久しぶりに、隊員日記をのせます。

チャルチウィッテス最後の夜。
その時の想い。
今思い出しても泣いてしまいそうなくらい、感謝の気持ちでいっぱいで、そして寂しくて。
そんなことが今回は書いてあります。

また行きたいな・・・・


2007年7月20日。


こんにちは。みなさん、いかがお過ごしですか?
メキシコに来て、今日でちょうど1ヶ月が経ちました。

日本は、今、とても暑いんでしょうね。
今、私がいるサカテカス州のチャルチウィッテスという所は、昼間は暑いけれど、朝夕はちょっと冷えます。夏でも毛布を手放せません。明日移動するサカテカスという街は、ここよりも気温が低いらしい。
 
で、その次に行く任地であるベラクルスのマルティネス・デ・ラ・トレ市という所は、8月がもっとも暑くて40度くらい、とのこと。(実際には4~5月が1年で1番暑い)
この気温差・・・。

ま、そんな気候の話はおいておいて。


今夜が、ここ、チャルチウィッテス最後の夜となった。

昨日から、ホストファミリー宛のカード作成。そして今日完成した。一昨日、てんぷらを友達と作ったんだけど、その時に、レシピを書いてほしいって頼まれ、それも今日書き上げた。

そして、今朝、ホストマザーに、私の出会帳(今まで出会った人にメッセージを書いてもらっているノート)にメッセージを書いてもらった。
ノート一面にびっしり書いてあって、かなりびっくりした。

ホストマザーは、私の語学力に合わせて理解できるように書いてくれたって言っていた。
なんて優しい・・・。
さっそく、自分の部屋で読もうと思ったら、最初から、
「これを書く時期が来たことがさびしい・・・。」
って書いてあって、読めなくなってしまった。
なんか、泣いてしまいそうで。


そのあと、いろいろ雑務を済ませ、学校へ。
っていっても、朝ではなく、夕方。

友達はみんな、学校でカードを作成したり、勉強したり、ネットをしたりしていたから、そこへ行っただけ。

で、そこで明日でここ最後だね・・・って話になった。
明日、泣かないように頑張るっていう友達もいれば、別にそこまで・・・っていう子もいた。
まだまだこれから1年11か月メキシコにいるわけだから、またいつでも会える。だから。
でも、中には、そこまで仲良くないから、さびしくなんてないって。約3週間、お世話になったっていうのに・・・。
 
私は、明日、ここの家族と別れるのが本当にさびしい。

まだまだずっとここに住みたいし、絶対また会いに来たいと思っているくらい。

ホストブラザーは、初めて会ったいとこに、
「ミナコは、僕の姉のようなものだから、君のいとこのようなもんだよ。」
って紹介してくれた。

ホストシスターも、よく私の面倒を見てくれた。
どこかへ2人だけで出かけた(っていっても、前回書いたハルディンや親戚の家)時には、いつも私のことを気にかけてくれたり、と。
 
オーストラリアにいた時もそうだったけど、一番最初に住んだ所が、やはり、私の中では、その国での故郷のようなもので、そして、私の成長や変化を一番正確に評価してくれる所でもあると思う。
 
今は、あんまりしゃべれないけど、絶対に帰国直前にまたここへ来て、いっぱいいっぱいホストファミリーとおしゃべりしたい。

ホストマザーは、昨日の夜から、「あと1日だね。」ってすごくさびしそうにしている。
今日もずっと。
でも、泣けないって。
ご両親を亡くされてから、泣けなくなってしまった。
そんな話を今日してくれた。
それくらい、ホストマザーもさびしいのかな・・・って。
ホストマザーは、こうやって今まで15年間、たくさんの隊員を送り出した。

たった3週間ちょっとだけだったけど、本当に心温かく、いつも優しくしてくれて、感謝の気持ちでいっぱい。

イメージ 1

 
明日から、どんな家族と暮らすのか、そして学校はどんな所なのか、今、とても気になってます。
任地では、一人暮らしをすることになっているから、メキシコでは最後のホームステイです。
たくさん、メキシコの生活を教えてもらおうと思います。


 
話は変わって。
おととい、先輩隊員がここ、チャルチウィッテスに遊びに来られた。
その先輩には、語学研修前にちょっとお世話になり、顔見知り。
ここでは私のステイ先の親戚の家に住んでいたこともあって、一昨日、うちに遊びに来られた。

その日の夜、先輩は、ステイ先に1泊する、ということで、いとこがいっぱい集まっている所へ私も参加して、いろいろお話した。

その先輩は、私より1年ちょっと前に赴任した看護師隊員。
病院配属の私とは違って、診療所配属で、地域巡回をしている。
先輩も、ここへ来た当初は、全然しゃべれなかった。でも、ちょっとずつ、できるようになっていったし、1年たった頃には、それなりにしゃべれるようになった。でも、仕事ではまだまだ、と。
でも、私から見たらペラペラ。
焦らないことと楽しむことが1番。って。
 
同じ職種の先輩隊員と話をすると、なぜか気分が楽になる。


でも、その先輩隊員は、ちょっと大きな問題を抱えていた。
 
先輩はメキシコでも、治安があまりよくないオアハカ州という所で活動している。
オアハカ州は、外務省の危険情報が常に出ている地域。
その治安の悪さっていうのは、日本人が襲われる、スリ多発とか、っていうのではなくて、デモがあったり、暴動があったり、というもの。

今は、教職員が、給料アップを求めてデモをしていて、街中は治安が悪い。
去年も1歩も家から出られなかった日があった、と。
だから、2週間の休暇はもう終わるけど、任地に戻らず、首都の隊員連絡所待機になる可能性が高いそう。事件に巻き込まれるよりは首都で待機していた方が安全だけど、それだけ活動に支障が出てしまう。それが辛い・・・。
 
私が行くベラクルスは、幸い治安がいい。
でも、先輩隊員のような状況におかれている隊員は、世界中どこにでもいる。
治安が悪いパプアニューギニアは男性しか派遣されず、しかも今は選挙があって危険だから、同期はまだ日本で出発準備中。
コロンビアにいる友達のホームステイ先は、ガードマンが常にいて、そのガードマンが鍵の管理をしている。
アフリカの友達も、ガードマンがどうとかっていう話を訓練所でしていた。

しかし、協力隊のすごいところは、隊員を守るためなら、なんでもしてくれるっていうところ。
そのために、各自携帯電話を貸与されているし、その電話料金もほんの一部だけど、負担してくれる。
そして、携帯の電波が届かない所に赴任している隊員には、衛星無線だかっていうのを貸与していて、常に連絡がとれるようになっている。

さらに、住居は、必ずチェックする。
家の周辺が木に囲まれていたら、見通しよくなるように改善してもらうし、鍵も2つ以上あったり、窓は鉄柵つきだったり、と。

その国によって違うけれど、メキシコのようにホームステイが基本だったり、アパートの1室を借りきってそこで隊員が共同生活をしたり、あとは、一人暮らしでも、大家さんが同じ敷地に住んでいたり、ガードマンが必ずついていたりなどなど。
その国・地域の状況に合わせてかなり配慮がされている。
私は、一人暮らしをする予定だけど、大家さんが同じ敷地内に住んでいます。なので、ご安心を。
(メキシコに赴任当初は、今いるアパートに最初から住む予定でした。)

 
なんか、話がそれた上に、長くなってしまいました。
中途半端だけど、今日は、このへんで。