宝塚歌劇団の生徒、新聞では「俳優」と表されていますが正確には劇団員が正しいでしょう。そして表現者とし有料舞台に立つということは、限りなく「みなし公人」に近いと思います。
つまり私人ではない。
***加害生徒側*****
謝罪しました(手紙だけど)
この指導がパワハラに当たるなんて劇団から教育されていなかった、知らなかった
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***劇団側*******
パワハラ指導をしてこなかった劇団の全て責任
死亡されたことに、ご遺族に、弔意
安全配慮義務を怠った劇団の責任
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が、合意書と会見の大まかな内容でしょうか?
ブログよりもXの方が擁護派と劇団改革又は解散派の言葉が生々しく激しいような気がしますが。擁護派は「公演再開の為に加害者上級生達が謝罪文という犠牲を払った」「金(慰謝料)の問題よね」「信じない」など。
改革派又は解散派は「公演再開したいが為に合意したんでは?」「上級生や劇団幹部の処分無しとは一般社会では考えられない」「徹底的に膿だしする機会を失った」「芸能の世界では(パワハラが)当たり前と思う事が異様な世界だったと気づくべき」「モラルの低い世界は解散すべき」「無くても生きていけるものだから解散でいい」「同一メンバーでの公演なんてありえない」など。
わずかながら中庸派もいて「謝罪文生徒名を公表しなかったのは弁護士や遺族の温情だと思う」「弁護士も遺族も宝塚の解散を望んでおらず宙組公演再開も否定していない。今後の改革を望んでいる」など。
擁護派、改革派、中庸派、ご遺族や代理人弁護士皆が共通で思っているのは
「宝塚が良い方向に変わっていくこと」
でしょう。
それは私も否定しませんし、改革を望んでいます。果たして改革とは何か?
ハラスメントが当たり前であった風土をどのように改革できるのか、又どういった方向へ持っていく気か。
そもそも阪急幹部には「ハラスメントとは何か」を認識しているかさえ疑問だった風潮さえ感じます。又、合意書と会見内容は結局のところ、ハラスメント教育をしてこなかった劇団の責任であって、ハラスメントをした上級生達は「ハラスメントなんて知らなかった。教えてこなかった劇団が悪い」で済ますつもりなんでしょうか?
昔よく言った「知らんですむなら警察いらん」
と同じでは??
【ハラスメント教育してもらってないから私の発言がそれに当たるなんて知らなかった、だから私は悪くない】
とも、とれかねないし、又そうだからこそ文章での謝罪になったのでしょうか?謝罪文の内容は公表されていませんし、生徒名も明かされていません。私が遺族なら直接本人の口から謝罪が聞きたいです。文章なんていくらでも書けますし、本人が書いたかどうかも不明です。今時AIがなんぼでもスラスラ作文してくれます。NHKだってAIにニュース読ませてますがな
どうして直接ご遺族に謝罪に行けないの?ご遺族がそれを望んでおられない?それとも劇団がそうさせない?加害生徒達にその気がない?
宝塚の今後の改革も公演数を減らすことや、稽古期間延長だの、そういったことではないはず。それは対策でしかありません。モラルは教育と遵守する為のしっかりした運営と体系、実行、監視が必要です。
風通しの良い会社、社会
が昨今の風潮です。ハラスメント防止は当たり前なんです。そうでしょ?誰もハラスメントを受けて良い人なんていません。誰もが風通しの良い社会で気持ちよく生きていく権利があります。
自分の鬱屈した物を感情にまかせ他人にぶつけてよいはずがありません。ハラスメントに当たるか否か、を常に念頭に置いて言動や行動をしなくてはいけないのです。これが社会のあるべき姿。
ハラスメント冤罪もあるので厚労省の定義はある一定のラインを示したものであり、あの定義に当たらなければハラスメントではない、とは思いません。なぜならば定義の解釈には個人の見解の相違があるからです。
「ハラスメントになるなんて知らなかった」
では責任逃れとも思えるのであの阪急幹部会見や合意書には違和感があります。が、後手後手に回っていた半年間の対応を考えればかなりの譲歩。全面的に遺族側へ寄り添った内容とは思います。
これから阪急や歌劇団画より良い方向へ一歩ずつ前進していくのであれば良いですが…
Xではお母様のコメントに対し「そこまで娘の苦悩に気づかなかったことを後悔しているならどうしてSOSを発した時に駆け付けなかったのか」と発言している人がいます。
それはあまりにも人としてどうか、と…
我が子を亡くした、逆縁の不幸を経験した親、それも事故でも悲しいのにジシを選んだ我が子を救えなかったと嘆く親に後ろ足で砂をかけるような発言です。私はこの発言が一番鬼畜だと思います。
誰が親御さんを責められるのですか?
そんな権利は誰にもありません!
彼女の事で関わった人たちの中で一番労わってあげなくてはならないのはご遺族です!あなたの推しの加害生徒とされる人たちでも、エロゲロハラスメント製作陣でも、阪急や歌劇団幹部でもありません!
ご冥福をお祈りします、と書いてご遺族を批判する人たち、どうしてそんな酷い事が言えるのですか?どんなに手を尽くしても家族の死には遺族は後悔しきりです。
あの時ああすればよかった、こうすればよかった
と、そんな思いでこの先一生悲しみを背負っていかねばならないのです。
あなたの推しを庇いたい、出来事に関わっているなんて信じたくない気持ちは十分過ぎるほどわかります。私とて長年の宝塚ファンです。推しもいました。
けれど推しへの気持ちが間違った相手を責めることになるのはあまりにも酷い。家族を亡くしたご遺族に自分に置き換えてくださいヨ。
それでも推しへの気持ちを優先しますか?
推しへの気持ちを無くすなとは言いません。ご遺族の気持ち、身になって欲しいだけです。