダム宣言にも擬せられる。これを無視すれば、ヒロシマ・ナガサキに次ぐ第三の大量被爆である原発震災が近づくかもしれない。いっぽう、電力会社・政府・御用学者が大自然を客観的・真摯に見ようとせず、既定路線に固執して詭弁を弄し、マスメディアが無批判に「大本営発表」を報道し、芸能人が宣伝に動員され、国民のほとんどが原発は必要で安全と信じている現状は、アジア太平洋戦争中の狂気の日本に酷似している。

2008年11月の科学技術社会論学会年次大会のワークショップ「柏崎刈羽原子力発電所地震災害の政策的意味」より
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原発主義はまさしく、ファシズムなのである。ファシスト前原からすれば、国民の声を真摯に受け止める政治は、ポピュリズムに見えるわけである。実に愚かな考えである。



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民主党:首相の「脱原発」は大衆迎合…前原氏がけん制

2011年6月26日 19時16分 更新:6月26日 20時17分 毎日新聞


前原誠司前外相=藤井太郎撮影
 民主党の前原誠司前外相は26日、神戸市内で講演し、中部電力に対する浜岡原発停止要請などを引き合いに菅直人首相の「脱原発」に向けた動きをけん制した。「ポピュリズム(大衆迎合)政治をしてはいけない。一時的な国民受けをあてにするのは絶対に慎まなければならない」と述べた。

 その上で「急に『脱原発』となれば電気料金は跳ね上がり、極端な節電が必要になる。日本でものづくりはできなくなり、働く場所もなくなる」とも強調した。

 東日本大震災の復興財源として消費税率の引き上げ案については「デフレを脱却し、安定した経済成長に移るまでは増税すべきでない」と指摘。首相に早期退陣を重ねて要求した。