これまで『ステレオ/均衡の遺失』『ファイヤーボール』以外はクローネンバーグ監督作品すべてを観てきた私だが、年齢とともに彼の作品を観るのがどんどんしんどくなってきた。
神経をえぐるようなクローネンバーグワールドは若い頃は面白く思えたが、だんだん受け付けがたくなってくるというか。
それに『スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする』以降、ちょっと作風が変わってしまって、余計に溝が出来てしまったような。
それでも、クローネンバーグの作品の根底に流れるスピリッツみたいなものは嫌いじゃないし、最近では『マップ・トゥ・ザ・スターズ』は結構好きだったりするので、一応チェックはしてるのだが、体調が優れない時はあまりクロさんの映画は観たくないので、今回もサブスクスルーしようかと迷ってしまった。
でも、クロさん、お年もお年だし、もしかして劇場で観られる最後の新作かもしれないという気がして、体調の良い時を見計らって頑張って観てきたよ。
今回、クロさんは1970年に『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』という短編映画を撮っているので、それのリメイクかと思いきや、そういう訳ではないようだ。
ただ、この映画でも身体から新しい臓器を生み出す男などが登場するので、ある意味再構築された物語と言えるのかも。
1970年版は昔一応観たのだが、やっぱり神経にくる映画だったなー。
ってことで、原点回帰とも言える作品で、『シーバース/人喰い生物の島』から『イグジステンズ』までの集大成といった感じも受ける。
実際、ちょいちょい過去の作品を彷彿とさせるシーンがあるし。
ところで年をとると明確なストーリーとか、そういったものがどんどん淘汰されてしまうのかなーなんて考える。
巨匠と言われた監督も、晩年の作品はストーリー性があまりなくなっていく気がするしね。
この映画も『裸のランチ』のように明確なストーリーはあまりなく、どっちかっつーと悪夢みたいなお話というか、『裸のランチ』も原作者バロウズが薬でラリってる時に書き散らかしたイメージの集合体みたいな小説なんで起承転結なんてあるはずもなく(映画はバロウズの伝記っぽい体裁でぎりぎり物語に落とし込んでいたけど)、その作品を心酔するクロさんもずっとその作風を目指しているのかなーって感じ。
さらに、これまで彼が描いてきた肉体変容とか融合とか、そのあたりのテーマにさらに自分自身の老いなんかも加味されたような。
ネタバレ
のっけからプラスチックを食べる少年というぶっとんだ展開。
このあたりのプラスチックを食べる描写は『ザ・フライ』を思い出す。
で、近未来、人類は痛みの感覚を失ってしまったそうな。
それはものすごく大変なことなのに、その世界観を受け入れる前に、ヴィゴ・モーテンセン演じる身体から新しい臓器を生み出す男が登場する。ヴィゴ・モーテンセンもかなり老人っぽい雰囲気。これはクロさんの分身なのかと言った感じ。またヴィゴ・モーテンセンかーと言う気分と、どんだけヴィゴ・モーテンセン好きなんよーって気分になる。
新しい臓器を生み出す男は公開手術でその臓器を摘出するアーティストだった。
彼の作品に刺激されるファンはいるが、それってまんま内臓感覚と呼ばれる映画を撮るクロさんとそのファンの姿のようで、若い女性に好意をもたれる姿は親父願望かという気さえする。
「手術はセックス」なんて言い出すクリステン・スチュワートなんかもいたりして、その倒錯っぷりは『クラッシュ』っぽいかなー。ところでクロさんはロバート・パティンソンといい『トワイライト』に出演している俳優さんが好きねー。
痛みを感じない世界というのはある意味うらやましい気もするが、実際先天性無痛無汗症と言う病気があるようにそれは確かに命にも関わる大問題なんだけど、この世界ではいまいちそんな危機感は感じられない。
ただただ、痛みを感じない人々が、痛みや刺激を求めてか、公開手術にはまっていく為の設定って感じ。
いや、この設定はこの混沌の世界を生きるには人は無感覚にならざるを得ないと言うことを表しているのか?
『クラッシュ』も、車の事故や痛みの刺激に取り憑かれて性欲を満たす登場人物の話だったが、ここでも主人公は通常の性交が出来ないものの、公開手術によって性的興奮を得られているかのようだ。
このリアルに性交出来ないあたりも、クロさんの老いかなーなんてつい思ってしまう。
とりあえず無感覚となった世界が荒廃しているイメージはなかなか良かった。
で、物語は新臓器をめぐって進化推奨派と進化を恐れる否定派が対立している。主人公は進化推奨派の動きを伝えるスパイ活動なんかも行っていて、このあたりは『スキャナーズ』っぽいし、全体的イメージは『ヴィデオドローム』『裸のランチ』な感じ。
主人公は睡眠も食事も機械に頼らなければならないようで、その機械が肉感的な上に、その機械にかかっている姿の方が却って苦しそうにみえる。まるで介護を受けている老人のそれって感じもある。
このあたりの器具は『戦慄の絆』や『イグジステンズ』っぽいね。
まったく無意味と思われた主人公の新たな臓器は、猛毒と言われたプラスチック素材のチョコバーを消化する機能があるようで、主人公は新たな進化へ向かう。
かつてクロさんは「奇形さえも進化の過程かもしれない」みたいな発言をしていたが、まんまそんな感じのお話だった。
ちなみにこのチョコバーがちょっと美味しそうに見えた。
この世界がどんどん汚染されていく中で、結局人間は順応するために変異しなければならない。
非常に前向きなお話のようだが、どこか、旧来の世界を愛するものにとってはおぞましい最後のようにも思える。
でも、主人公が嬉しそうに涙を流すのを観ると、ハッピーエンドと言えるのかなーという奇妙な気持ちがする。
過去作品で肉体変貌を遂げた登場人物は大体悲劇的な結末を迎えるが、『クラッシュ』『イグジステンズ』以降は前向きな光が当てられているような気がする。
この作品も、そういう意味ではクロさんの悲劇だけで終わらない希望を残しているのかなーなんて考える。
あるいは、主人公の生み出す臓器が、クロさんの映画のメタファーとするならば、闇の世界においてそのアートと言える臓器(すなわちクロさんの映画)は無意味ではないという自負なのかもしれない。
とにかく、こんな感じで、もう、ぶっとびすぎてこの世界観を受け入れるまでが大変よ。
情報量が多すぎるって言うのかな。
これまでも確かにちょっとぶっとんだ世界感を描いてたし、クロさんワールドにはある程度慣れてはいるとはいえ、実に容赦なく異世界を描ききった感じ。まさに内臓感覚ダークファンタジーだね。
とはいえ、公開手術なんてえぐい設定だけど、そこまでグロい感じはなかったな。
内臓さえもアートと感じるクロさんの変態性は極まっていたけどね。
というか、これまでもかなり変態な映画撮ってたんだけど、その変態性がかなり煮詰まってきていて、なんかちょっと受け入れがたいというかぎりぎりやばいラインって気がしたよ。
で、変態的でありながらも、クロさんの映画はどっか社会派っぽさもあるのね。
これが遺作となってもしょうがないなーという出来だけど、クロさんはまだ進化するのかなー。