ほのかに香る
あんこの実家はあまり新しいことに関心がないというか( ̄ー ̄;
かなりのアナログ一家です。洗濯機なんかつい最近まで調子の悪い二層式使ってましたからね(@Д@;
そんな家庭で育った為か、恥ずかしながらあんこは結婚するまで
『柔軟剤』をほとんど使ったことがなくて![]()
結婚してから主婦友と柔軟剤の話になり、そこで皆に教えてもらいました。どこどこのがいい匂いーとか
元々がかなりの凝り性のあんこは、次の日からドラッグストアに行っては匂いをかぎまくり、何本も購入し、日によって使い分けるというハマりぶり![]()
そんな柔軟剤ビギナーの私が今愛用中なのがコレ
はい、ドン!!

『レノア~森林浴の香り~』
とても良いにおいです![]()
洗濯の時間がちょっと楽しみ
甘すぎないから旦那も気に入ってます![]()
結婚に至るまで その後、父の入院・手術について
結局、父が入院したのは、2月の中旬になってからでした。
検査が長引いたり、検査の為病院に行ったのに『今日はレントゲンの先生が休みです。』とか言われたり。じゃあなんで今日呼んだ?
ちょっと離れたところにある市の病院にお世話になったのですが、正直こっちからしてみれば片道1時間以上もかけて行っているのに…とちょっとイライラしたり((o(-゛-;)
確かに手術をすれば大丈夫だろうと言われていたし、進行も遅いガンらしいけれど。
家族からしてみれば早く手術してくれ!と声を大にして言いたいところ。
しかし、そんな私達とは対照的に父は手術に対しての不安のほうが大きかったといいます。
父の手術は前立腺そのものを取ってしまうもので。その後、ほんのちょっとだけ後遺症は残るだろうと言われていました。排尿の感覚がきちんと戻らないかもしれないし、尿漏れもあるだろうと。
今になって冷静に考えれば分かるのですが、確かに自分の臓器の一部がなくなるわけですからそれだけでも怖いはず。ましてや今まで普通に出来ていたことに不便さを感じるようになる怖さもあったと思います。
そんなことすら気付かないくらいに、私達家族は焦っていたんだろうなぁと思います。
父の入院の日。
車で父と母を乗せて病院まで向かいました。
受付で手続きを済ませ、病室に案内され、病院の服に着替える父。
不思議ですね。さっきまで普通の格好でいたのに。あっという間に入院している人になっちゃった。
父の病室は6人部屋でしたが、ベッドはほとんど埋まっていました。
今思えばなんであんなに皆そろってと思うくらい、病室の人はとても良い方ばかりでした(´∀`)
あんこと母は、雪が積もる前に帰れと言われ、半ば父に追い出される形で病院を後にしました。
私はもうすっかりアパートで暮らしていて、仕事と家事とに追われる毎日で。
ただ、あんこは決めていました。父の入院中は、時間を出来るだけ父の為に使おう。と。
あんこは昔、交通事故で長い間入院した事があります。
ベッドから起き上がることが出来なかったあんこに毎日ご飯を食べさせてくれたのは父でした。
『お父さんが怪我をしたら今度はあんこが助けてあげよう』
そう思っていたのに、私は父が大変な時に結婚する道を選びました。
時間の許す限り父の病院に通おう
父の入院中、特に手術後はあんこの生活はなかなかハードなものでした。
会社には事情を話していたので、好きなくらい有給消化していましたが。たまに出勤すれば鬼のように溜まった仕事( ̄□ ̄;)+家事。そして出来るだけ時間を作って父の元へ。
付きっきりじゃ父にも周りの皆さんにも迷惑かけるだろうと休憩室みたいなところにいて、ちょこちょこと父のところに顔を出すという感じだったのですが、休憩室で爆睡してみたり(°д°;)ね、寝てた…
父は手術後であまり動けない体なのに、遅くなると必ず休憩室に来て、『雪が積もるから帰りなさい。』と言いました。体だって辛いのに、いつも心配ばかりしていました。
でも、3月になって暖かくなって、徐々に徐々に父の体の調子も元に戻り…。予定よりもちょっと伸びましたが、4月の頭、父は無事退院することが出来ました。車で家に向かう途中、窓を開けて春の風を気持ち良さそうに浴びていました。
結局今、父には何の後遺症も残らず、ぴんぴんしております。家の家系ほんと悪運だけは強くてA=´、`=)ゞ
たまに遊びに行くと、本当に嬉しそうに迎えてくれます。
お父さん本当に良かった。
これからもどうか体だけは気をつけて…。いつか孫が産まれても元気にいっぱい遊んであげてね![]()


