新年そうそう、277分というなんだか重たいドキュメンタリー映画を観てしまいました。
1983年に公開された作品で、1985年には月曜ロードショーで放映もされたそうです。直接的な遺体や処刑のシーンもあるので、今だと地上波での放映は無理そう。まあ、80年代ってスプラッターホラーとか実録映像ものの『ザ・ショックス』とかも放映してたし、報道でも割とエグい映像流してたから、あの当時の感覚では普通っちゃー普通だったのかな。
この映画はアメリカ国防総省の50万フィートのフィルムを編集したものです。
感覚的にはNHKの『映像の世紀』みたいで、当時の貴重な映像を交えつつ日清戦争からはじまり、第二次世界大戦に至る流れも解説されるので、非常にわかりやすいです。
メインである東京裁判での流れもわかりやすく、長いは長いけど見応えはあります。というか人生一度は観ておくべき映画ではないかという感じですね。
とは、いえこの年齢まで存在は知っていたけど観られなかったのは、やっぱり重い印象が強かったので、なんとなく避けてきたのが現状です。
最近、荻窪の荻外荘に行ったのですが、このドキュメントを見るまで近衛文麿が青酸カリで自殺をしたことも知らず、改めて撮影した書斎の写真を見て「ここで自殺してたのか」と複雑な気持ちになりました。
東條英機と言うと、昔からA級戦犯としてどことなく怖いイメージがあったんですが、大川周明が突然、前の席に座る東條の頭をぽかりと叩く場面はこの映画唯一の笑いどころでした。大川周明は梅毒の影響で異常をきたしていたようなので、そこに叩きやすそうなはげ頭があったからなんとなく叩いちゃったみたいな印象があります。東條英機の苦笑もまたちょっと微笑ましいような。ただ、佐藤慶のナレーションはあくまで大真面目なので、ここで笑うのは不謹慎な気もします。
東條英機はこの裁判の前に自殺を図っていて、僅かに銃弾が心臓をそれたことで、大量の輸血により助かったという経緯があって、本人、一度は死んだ身であり、その上で蘇生し裁かれる事をどのような心情で受け止めていたのか気になります。自分だったら一度は捨てたこの世界で、生き残って自分が裁かれるという現実はまるで夢の中にいるような非現実感が伴いそうな。立場上やむなしですが、なんとなく戦争の怨恨を一気に背負った人物という感じですね。
国際法的にもニュルンベルク裁判以前は個人による戦争責任という概念はなく、「平和に対する罪」など開戦前にはなかったルールが後出しじゃんけんのように設けられた点や、戦勝国による裁判は公正となり得るのかなど、準備期間が短い中で弁護側が指摘した問題点というのは後の検証という意味でも意義のあることだなーと思いました。
そういえば、たとえ戦争という極限状態にあっても国際法に反する行為を行った場合戦後裁かれるという事実を日本軍で殆ど教育されていなかったのは驚きですね。だから、戦場によっては無法地帯化して捕虜とか民間人にひどい行為が行われてしまったのかと、残念な気持ちになります。
戦争には本当にいろんな側面があって、その戦争の光と影、善と悪、そういったものが渾然一体となって、勝者であっても、敗者であっても、それを裁くというのは難しいものだなーと思います。
ただ、あれほどの悲劇があるとやはり誰かがその責任を負う形にならざるを得ないのかなーと言う感じはあります。上海などでは、殆ど裁判あってなきがごとく、処刑が行われていた事実は衝撃的でした。
私は何故マッカーサーが天皇を象徴として残したか疑問ではあったけど、天皇に権威があった時代でさえ、貴族間の権力争いや、武士台頭後の戦国の世のように日本人同士争いが絶えず、辛うじて天皇の権威を利用してなんとか統制してきた歴史を考えると、特に幕末、明治維新以降天皇の権威を強めた近代史では、日本人を統制するのに、やはり天皇を残すことが戦勝国にとっては都合が良かったのだと納得しました。天皇があそこまで戦勝国に協力的な姿勢を見せたことも、天皇を残す決定打となったのですね。実際天皇の名のもとに、日本人が武装を解除する姿をみると、天皇に戦争責任を問い、処刑してたら大きな反発を生み、せっかくの終戦も収拾がつかなくなっていたかもしれません。
私自身『日本のいちばん長い日』を観たり、歴史的経緯を知るにつれて、天皇といえども絶対的権威があった訳でも、場合によっては自らの命さえも危険が及ぶ立場にあったことも理解し、天皇に対する見解が少し変わったので、処刑されなくて良かったと思うようになりましたが、日本の歴史上天皇の権威というのはどうしても利用されがちなので、日本の真の民主化が達成された暁には自然と消えてゆくのかもしれないなーと思っています。
ただ、最近は真の民主化など有り得るのかという疑問もありますが。また真の民主化が果たせたとして、そこにはまた違った問題点もあると思います。
それにしてもあらためてこの世界は恐ろしい、人間も恐ろしい、と感じますね。
平和の裏側にはいつ落ちるともわからないこのような恐ろしい世界が広がっているのだと改めて感じました。
日本に憲法第9条というこの世界における最大の理想を課した戦勝国が過去は勿論、その後もあちこちで紛争しているという事実もまた皮肉なものです。
ただ、それでも、世界が武力による解決を回避出来る世界となって欲しいと願わずにはいられないですけどね。
自分は割とニュートラルな視点で作られたドキュメンタリーと思っていますが、一部にはこれもまた偏っていると批判する人もいるようです。どこがどう偏っているのか自分にはわかりません。東京裁判に関してあらゆる問題提起がされていて、自分の印象としてはこれがすべてではないだろうけど、あの戦争を知るとっかかりにはなると思います。
何より東京裁判の貴重な記録映像を観られるということだけでもすごいことです。
ということで、自分が見応えあった三大日本映画は、『日本のいちばん長い日(岡本喜八監督版)』、『八甲田山』、『東京裁判』で、次点『二百三高知』ですね。