これは、イギリスの伝説的コメディー集団、Monty Python の Life of Brian というテレビシリーズのエンディングテーマである。イギリスは一応、キリスト教の国だ、ということを念頭に置いて見て欲しいのだが、イギリスでは、強烈なジョークが好まれていて、このくらいタブーに挑戦する「不謹慎」なものでないと、誰も見向きもしない。「怪しいお米 セシウムさん」くらいが最低水準である。

で、この映像は一体、何を意味しているのかというと、私の考えでは、磔になっている人々が、現代人の有様を表現しているのだと思う。日本人の見方からすると、各人がはりつけられている十字架が「立場」であって、そこから一歩も動くことができないで、死ぬまで生きる、というように言えばわかりやすいだろう。

それでイエスのような風情の人が、「人生の明るい側面をいつも見ようよ」と歌って、皆を励ますわけである。中学生の息子に見せたら、「この情況で。。。」と絶句していた。

この映像を見ていて思い出したのが、下の、山下俊一教授の講演である。モンティ・パイソン並のブラック・ジョークだとしか思えないのだが、福島県民は彼のおかげで、磔の十字架から抜け出す機会と意欲とを奪われてしまった。

新装版『人間と放射線』が出た!!

$マイケル・ジャクソンの思想(と私が解釈するもの)著者:安冨歩

上の画像の左側が旧版で、右側が新装版である。今を去ること20年以上前、チェルノブイリの事故がどういうものであったのかを知った私は、深刻なショックを受け、必要な知識を探し求めて、京大の生協の本屋を探索していて、本書に出会った。値段は、

20000円

だった。どうしようか相当悩んだが、ポスト・チェルノブイリ時代を生きるには不可欠だと考えて、震える手で財布から一万円札を二枚出して買った。

ポスト・フクシマの時代の日本人にとって、本書はまさにバイブルだ。一家に一冊、備えて欲しい。出版元の社会思想社が潰れてしまい、明石書店さんが新装版を出した。今度は同じ内容に、今中哲二さんの序文とゴフマン博士への追悼文が付いて、

なんと、たったの4700円+税だ!!

明石書店さんの英断に感謝!!といっても、高いのだが。。。
私が原発担当大臣だったら、何千万部か刷って、一家に一冊、配布する。

既に私のブログで以下のように簡単にご紹介している。これは本当に簡単すぎるので、放射線の影響についてしっかりとした知識を獲得したい人は、ぜひ本書を読んで欲しい。

http://ameblo.jp/anmintei/entry-10831487863.html

http://ameblo.jp/anmintei/entry-10854671886.html


追記:事故直後に私は「本書を復刊してください」と言おうと思って、社会思想社に電話しようとしたら、会社がなくなっていた。途方にくれて、自分で復刻しようと思って、知り合いの復刻書を出している古書店さんにご相談したら、ご検討くださることになった。それで、今中さんと小出さんにメールしたら、お返事を頂いた。ところが、ゴフマンさんはお亡くなりになっていて、その権利の継承者を探そうとして、ネットであちこち見て回り、関係しそうなところにメールしてみたのだが、埒があかなかった。再度、途方にくれていると、明石書店さんが(私とは無関係に)復刻を決断されて、今中さんらに連絡された。それで私のところにも連絡があって、私が知るところをお知らせしたら、さすがにプロで権利関係を迅速に解決されて、今回の出版に至った、という次第である。結局のところ、私は何の役にも立たなかった、という話なのだが、思い入れがあるので、記録しておきたい。
今日、ソウル大学の学会でレセプションがあり、マイクが回ってきた。みんな、当たり障りの無い料理の話とかをしていたので、こりゃ浮くなぁ、と思ったが、昨日、ブログに書いた話をした。みんな、真剣に聞いてくれていたように思う。少なくとも、感情的反発は受けなかった。

ただ、「蟹の海」案は受け入れられたわけではなさそうだが、それは仕方が無いというものだろう。しかし、「日本海」周辺国で新しい名前を考えよう、という提案は、賛成されないにしても、歓迎されたと思う。

1995年にソウルで行われた戦後50年記念シンポジウムに呼ばれたとき、そこで日本人のある老人が
「次のワールドカップは、日本と韓国で争うのではなく、日韓共催にしましょう!」と発言した。その人は、植民地時代に、中学校の体育の先生だったのだが、朝鮮人を差別しない偉い人だった。そこの中学校の教え子からは、総理大臣が4人はじめ、韓国・北朝鮮の高官を多数輩出しており、韓国人は先生を大事にするので、日本ではなんてことない普通のご老人なのだが、韓国では国賓級なのであった。

そのシンポジウムは、朝日新聞と朝鮮日報(だったと思う)との共催で、船橋洋一とか両社の有力記者が沢山きていた。それでも、そう簡単に共催にはならんだろう、と思っていたら、本当に共催になったので驚いてしまった。何でも言ってみるもんだな、と感心した次第である。

今回ははるかに小さい学会だが、これをキッカケに、何か良いことが起きて欲しいと念願する。
明日から韓国の学会に行くので、「日本海/東海」問題について考えていた。

子供の頃に小学校で日本の周辺の海の地理について学んだ。そこで私が驚いたことは、

日本のかたっぽうの海を「日本海」と呼び、
もうかたっぽうの海を「太平洋」と呼ぶ、

というように、海の名前のつけかたが、不自然なことであった。

もし日本人が、「日本海」という名称を使うなら、日本列島の周辺全体の海を「日本海」と呼びたくなるのではないだろうか。どうしてかたっぽうだけにこの名前を使うのだろうか。さらに、もうかたほうは、「太平洋」となっていて、「太平」という変な名称である上に、「海」ではなくて「洋」であって、著しく対称性を欠いている。

変だな。

と思ったのである。

そのままこの問題について考えずに、四十年が過ぎた。この間、惰性で、「日本海」という名前の不自然さについて忘れていた。ところが、韓国がこの名前にぶち切れているという報道を聞いて、このことを思い出したのである。

で、韓国人は何と呼んでいるかというと、「東海」であるという。これを国際名称にせよ、というのも、随分、自分かってな話である。日本からしたら北か西の海であり、沿海州あたりからしたら南の海であり、佐渡ヶ島からしたら、四方の海なのだから。

では「日本海」という名称は、どうなのだろうか。ここを「日本」と呼ぶのは、日本人の自分勝手だろうか。そう思い込んでいる韓国人も愚かだが、これを誇りに思っている日本人は

もっと愚か

である。なぜならこういう名前をつけたのは、日本人ではなくて、西洋人なのだから。確かに西洋人からすれば、日本の東の海は「太平洋」という名前を既につけているのであるから、日本の西の海あるいは朝鮮の東の海を、「日本海」と呼んだり「朝鮮海」と呼んだりするのが自然な流れであろう。

他にも「東洋の海」とか、あるいは朝鮮風に「東の海」とか呼んでいたらしいが、紆余曲折の末に、19世紀に「日本海」で落ち着いたらしい。それは、西洋人が勝手に、そう落ち着かせたのであって、日本人は関与していない。

こういう西洋人が付けた「日本海」という名前を、有り難がって日本人が使い、その上、それに誇りを持つなんて、なんと恥しいことであろうか。植民地根性丸出しである。それを朝鮮人が怒るのもまた植民地根性丸出しで、そう言われて「ふざけんな朝鮮人」とぶち切れたりするのは、さらに植民地根性丸出しである。

朝鮮流の「東海」という名前の付け方はどうかというと、これも植民地根性丸出しなのである。しかしこれは西洋の植民地ではなく、中国の植民地である。自分の国を世界の中心と思って、東西南北を周辺の名称とする、というのが中国流だからである。

こういう植民地根性競争のような、恥しいことは、お互いにとって良くないので、やめたほうが良い。やめてどうするかというと、一緒に新しい名前を考えたらどうだろうか。「日本海」の周辺の諸国から代表を集めて、良い名前を考えるのである。

私の案は、

蟹の海

である。なんといっても、「日本海」と言えば蟹だからだ。

ついでに、「太平洋」と、ポルトガル人が南米の端の方の海に付けた名前を、有難がって使うのも不愉快だから、こっちの名前も考えたい。私の提案は、

イルカの海

である。静岡県ではイルカの肉をスーパーで売っているそうなので。アメリカとの戦争も、

イルカの海戦争

とでも呼ぶことにしようかな。いずれにせよ「日本海」呼称や「東海」呼称にこだわるのは、お互いに愚かだからやめようではないか。
実は、十日ほど、中国の田舎に出張に出ていて、帰ってからもいろいろ忙しく、また明後日から韓国に行く、という具合で、ブログが更新できていなかった。ところが驚いたことに、かなりの数の人が毎日読んでくださっている。

それでなぜ忙しいかというと、

(1)論文集の編集。
東洋文化研究所『東洋文化』89号
東洋文化研究所『東洋文化』90号
に続いて、92号が私の推進している「魂の脱植民地化」特集号となることになって、これの論文を自分で書いたり、他人に書かせたりしている。この編集室なるにあから購入もできるので、来年の三月くらいには興味の有る方は、買ってください。結構、高いのですが。。。

(2)本の執筆。
これは、「原発危機を生きる~日本社会の構造と進路~(仮題)」というもので、このブログで書いてきたことを中心に、書いています。【はじめに】の案を以下に公開します。これもまだ第一稿で、おそらく、書きなおすはずです。


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『原発危機を生きる~日本社会の構造と進路~(仮題)』
安冨歩

【はじめに】

 こんな日が、いつかはやってくるのではないか、と私はずっと怯えていました。しかし、まさか自分が生きているうちには起こるまい、とタカをくくっておりました。実に愚かであった、と思わざるを得ません。しかしその日が来てしまいました。日本で原子力発電所の爆発する日が。
 最初にそういう怯えを抱いたのは、銀行をやめて大学院に戻り、チェルノブイリ事故に関する本を読み始めた頃でした。それは1989年のことです。というのも、事故が起きた
1986年4月26日 には、私は住友銀行に入社したばかりで、各種の下らないことに忙殺されており、とてもじゃありませんが、事故について真剣に考える暇がありませんでした。
 バブルが起きる直前の銀行に二年半働くということは、じつに精神にも身体にも悪影響を与えることでした。それは人々が急速に集団発狂していく過程で、自分自身もまた発狂してく過程のように私には思えました。そういうすさまじい過程にどっぷりと浸かって、とうとう阿呆らしくなって、銀行をやめたのが1988年でした。そして大学院に入ってしばらくしてから、私は、チェルノブイリ関係の書物に手を出したのです。
 それは信じられないくらい、恐ろしい話でした。心臓がバクバクして、目の玉がでんぐり返りそうになりました。いくつかの本を手当たりしだいに読んで、日本の原発もまた、全く変わらない状況にある、と考えました。そして私は、日本が原発にのめり込んでいく過程が、私の経験したバブルへの突入過程と類似しているばかりか、私の研究テーマであった満洲事変以降の社会状況と、構造的に非常に近い、ということに気づきました。そしてなんとかそれを止める方法はないか、と考えました。というよりも、私の研究全体が、こういった暴走の本質を解明し、それを解除する方法の探求に向けられていきました。
 しかし、驚くべきことに、やがて京都議定書というものが採択されると、二酸化炭素が悪玉に、プルトニウムが善玉にされました。そして世間は「原発やむなし」論で統一されていきました。これはまったく私には、唖然とする過程でした。そして唖然としてしまった私は、卑怯にも原発について考えるのをやめてしまいました。
 そしてついに、2011年3月12日がやってきました。枝野官房長官が「原子力緊急事態宣言」を発するのを聞いて、私は「エッ」と叫びました。全身から血の気が引いて、ソファーの上にへたりこんでしまいました。そこから先は、信じられないことが、次々と起きていきました。
 私は事故の経緯にはさほど驚きませんでした。原発について少しでも知識があれば、電源を喪失して冷却できなくなった原発がどうなるかは、だいたい見当がつくからです。私は、大規模な水蒸気爆発を恐れていましたので、そこまで行かなかった不幸中の幸いにむしろ驚いていました。
 それよりも私が驚いたのは、東京電力や日本政府の対応でした。彼らの楽観主義と無策ぶりは、私にとって「想定外」でした。事態がここまで至っているというのに、彼ら特有の「原子力安全欺瞞言語」を放棄しないことに驚いたのです。しかし考えてみれば、スリーマイルやチェルノブイリの現場担当者もまた、非常に楽観的でしたから、これも「想定内」というべきであったかもしれません。
 私が一番驚いたのは、一般の人々の対応でした。原子炉が爆発しているのを見た私は、果たして日本から脱出すべきや否やを考えていました。ところが、原子炉の数十キロ範囲内にいる人々が、しかも大量の放射性物質が降り注いたことが明らかになったあとでも、平然と日常生活を継続しているのを見たときには、心底驚きました。そのころ、ある意味で福島原発から世界で最も離れている中国ではパニックが起きており、ヨウ素入りの塩はおろか、普通の塩でさえも、売り場から消え去る始末でした。ところが日本列島の人々は、平然としており、普通に暮らしているのです。
 この一連の姿を見て、私は、かつて考えたことを思い出しました。現代日本人と原発との関係は、戦前の日本人と戦争との関係に非常によく似ているのです。そしてまた、この行動パターンは、江戸時代に形成された日本社会の有様とも深い相同性を持っています。
 本書はこの問題を考えたいと思います。これは、原発危機に関する議論であると同時に、原発危機を通してみた日本社会についての議論でもあります。そしてこの議論を踏まえた上で、日本社会は今後、どのような道を進むべきなのか、そのなかで我々はどのように生きていけば良いのか、を考えていきたいと思います。
 私の職業は学者ですが、この危機のなかでは、学者ぶった議論をチマチマ展開している余裕はありません。それよりも私自身が、この危機をどのように生きるべきかを、考えざるを得ない状態です。本書は、そのために考えたことのまとめです。その意味で、私がこれまでに蓄積した経験と知識とを総動員した、私一人のための学問です。
 それゆえこの考察の結論は、読者の皆様にそのままお役に立つものではありません。というのも、人それぞれ、事情も違えば感じ方も違うからです。しかし、私がこの拙い思考を開陳することで、みなさんがこの状況を生きるためにものごとを考え、判断する上で、お役に立つのではないかと考えております。少なくとも、何をどう考えてよいやらわからず、呆然としながらも、惰性的に生きることには嫌悪感を抱かれる方には、何らかのお役に立つに違いないと考えます。

あまりに馬鹿馬鹿しいのに、話がどこまでも発展していくので、東海テレビと、岩手JA中央会にメールしておいた。岩手のJAの皆様におかれましては、「寛容」ということがどういうことなのか、「義憤」に陶酔している日本中の偽善者に、ぜひとも見せつけていただきたいと思う。みなさんは利用されているだけなのです。

(0)そもそもセシウムをばら蒔いた原子力ショッカーどもが悪い。
(1)東海テレビの、あのマヌケなプレートがばら蒔いた風評被害は、微々たるものであった。
(2)それに誰かが「義憤」を発揮して、ニュースになった瞬間に、本当の風評被害が始まった。
(3)ニュースに反応して、「義憤」を発揮する偽善者が増えた。
(4)ビビったスポンサーが、良い子ちゃんブリッコをして、CMを降りた。
(5)それに乗じてニュースをまた出した。 ⇒ (3)に戻る

というのがこの事件の本質である。この事件で悪いヤツランキングをしたら、以下のようになる。

第一位 セシウムをばらまいた原子力ショッカー
第二位 それをニュースにしたマスコミ
第三位 載せられて「義憤」を発揮した偽善者
第四位 偽善的なJA共済や農林中金
第五位 プレートの画像を流してしまった人
第六位 間抜けなプレートを作ってふざけていた人
第七位 自分がマスコミや原子力ショッカーに利用されていると気づかない岩手県の人々
第八位 毅然とした態度をいつもとれない東海テレビの経営者
第九位 びびってスポンサーを降りてしまった会社

この事件の受益者は誰か。

・セシウムさんがセシウムより悪いことになって、責任逃れができて助かっている、セシウムをばらまいた原発ショッカーと政府
・ニュースのネタができたマスコミ

この事件の被害者は誰か。

・岩手県の米をつくっている方々
・東海テレビ
・くだらないニュースばかり見せられる視聴者

この事件のせいで、もう、「セシウム汚染」という言葉すら、マスコミにはでなくなるだろう。悪質な情報操作である。
あのとき、第二原発もアウトになるのではないかと、ハラハラしていたのだが、本当にそうだった。これは以前から広く指摘されていた起きうる事故のパターンで、原子炉をどんなに防御しても、冷却用海水の組み上げポンプとその先のパイプだけは、どうしても海に出さざるをえないので、津波に弱いのである。ここがやられて原子炉連続爆発、というシナリオは、私がチェルノブイリのあとから、ずっとビビっていたパターンだった。

まさに間一髪だったのだ。よくもまぁ、ポンプの交換が間に合ったものである。

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第二原発もベントの準備していた…震災翌日に

福島原発
 東日本大震災の発生直後、東京電力が福島第二原子力発電所でも水素爆発を防ぐため、1~4号機すべてで格納容器の蒸気を建屋外部に放出する「ベント」の準備をしていたことがわかった。

 東電が10日、初期対応などの経過を記した資料を公表した。福島第一原発5、6号機では、水素爆発を防ぐため、建屋上部に穴を開ける措置を取ったことも判明した。

 発表資料によると、第二原発では震災当日の3月11日、1、2、4号機で原子炉冷却用の海水をくみ上げるポンプの一部が津波で故障、格納容器の圧力が上昇して破損する恐れが生じた。このため、翌12日に3号機も含めてベントを準備したが、ポンプのモーターを交換するなどして循環冷却で原子炉を100度未満に冷やすことができ、ベントは行わなかった。

 東電はベントを第一原発1~3号機で実施したものの、4号機も含めた4基で水素爆発などが起きた。

(2011年8月10日11時53分 読売新聞)
この事件は本当に情けない出来事である。

(1)プレートをふざけて作った奴は確かに少し情けない。真面目に仕事やっとんのか?!というのは確かである。

(2)しかし、それを流してしまった奴は、もっと情けない。どうしてあのタイミングであのプレートの映像を出すというミスが出来るのか、不思議である。

(3)しかしそれ以上に情けないのが、岩手県の農協である。本気で風評被害を心配するなら、一番良いのは、不問に付す事であった。たとえ不問に付さないにしても、「じゃ、代わりに、今後、一ヶ月、無料でCMやってね。」くらいで良いはずだ。

(4)なぜならどうせ東海テレビの通販コーナーであれば視聴者数はそんなに多くはない。黙って見過ごしてやるのが、被害を最小限に食い止める方法である。相手はあんなに平身低頭あやまっているのだから、必死で沈静化に務めただろうから、そうやって寛大に振舞うことで、事態の拡大が抑えられたはずだ。

(5)なによりひどいのは、マスコミのニュースだ。あんな小さな事件、無視しておくのが賢明というものだ。風評被害を小さくしたければ、それこそ無視するに限る。それをまぁ、弱小テレビであることを良いことに、叩くは叩くは。あんなにニュースを流したおかげで、

「岩手県産のひとめぼれ=怪しいお米・セシウムさん」

という等式が、全日本人の脳裏に焼き付けられてしまった。

(6)それで農協共済やら農林中金やらが、尻馬に乗って良い子ちゃんブリッコするために、CMを降りたりして、ますますニュースのネタを提供した。こいつらは最悪に情けない。おかげでまた何度も、

「岩手県産のひとめぼれ=怪しいお米・セシウムさん」

という等式が、全日本人の脳裏に焼き付けられてしまった。

(7)更に、地元名古屋の製パン大手フジパンが「視聴者から厳しい意見が相次ぎ、CM提供を続ければ企業イメージを害する」として8月5日からCM提供を中止、流通大手のイオンも、8月9日からCM提供を見合わせ、地元岐阜の有名和菓子店の川上屋の原善一郎社長は「CMを続ければ我々も批判の標的になる」と話し、CMの当面休止を決める、ということで、ますますニュースになって、

「岩手県産のひとめぼれ=怪しいお米・セシウムさん」

という等式が、全日本人の脳裏に焼き付けられてしまった。あまりにも弱虫すぎる。

(8)こうやって下らないニュースを流しまくることで、他の大事なことは報道されなくなり、意識から遠のいていく。たとえば、8月5~6日に、東京で三ヶ月ぶりにセシウムが観測された。微量だが、突然、出たのはどういうわけだろうか?「怪しいお米・セシウムさん」の方が、こちらより、重要なニュースだと言えるだろうか?にもかかわらずこの件は、まったく報道されなかった。何故だ?

http://monitoring.tokyo-eiken.go.jp/monitoring/f-past_data.html
採取日
                 (131I)Bq/m2  (134Cs)Bq/m2  (137Cs)Bq/m2
2011/08/08 9:00 - 2011/08/09 9:00 ND(不検出) ND(不検出) ND(不検出)
2011/08/07 9:00 - 2011/08/08 9:00 ND(不検出) ND(不検出) ND(不検出) 雨
2011/08/06 9:00 - 2011/08/07 9:00 ND(不検出) 4.5       3.9
2011/08/05 9:00 - 2011/08/06 9:00 ND(不検出) 5.3       5.1
2011/08/04 9:00 - 2011/08/05 9:00 ND(不検出) ND(不検出) ND(不検出) 雨


(9)ここらで岩手県の農協は、太っ腹なところを見せたほうが良い。さもないと、いつまでもこのネガティブキャンペーンが続いてしまう。太っ腹なところを見せれば、ニュースになって、日本中から支持を得て、売上が上がるだろう。

(10)この際、本当にセシウムが出たときには、基準値内であれば、セシウムさんをデザインして、

岩手県産ひとめぼれ・セシウムさん印のお米

を作って、どのくらいの健康影響がありうるかを明記して(微量だからないだろう)、販売してはどうか。東海テレビは全力を挙げて販売に協力してくれるはずだ。

(9)ちなみに、槌田敦教授が指摘していたが、セシウムが基準値を超えたら、酒にすれば良い。そうすれば水でうめるので濃度が下がる。それでもダメなら、焼酎にすればよい。蒸留したら、セシウム入ってこない。それで、

岩手県産ひとめぼれ・セシウムさん印のお酒・焼酎

にして売れば良い。東海テレビは全力で売ってくれるはずだ。


まぁ「怪しいお米・セシウムさん」は確かに不謹慎かもしれないけれど、結構、笑える。しかし下の「頼れる仲間・プルト君」は笑えない。どうして国民の税金(かな?)を使って動燃が作った「プルト君」は良くて、うっかり出てしまっただけの「セシウムさん」はそんなにいけないのか、誰か教えてほしい。

http://namba.keizai.biz/headline/1934/

この講演会に言ってきた。アレイダさんは、南相馬など、被災地にも行かれた。彼女が心配していたのは、東北各地の被曝水準だと、長期的影響云々以前に、もっと早く色々な症状が現れるのではないか、ということであった。いわゆる「ぶらぶら病」のような症状のことだと思われる。

アレイダさんは、素敵な笑顔の人であった。きっとあの笑顔が、チェ・ゲバラの最大の武器だったのであろう。

しかし、アレイダさんは、ちょっと太っていた。それは当然だと思う。「チェ・ゲバラの娘」という重圧の下で、チェ・ゲバラの庇護なしに暮らすのは、大変なストレスであろうから。それに、キューバに行くと、いたるところ、ゲバラの肖像だらけらしい。自分の父親の肖像で埋め尽くされた国に暮らすなんて、一体、どんなプレッシャーなのだろうか。

さて、ゲバラについて少し書いておきたいことがある。

ゲバラは、キューバ革命後、引き続きラテンアメリカで革命を起こすために、ボリビアに潜入し、見事失敗して1967年に銃殺された。CIAの要請でオルトゥーニ大統領が殺害指令を出したという。

本当にアメリカは、馬鹿な事をしたものだと思う。なぜならこの39歳の男を殺すことで、真の英雄にしてしまったからである。生きたままアメリカに連れて行って、贅沢三昧させて、セレブリティにしてしまえば、人間であるから、色々ヘマをして、評判を落とすこともあったであろうに。

日本でも、英雄チェ・ゲバラの名声は、かなりのものである。アレイダさんの講演会にも、若い人が詰めかけていた。今後、日本の世代間所得格差が拡大していくにつれて、ますます、ゲバラの人気は高まるであろう。



南米におけるゲバラの人気は、人気などという水準ではないらしい。上は、ビクトル・ハラの作曲した「チェのサンバ」という名曲だが、これを聞いて画像を観ているだけで、何の関係もない私でさえ、ゲバラのファンになってしまうくらいだ。こういう凄いコンテンツが南米のあちこちで溢れかえっているので、ほぼ全人民がゲバラを愛しているらしい。

http://ameblo.jp/saboko-nord/entry-10050707477.html

上のアドレスをクリックすると、銃殺されたゲバラの遺体の写真が見られる。その写真の下に、マンテーニャの「死せるキリスト」という絵画が掲載されているのだが、両者は本当にそっくりなのである。このイメージによってゲバラは、「赤いキリスト」となった。カソリック信仰の強い南米で、このイメージは強烈な影響力を持っている。

そういうわけで、アメリカはゲバラを殺して、「赤いキリスト」を産み出してしまったのである。そのお陰で、徐々に社会主義は南米で勢力を伸ばし、 ドミニカ、ニカラグア、ベネズエラ、 ボリビア、エクアドル、ブラジルなどが、選挙を通じて社会主義政権を樹立した。南米の大勢は社会主義であり、その勢いは拡大する一方である。

そして、その影響は、徐々にアメリカに及んでいる。なぜかというと、アメリカ人の最大のマイノリティが、ラテンアメリカ移民だからだ。しかも急速に増えている。オバマが大統領になった大きな理由は、ラテンアメリカ系の支持を得たからだ。次の大統領選挙では、その影響力は更に強まるであろう。

多くが貧困層にいる彼らの求める政策は、福祉や教育の充実であり、軍備の拡大や世界戦略の遂行ではない。それゆえ、アメリカは必然的に、社会民主主義的政策へと移行せざるを得ないだろう。破綻した財政で両方を維持することはできない。そうなると、巨大な軍備を保持するのは不可能になるにちがいない。

そうすると、アメリカは、モンロー主義に回帰することになる。それがいつ、どの規模になるかはわからないが、長期的には、そうせざるを得ないし、また、そうすることで得られる利益が大きい。なぜなら社会主義政策をとる南米は、急速に成長しているからだ。その成長の果実を分けてもらうことで、アメリカは巨大な利益を確保できる。

そうすると、日米同盟など、いつまで続くのか、知れたものではない。完全撤退はしないとしても、中国の脅威になどかまっていられずに、勢力を縮小する可能性が高い。というより、長期的にはそうせざるを得ないだろう。

そうなったときに、どうやって東アジアの安定を確保するか、今のうちに日本は真剣に考えないといけない。中国に対抗して核武装などという、寝ぼけた時代遅れの政策は真っ先に除外して。

チェ・ゲバラの影響は、ひしひしと我々にも及んでいるのである。