先日、運転免許証を更新して来た。
それを眺めながら、つくづく亡き父が云った言葉を思い出す。
「お父ちゃん、私ね運転免許とりに行くんやで…」
「免許なんか取らないで、乗せてもらう人間になれば良いだけや」
今から、40年位も前の事。
{「それ、何の意味?」}
等と絶対に聞き返さない。
自分で考える。

しかし、父は私のやろうとする事に何も反対はしなかった。
影で、協力はしてくれたと感じて感謝する事が多い。

幼い頃、通信簿を貰うと、まず「仏壇」、それから父に見せた。
3段階の時だった。二箇所に評価(2)があった。
黙ってそれを見た父は
「何で、この列に並ばせないのだ。外に出ているのは可笑しい」
そういい乍ら、返して来た。
オール(3)にせよと言う発破である。
次は、それに頑張ったら、やっぱり違うのが一つ出る事になった。
恐る恐る見せたら
「頑張ったんだね」
と、笑い乍ら一言。

主人が亡くなった時、私一人が蚊帳の外にあった。
父は、黙って佇んで様子を伺っている私を見つけて、「さっ」と背に回って両肩に力を入れた、
『いいか、これからは真っ直ぐ前だけを見て歩け。振り返っていたら、生きて行けないぞ』
と云った。
『可笑しいな?』
その時感じた、父の手の感触が異様にキツかったのを忘れない。
それから後の年月、子供を養い乍ら、苦しい時、悲しい時に、その言葉を思い出しながら、それをエネルギーにして生きて来た。

最後の免許証を眺め乍ら、天国の父に伝えたい。
「お父ちゃん、私の人生でドライーバーの横に座るのも、黒塗りに乗るのも、無理だったよ。自腹を切ってタクシーに乗るのが精一杯だよ」

ニュース等で、国会議員等が横付けされた車に乗るのを見乍ら…特にそう思う。