調べたい事が出てきて、【メモ張】を手探りしていたら、忘れていた事が出て来た。
母の死は(81才)で父は89歳。父と母は同じ歳生まれ。
姉は父と同じ年の4月(2004年)で65歳と言う若い死だった。
それに弟迄もが68歳で亡くなっていた。家族を思い起こす「1ページ」だった。
今更、姉・弟の死の歳を悔やんでも仕方がないが、今の私の年齢よりも20年も早く、この世から去っている。
こんなに「若くして亡くなったとは、残念で堪らない。そして無理な事だけれど、皆に逢いたくてしょうがない!」
3年程前に文芸社から「出版」した【鬼っ子】は、今の私にとって、家族を凌ぐのに「癒し」の役割をしてくれている。
忘れない内に「家族との思い出を記した事は良かったたなー」と今更ながらおもう。
自分が「鬼っ子」だったという事を納得できたのは、モノに対する考え方に差があり過ぎた様な事に気がついたから…。
時として、本文から離れて「占い」と言う観点から、日常と重ねあわせて説明してみると、
・男と女=男性(+)で女性(-)であり、強弱で言うと何かと「男性の方が強く、女性が柔らかく」感じるのは当然だと思う
眼で感じる事が出来なくとも‥。
「男性の方が、強く感ずる」という事は、現象が強く現れるという事です。
・兄弟(姉妹)を考えてみると、兄弟の場合は、何かと二人の間で(差)を感じさせられます。
兄貴という貫禄が生まれながら身についているように感じる事がありますが、男の子が二人、三人いる家族間で様子を伺っていると、見えない処(空気間)での「競い合い」があるのです。
・例えば、3人の男の子がいると、その内「親類」の【跡取り】として、養子にもらわれる場合も往々にしてあり、外に出たその子供はそれを境に(難逃れ)になるのです。
・本人の淋しさや気持ちの不足は別です。一人っ子で誕生した感じで生活をして過ごせるのです。(それは養子に行った!という事で、競い合いが消えるからです)。
・家に残る二人の男子には、自然と二人の間でみえない「争」が生まれてくるのです。
それこそ、神のみが知ると言うことです。
それは生き死に関わる事も出ますし、実際に世の中での力の強弱(運&不運)にはっきりと差が分かる事もあります。
・例えば、子供の頃、兄は「お勉強もできるし、体育系でも頑張っています」。
弟の事は「駄目な子なのです」という家族間評価になりそのまま納得しつつ、成長する兄弟もありますが、成績が良い兄を褒め
て弟をけなす親にも出逢います。
その後成長して年頃になり世に出た時、弟の方が「世間」との空気にすぐ馴染めて、兄よりもすんなり成功した弟も居ますので
その時々の環境を観察しながら、親ならば時の(弱者)になっている方に気持をむけて、言葉をかけてあげるのが大切な事だと思わされます。
子供時代は、何事もなく仲良くしていても、大人になるにしたがって見えない所に【差】というものが生まれる。
そして見えない力が時として「現実に左右されて、驚かされる場合」もおきるのです。
誰からみても何事もなく元気で居る又、育って居る人であっても『急死』」と言う事も起こり得るのです。
男性同士というのは、本当に誕生した時から、見え無い状態ですが『陰と陽』になっているのですね。
争い(競いあう)という事が付いているのですね。弱者が救われるというか、そう言う感じで実際に難事が起こります。
その点「女性」の方は、相手の旦那さんの「力」で自然と納得します。
・男の子が二人いる家族を参考にして、観て下さい。必ずなんらかの「差」があるのです。
それだけ、男性と言うのは、目に見えない「上下パワー」が潜んでいるのです。
とくに男子二人と言うのは、シーソーゲームというような事に遭遇して生きて行く人生なのです。成長しながら(差)というも
のが出てくるのです。
・「鬼っ子」という子供は、男女問わず「家庭の中ではどういう存在であるか?」と言うと、両親がいて、3人以上の子供が生存し
ているという事が条件です。
・その子供の中に一人だけ?「変わっている子」が【鬼っ子】となります。
何が「変わっているかと言うと、【宿命(年・月・日)】に持つ干支が、家族の中で一人だけ誰とも同じ物を持ち合わせていない
のです。
その子が「鬼っ子」と呼ばれ【鬼っ子対家族】のシーソーとなり、例えば、その子が大病を患わうようになり「運気が下がった
時」は、【家族が元気で楽しく生活している】状態という事になるのです。
・我が家の場合は実にはっきりしていた。
私は21才で結婚して子供が産まれ、平凡な日々を、10年過ごす事ができました。
・わたしの結婚と同じころ、会社員の父が早期退職して「念願の商売」の路に進みました。
その商売が徐々に伸びて繁昌し始めた時に、夫が「心不全」で急死してしまい、私は父母を苦しめる事になりました。
・しかし、父母のお店の「商売繁昌」は、長年続いていて私達も何の不安も感じずに羽の下でいたようなものです。
それが「夫の死後10年後に、私は子供達と『東京』へ生きる目的を抱いてしまったのです。当てがあるようでしっかりした約束も無く故郷を出て来ました。
父は「腰が抜けるくらいの驚きようでした」
・説明無しで【4月になったら、東京へ行きます』とお正月に郷里に帰った時伝えただけです。
・主人が亡くなってから、徐々に心の扉を閉めました。
両親には酷い事だと思いましたが、心を鬼にしないと「何も出来ない!」と思ったからです。
それからは「必ず何かを探し、それを目的として生き抜く」。
・それが、子どもの頃から『空想の世界での占いを学びたい』でした。
東京にきて3年目の春。息子の学校の父兄の紹介で、そのチャンスに出会ったのです。
・東京で生活している時に、父母から
「皆んなで話あったのだけれどね、帰って来て、お父さんとお母さんと一緒に暮らしてもらえないかね。店も、家もお金も財産
全部アンタにあげる。あの子達(長男)は勿論、お姉ちゃんも大賛成なのです。帰って来てよ。一緒に暮らしてよ!」
電話の向こうで【私を心配する余り、愛眼の母の声】に泣かされたが‥。
・しかし、私は「何にもいらない。東京から離れたく無い!帰らない‥から、ごめんね!。私にも2人の子共がいるからね。わか
ってほしい。絶対私は何も欲しがらないから、大丈夫です」
・東京に来て15年後、母が亡くなり、その後、父と姉が、その10年後弟が亡くなりました。
とても残念なことは、家族に私が頑張って「東京での生活が充実している姿」を見てもらえなかった事です。
私が、62才の秋(2004年)に目黒にマンションを購入しましたが、母はその9年前、父は2004年の1月、4月に姉が亡くなったのです。安心させて上げられ無かったのがとても残念に思いますが、これが「鬼っ子」対「家族」の運命的な争なのです。
・鬼っ子の私が「世間的に頭を出し始めた」ので、家族にしわ寄せが始まったのです。
:実は、同じ日に誕生した場合は皆んな同じ人生を進むかと言えばそうではありません。
近所で、私と同じ日に男の子一人、と女の子2人が誕生しています。
この日は【地蔵盆】の日とも言われていて、この日生まれは【短命】とか【病弱】という事が言い伝えられているという事だ
った。その通り、私は病弱でこの歳まで生きて来ました。祖父は、こういう事をよく知っていた。
・男の子は、小学校に入る前に亡くなり、もう一人の女性は、41歳の時、乳癌で亡くなりました。
いずれにしても【短命】です。
これが宿命なのですが、私は「宿命」に反すること無く家庭環境の中で育ってきました。
それが「良かった!」のだと思います。
・宿命を紐解くと、男性と女性は運期の回りが反対になる。
(10年毎に巡る運期が、右回りと左回りとに分かれる)。
そこに、運勢の差がでてくるのです。男の子をみると、5歳でエネルギーが最低の時に力つきている。
・女友達は、兄・姉・弟がいるのに、結婚して家督を継いだ。
私達は、家督を継ぐという宿命では有りませんが、優しいから両親が養子を勝手に向かい入れたのだった。
・ある時、彼女と20年振りに出会った。
私はすでに東京で生活を始めていたが、ウダツの上がらない日々を過ごしていて、親の顔を見たくて帰った時だった。
フラフラと歩いていたのであろう〜そういう時に、車が横に止まった。
・「わあ〜っ!」歓喜をあげた。41歳になっていた。
突然、「私ね、乳癌なの‥」。
突拍子も無い言い方をするのは同じだと思いながら、自分の身を考えて「身慄い」した。
それからまも無く「母から訃報が届いた!」
・その後、40年余り私は生きながらえている。
そういう事等も「運命的に影響すると思います」。「宿命」に沿って生活させて貰えば良かったのです。
・宿命の中身を見て「タブー」な事は、さけるのが理に叶った生き方だと思いますが、
そうともいかないのが「運命」なのでしょうね。
・長生きさせて頂きました「ありがとうございます」
神様にご先祖様に御礼を申します。
・拙い文章ですが、皆様これからも、時々‥?お付き合いくださいませ!
2026、9、21 。
