ネタバレあり

 

『隠し剣鬼の爪』を観たら、こちらも再見したくなった。

ストーリー的にすっかり忘れてたので、改めて再確認する感じ。

藤沢周平「たそがれ清兵衛」「祝い人助八」「竹光始末」の短編3編を原作としたもので、山田洋次監督による時代劇三部作の一作目。

 

やはり、永瀬正敏木村拓哉よりも、アクションや殺陣の期待度と言う意味ではJAC出身の真田広之は一番信頼出来る気がする。

 

作品のフォーマットは殆ど『隠し剣鬼の爪』と同じで(というか、この三部作全部同じフォーマットと言う説あり)、うだつのあがらない東北の下級武士が実は凄腕の剣豪という、ある意味誰もが大好き黄金設定である。

ある種、出世街道から外れ、会社や上司の圧力に逆らえないサラリーマンの共感を得やすい設定というか。

 

勿論一歩間違えると中二病的に恥ずかし設定なのだが、そこは、山田洋次監督、そうした下級武士の暮らしぶりを丁寧に描くことによって、見せる時代劇に作り上げている。

『隠し剣鬼の爪』同様、主人公の月代に毛が生えているあたりがリアル。

 

清兵衛も『隠し剣鬼の爪』同様やはり三十石(五十石?)の貧乏っぷりで、妻には労咳で先立たれ、認知症の進む母親とふたりの娘を抱えながら慎ましやかに暮らしている。真田広之はいまいちふたりの子持ちに見えないのだけど。

そんなさえない男の前に、マドンナの如く現れる幼なじみで出戻りの朋江(宮沢りえ)。

清兵衛は密かに彼女を思いながら、四百石の武家の娘とあって、おいそれと嫁にとは言えぬ立場。実際妻に娶った女性も百五十石の武家の出で、死ぬまで貧乏暮らしに後悔していたとあっては、彼のためらいもわからんでもない。

『隠し剣鬼の爪』とは立場が逆転というか、あちらは武士と女中という女性側の身分が低いことが問題であったが、こちらは、女性側の家柄が高いことがネックとなる。

これまで自分は時代劇を観ていて、何石ということはあまり意識していなかったのだが、『三匹が斬る!』役所広司演じる浪人が千石で仕官することにこだわっているのを見て、それが暮らしや階級にどれほどの影響力があるのかという事を意識するようになった。

 

そんな清兵衛と朋江の純愛も見所であり、清兵衛が藩命で余吾善右衛門を討ちに行く際の身支度の手伝いに来る際には、いかにも武家の娘といった感じのてきぱきとしたふるまいが素敵だった。

兄嫁に毅然と言い返す所も胸がすく。ただ、最終的には言い負かされる形に終わるのはあの時代の限界なのかなーとも思う。

 

殺陣の見所はふたつあり、ひとつは朋江の元夫である甲田豊太郎(大杉漣)との河原での果たし合い。

片や木刀、片や真剣という緊張感と、キレのいい殺陣が素晴らしい。

真田広之が高々と飛び上がって大杉漣の剣を躱し、打ち倒す場面はさすが。

 

もうひとつは、余吾善右衛門との屋敷の打ち合いだが、私はこの時はじめて田中泯を知り、その圧倒的存在感に「この人何者!」とすぐに注目するようになった。

これが田中泯の初演技と言うのだが、まったくそうは思えない貫禄というか、凄みというか、もっともっと彼の時代劇の殺陣を見たいという気分にさせられる。

特に清兵衛が竹光であることがわかった時の、ただならぬ殺気も凄まじく、迫力満点だった。

 

ここは武士としてのプライドが傷つき、逃げるよりも、清兵衛との勝負にこだわって死んで行った侍の性のような場面にも感じられるが、とある人の解釈を読んで、そういう見方もあるかもしれないとはっとなった。

というのは、余吾善右衛門は清兵衛と勝負する際に、冷静に刀と鴨居の距離を測っている描写があり、にもかかわらず最後に大ぶりで鴨居に刀がひっかかると言うミスを犯す。

ここは、余吾善右衛門が油断したと解釈することも出来るが、清兵衛と話しをする内に自分と同じような境遇の清兵衛に思うところがあり、あそこはわざと負けたのではないかという解釈もあり、その可能性の方が合点が行くなーと言う気がしてきた。

余吾善右衛門が逃げればその咎は当然清兵衛に行く。もはや何もかも失った余吾善右衛門は自分が生き残るよりも、清兵衛に道を譲ったのではなかろうか。
そうだとするならば、あの打ち合いのもの悲しさは一層際立つものとなるだろう。

最後に自分を逃がす気だったかと確認し、そのつもりだったと清兵衛が答えたことで、彼としては本望だったのかもしれない。

 

藩命を果たした清兵衛が家に戻ると、待っているはずもない朋江がいるところはほっとする。

ちょっと『幸福の黄色いハンカチ』を思い出すラストだ。

 

しかし、清兵衛はせっかく思い人と一緒になり、幸せをつかんだが、わずか数年で戊辰戦争で賊軍として銃弾に倒れる。このエピローグもまた無常観あふれるもので、もの悲しさが残る。

ラストの閉め方は『隠し剣鬼の爪』の方が良いというか、ずっと語りをしていた娘が現れて墓参りする下りは少々冗長かなーとは思う。

父を誇りに思っているという娘の台詞も蛇足的な…。

 

そういう意味では結び方が惜しいなーと思うけど、でもやはり三部作の中では一番良い作品だと思う。