一年前は、、今、思えば苦しい
生活水準だったが
それなりに楽しく生活していました。

発症当日、朝から体の調子が良くないのを自分でわかっていました。
その時、釣りを諦める
勇気・・・
子供が楽しみにしてたから
釣りは、またいける。
体は一つ 壊したらおわり
このブログみてくださった皆さんが僕みたいにならないように。

追伸。
もともと文章力ないうえ
高次脳障害がのこってるため
誤字脱字、多々あると思います。
まだ、ブログつづけます。よろしくニコニコ



約1ヶ月がたち
いまの現状が把握できるように少しなってきた。
だから、余計につらく。
夜は、いつも泣いていた。考えてもなにもできないしほんまに死にたかった。
入院しているところが
三階だったため
飛び降りも考えた
でも、それもできないしょぼん
体動かないし
でも、今思えばその時点で体が動かなくてよかった。
やっぱり死ぬのが怖かったが、一番やったと思う

僕の身体は一つ
壊れても交換できない

治すしかない。
そやね 今は、リハビリやね。
どんだけよくなるかわからないけど
前みていく事をきめた。
発症から約1ヶ月がたち
病状報告
まず首は たいぶすわった状態になりまっすぐ見ることが出来るようになってきた。
顔のマヒも、かなりよく
言わなかったら、わからないぐらいによくなった。
上枝はまったく動かない
けど、指先の感覚が少し
でてきたかな というかんじ(注 針刺してやっとぐらい)
下枝の感覚は良い足にくらべて30%ぐらい
動きに関しては全然です。
このころ、一番つらかったのは、やっぱりトイレ。
ベッドから車椅子に一人で乗り降り出来ないため
毎回ナースコールになります
トイレまで押してもらってズボン、パンツ 脱がしてもらってしょぼん
便座にすわらさしてもらう用をたす時もカーテンごしでみまもりです。
これがすごくプレッシャーで、でるものもでない。
決まりだからしょうがないけど つらい

(車椅子にその個人的な情報がかいてある しかし あんごうなのか?僕には、わからなかったが、看護婦は、瞬時に判断して
その人に合う看護をしてるみたい)
だから、僕のいまの状態はすべて、見守り状態。
まあ、今思えば、当たりまえやわなガーン
ちょっと、汚い話ですけどオシッコもコントロール
できないため。
終わったとおもったのに
まだ、出てるとかしょぼん
ほんまにつらい。
お尻も拭いて貰ってしょぼん
何とか、おわってベッドに戻ったらまた、ショック! したい そんな繰り返しでした。
何回か、オムツをしましたほんまに毎日、毎日 つらい事ばかり。
しかし、毎日、嫁が看病にきてくれます。
それが嬉しく
何とか、耐えられたニコニコ