ヴィム・ヴェンダース監督と言うと『ベルリン・天使の詩』『時の翼にのって/ファラウェイ・ソー・クロース!』は観たことがある。
どちらも淡々とした映画だったけど、嫌いじゃ無かった記憶がある。
過去にも『東京画』と言うドキュメンタリーやファッションデザイナー山本耀司に関するドキュメンタリー『都市とモードのビデオノート』など撮っているから、なにげに日本とは関わりが深いのか?
この作品は主演の役所広司が第76回カンヌ国際映画祭で男優賞を受賞したことで話題になっていた。
というか、役所広司が主演でなければ観なかったであろう映画。
やはり淡々とした映画だったし、これと言って大事件も起こらない映画だが、何故か退屈せずに最後まで観られた。
ヴェンダースは小津安二郎を敬愛しているようで、作風も小津安二郎と似たものがある。とにかく主人公の暮らしを丁寧に丁寧に描いた作品である。
作品を作る背景として、渋谷区内17か所の公共トイレを刷新するという日本財団のプロジェクト「THE TOKYO TOILET」というのがあって、活動のPRを目的とした短編オムニバス映画を計画し、ヴィム・ヴェンダースに依頼されたという経緯があるようで、とにかく印象的でモダンなデザイナーズトイレとでも言うようなトイレが次々と紹介される。
まあ、トイレのPRと言う意味でも面白いと言えば面白い。
舞台が東京スカイツリーが見える押上ということもあって、自分的にはあのあたりにまあまあなじみがあるし、主人公が住むアパートも、あのあたりにはあんなアパートがあるのかなーと考えながら観ていた。浅草の地下鉄のあの不思議な空間も一度足を踏み入れたことがあるので、物語の舞台として登場したのは良かった。外国人視点だからこそ新鮮に映る日本の風景と言う感じ。
役所広司は勿論相変わらず良い演技だが、柄本時生もすごくいい味を出していた。実は個人的には柄本兄弟は兄貴の柄本佑より柄本時生の方が断然好感度が高いのだよ。
そして、後で知ったのだが、私の好きな田中泯も出演していた。ある意味私の好きな俳優チョイスの映画であった。
ネタバレ
まず、アパートの作りが面白いなーと思った。一応二階建てなのよね。お風呂はないようだけど、2階に二部屋、1階に一部屋とキッチンと、3DKで結構広い。あれで家賃いくらくらいかなー。
早朝起きて、缶コーヒーを飲み、カセットテープを聴きながら車で移動して、渋谷区のトイレ掃除。昼はコンビニで買ったサンドイッチを公園で食べ、銭湯に行き、時には浅草地下鉄駅の飲み屋、時には石川さゆりのいる居酒屋などで飲み、夜は読書をして就寝。
大体、小さな波風はあっても決まった生活を淡々とこなしつつ、時に境内の木々の写真を撮ったり、植物を育てたりなどのささやかな趣味を楽しんでいる。
携帯電話を使用しているが、Spotifyを知らず、未だカセットテープにこだわる、やや浮世離れした人物だ。
何も考えず、孤独にルーティンワークを繰り返すというのは、どこか囚人の暮らしのようにも思える。それはある意味楽と言えば楽な生活なのかもしれない。
一見、トイレ掃除という単純労働だが、まあ、掃除というのもある種の快感がなきにしもあらず。実際トイレを磨き上げる描写にはそれなりのカタルシスもあったり。
暮らしはかつかつのようだが、トイレの清掃員って月幾らくらい稼げるのかな(ちょっと調べた感じだと正社員の場合は月給30万円なんて話もあってそう悪くはなさそう)。
主人公が読んでる本から推察するに、ただの底辺を生きる人物という感じではなく、なんらかの事情で進んでこのような生活を行っていることがうかがえる。途中現れる姪や、妹の様子、父親との確執などを見ても、結構いいとこのぼっちゃんだったのかなーという感じもある。
好んでこのような生活をしている人にとっては、それは幸せと思えるものかもしれないが、他に選択肢のない人間がやむを得ずこのような生活になっている場合の心情とは乖離がありそうな。
また、何故か同僚のガールフレンドにキスされるとか、かわいい女子高生の姪が訊ねてくるなど、若干親父の妄想的な展開も見られる。伯父とはいえ、あの年頃の女性が躊躇無く伯父の目の前で着替えるなどあまり考えられないことで(父親の前だってあんな風に無防備に着替えたりはしない)、姪の着替えにどぎまぎする伯父の描写など、まるでベタなラブコメみたいな気持ち悪さがある。
石川さゆりと三浦友和が抱き合っている姿を目撃した主人公がお酒とタバコで落ち込む描写があるが、実はさゆりちゃんを密かに思っていたのだろうか。
そしてあの一瞬で、よく三浦友和は主人公の顔を覚えて、声をかけてきたなと思う。
最後の役所広司の様々な思いで泣き笑いする顔はいい演技ではあった。だが、その表情に至る背景が自分の中ではあんまりぴんとこなかった。
そして、最終的にはあの主人公はあのアパートで孤独死するのかなーなんてことを考える。いや、あるいは石川さゆりとワンチャンあったりするのだろうか? とまだまだ煩悩多き自分としてはついそんなことを考えてしまうのであった。