五大激突運に遭遇した…。

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明日は《理事会》なので、寝込む様な事があってはいけない…

そう思って、お医者さんへ行ったら点滴を打ってくれた。

 

家に帰ったら丁度、仏花が届いた。

この花が届けられる様になったから暫くは…死ねないな〜。

娘が可哀想だから…と思った。

その娘は、今三重県に行ってる。

この会場で何かをやっているらしい。津と言えば、現在でも偶然にも亡父の会社がある所。

以前は、四国高松で連続して泊まっていたホテルが、父の亡くなった時に泊まっていたホテル。

長年かけて探していたホテルが、その日に我が家で授業を受けていた女性の地元で、話をしたら簡単に教えてくれた。

そこへ娘から、写真入りメールが入り…。

『そのホテルの9階和室でお父さんが寝かされていたよ』

こんな感じで、どうも娘が動く範囲は亡父の生前の活動範囲に縁があるみたい。

見守ってくれているのだろうと思うと、とても安心に受け止められる。

 

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福島観光から戻って“春が来た!春が来た!”と喜んでいたけれど、どうも体調が今一。

それでも11日迄は、予約客と授業をどうにかこなしていたが、11日(水)の日

夕方4時前になって体調がドスンと落ちた。

目の前に坐っている生徒が

『急に凄く疲れた顔をしています。これで今日は終りにして下さい』

気をきかせて帰ってくれた。

 

それから、20時迄の間にトイレへ30回近く走った。

10分間隔もたないのである。

 

昨年大腸検査の時に呑まされた薬の症状と同じである。

 

この様子を帰宅してから隣りの部屋から感じていた孫は、

 

『マミー、何も食べない、呑まないのではいけないから、果物のゼリーなら食べられそう?』

「少しね、今は冷たい水が一番、OS-1も呑みたくない」

孫はその侭、外へ出て行った。
 

『Iiが何か?調べていたよ』娘が囁いた。誰も手の出し用が無い病人なのである。

起き上がるのに、膝が痛くて一汗かき乍らトイレへ走り、冷や水を呑んでは…同じ事の繰り返し。

 

【桃・びわ、リンゴ、葡萄のゼリー類・甘さけ?ポカリスエット。生リンゴ】等々。

『何が良い?』

びわならすこーし口に入りそう」

『じゃ、良かった。ついでにネ、ポカリも飲んでみて…何時もは嫌いでも今日は必要だからね』

 

びわのゼリーをどうにか半分食べた。

冷たくて美味しかった。

「美味しーい!」

『良かった。』

娘は片時も私の側から放れない。

ふーっと立って、フラフラする頭でキッチンの方へ行くと、孫は食べかけた夕飯の続きを食べている。

気が付くとゼリーを食べてから時間は30分は経過している。

止まった!

「ありがとうね、Ii。何か調べてくれたの?」

『ネットでね、症状を送ったら返事が来て買い物をして来たの。調子良くなった?』

「グーッ!です。」

 

私の様に酷い下痢が続く様な時は、ゼリーが適面なのだそうです

お医者さんにこの事を話したら《間違いありません》と言われた。

 

途中で気が付いた事に、体内の水分が抜けると言う事は、肌を眺めているとよく判る。

手の甲がシワシワになって行くのです。

太ももの肌もそうでした。薄汚く茶色に感じるのです。

そして、小豆色した斑点が散らばっているのです。

 

孫の説明では、体内の水分が不足すると、血が流れなくなり真っ黒くなり斑点になるのだそうです。

『それがね、脱水症状なの…

お医者さんの説明よりも解り易く丁寧に教えてくれた。

 

孫の機転に助けられたなー

 

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五大激突運の一つである水火の激突

月のミステリーが終わり、4月になって本格的な春が来た!と喜んでいたらこんな始末。

可笑しいな?と思ってカレンダーを見ると、五大激突運の中の第一等なのです。

の激突運なのです。

身体は勿論やられ、生死、交通事故注意、金銭面の事も出て来ます。法災等もでます。

悪いとばかリで無くてこう言う関係の事が起こりますよと言う事である。

不思議な事で、人の考える事は自然とそのようになっているのだとつくづく思いました。

 

先月月掛けが終り、それに少し足して自宅ローンの一括返済を考えてその手続中です。

大きなお金が動く時は、こう云う時なのです。

そしてその身分にあった額で、損失にも遭いやすいのです。それは、10万か100万か1億かはその立ち場によります。

10万で苦しむ人もいれば、1千万で苦しむ人もいるのですから…それは決められない額ですが、

それだけ激しいお金の出入りがあると言う事です。

それを敢えてやって居ると言う事なのです。

(気が付くとそう云う関係に人が動いて行くのです。特にエネルギーの高い人は自分でその様に選ぶ感じです)

 

どうにか、体調も元通りになりました。

お昼は、カレイの煮つけとカボチャの煮物と白粥ですませました。

体調が整ったら…法律に関係する事にも手掛けようとしています。

大きな仕事に手をつけると言う事は、体力の消耗が半端でないと感じます。

お金でもそうです。

人間、大金を動かす時はとてもでないけれど、多少の精神的動揺があるのが普通です。

 

4月さえ、無事にすめば5月は安泰です。

 

でも、この激突運は人に言うに云えない精神の葛藤と云う症状もあるのです。

人間が一生を通じて、幾多の艱難辛苦を乗り越えて居ると言う事は、素晴らしい気力だと思います。

 

92歳の居住者の方が私に呟いて来ました。

『この頃生きるって事、つくづく大変だと毎日思うよ。どうしたらいい…』

{実は…私も日々生きる為に大変な目をしています。私もどうしましよう}

とは、返事は出来なかった。

 

この方は、台湾の方で日本で会社を興し悠々自適で生き抜いて来たのですが、年齢を重ねるとお金では無いのです。

 

 
 

今、届きました。

お供え用の花です。

先日、帰宅した娘が、

『お母さん、今の時代はね生き抜くには、兎に角コラボをして何かを生み出してやって行かないと駄目みたいね!』

「どう言う事?」

 

『今日、仕事関係の人の中に日比谷花壇の人が居たのよ。そこの会社も朝日新聞とコラボして、

2週間に1度仏様の花届ける様にするのだって。内は金曜日に届くからね。気をつけておいてね』

「あら!アンタ予約したの?」

『いらなかった…』

 

「ありがとう、あの世からお父さんきっと喜んでくれるよ。」

 

そう云う商売が一つ生まれたのですって…。

だから、お昼の時間に配達されたのである。なる程…。

 

19時〜宴が始まりました。

奥州古殿流鏑馬太鼓やぶさめ)とは、疾走する馬上から的に鏑矢(かぶらや)を射る、

日本の伝統的な騎射の技術・稽古・儀式のことを言うその時に叩く太鼓。

 

 

二日目の朝が来ました。

夕べは同室の人達と12時過ぎ迄おしゃべりをして楽しかった。

おしゃべりと言っても、日常の生活に密着した話です。

「皆、仏様を飾っているよね。前日、仏壇にお供えしたお水やお茶はどうして居ますか?」

『キッチンに捨てて、毎朝、新しいのと替えているけど…。それ駄目なの?呑むの…』

「駄目な事じゃないよ。ただ無駄に捨てるのでなくて、マンション住まいの人だったら、ベランダから【無縁仏】に差し上げるのよ…。

一軒家の人は、植木鉢に小分けして“無縁さん、無縁さん呑んで行きなさい”と言い乍ら、まくのがいいのよ」

私は東京へ来て縁会って知り合った人に、御嶽山の先達の方がいた、

その人に、教わった作法である。

色んな話を、その人の悩みにあった例題を交えて伝えた…そう云う話をしていたら、12時を回っていたのである。

 

頭が冴えてしまって眠られず、5時にお風呂に入りました。でも爽快です。

『夕べは色んな事教えていただいて有り難うございました。とても楽しい夜でした』

同室の方3人にお礼を云われた〜。

特別な話でもないのだけれど…お金があっても人間の力ではどうにも成らない事があると言う事の話し…。

喜んで貰えて幸いです。

 

  

立派なホテルでした。

 

8:50分頃出   《磐越道》                       

ホテル===小野IC====いわき湯本====かねまん(かまぼこ試食)

  

此処からは時々海岸線が見え隠れします。

災害から逃れる為に、防波堤が高く積み上げられて建設されています。

 

海のみえない復興でいいの

岩手県から宮城県、福島県まで総事業費約1兆円、計約600カ所、総延長400キロメートルの防潮堤が建設される。

400キロメートルと言えば直線距離にして東京―大阪間に匹敵する。そこに最大高さ15.5メートルの防潮堤を築く計画。

自然災害の怖さを、車窓から実感しました。

  

 

====いわき・ら・ら・ミュウ(お買い物)====

「ら・ら」はキラキラと輝くのイメージ、「ミュウ」はいわき市の鳥であるかもめの愛称。

福島県いわき市:新鮮な魚介類市場や、レストラン、お土産コーナーなどがいっぱいのいわきを代表する総合施設です。

 

右:遠方にある建物は、

アクアマリンふくしま(小名浜に所在する水族館)湊からは、遊覧船も出ているそうです。

 

12:20 13:30〜

======スパリゾートハワイアンズ(昼食場所)到着です。

 

常磐ハワイアンセンター

炭鉱閉山後の事業として1950年代後半、炭鉱の斜陽化により炭鉱事業の収益は悪化しており、

新たな事業への展開を余儀なくされた常磐炭鉱(後の常磐興産)では、

当時『日本人が行ってみたい外国ナンバー1』だった「ハワイ」に着目したのです。

炭砿で厄介物扱いされていた地下から湧き出る豊富な温泉を利用して室内を暖め、

「夢の島ハワイ」をイメージしたリゾート施設「常磐ハワイアンセンター」の建設を計画し、

1964年に運営子会社として常磐湯本温泉観光株式会社を設立。1966年にオープンとなった。

需要が石炭から石油のエネルギーに変わった事によって炭坑が廃れてしまった。

【福島の炭坑が閉山なって、我が故郷三重県南郡の石原産業に多くの人が入山して来たのだった。

その頃から、福島県の人達のバイタリティーある生き方が私には深く印象に残っている。今回納得した。】

 

45分間の“ハワイアンズ・ポリネシアンショー

綺麗な女の子達の競演は時間を忘れて楽しむ事が出来た。

可愛かった!!

 

  

綺麗なものを見ると言う事は、気持ちも華やかになります。 このバスは、無料送迎バス「ハワイアンズエクスプレス」

満足でした。                      東京や横浜からも運行しているそうです。

 

====いわき湯本IC====中郷SA(休憩)===

 

常磐道・首都高

====守谷SA(休憩)====支店前着(18:20〜18:50)

 

楽しい、春の観光旅行でした。

 

は、二泊三日です。