第71話
「あら? おはよう」
「正くん、何でここにいるの?」
「おはよう。恵ちゃん」
「人事部のチャーターした観光バスが、大学正門に9時頃来てくれるんだ」
「今日日光に行く研究職の内々定者は20人ちょっとだし、地方大学の人は前泊でホテル集合、それ以外は各大学に直接迎えに来てくれる」
「なるほどね」
「でも、ここ9時出発で、他の大学も廻ると日光での昼食に遅くならない?」
「僕が最後に拾われるらしい」
「じゃあ、日光でのお昼は間に合うね」
「うん」
「フフッ。そのTシャツで行くの?」
恵ちゃんが微笑む。
僕は<計画通り>の道路標識のプレートのTシャツにジーンズ、薄いジャケット。かなりラフな格好。
「私、見送りしてあげようか?」
「よしてよ。バスで変に盛り上がると困るから」
「大丈夫よ」
正門前にバスが来る。
「じゃあね、恵ちゃん」
結局恵ちゃんがついて来た。バスに乗ると、ひゅう~ひゅう~、皆んなが僕をからかう。
「彼女さん見送りの佐藤くんです!」
ツアーガイドさんがマイクで微笑んで僕を紹介する。
「ワ~ッ!」
バス内が盛り上がる。大学生のノリだ。
「着ているTシャツは、家族計画通りの佐藤くんですよ!」
「お~っ!」
家族は余計だ……。バスの中から皆んなは恵ちゃんへ、ちぎれんばかりに手を振る。
「さて、皆んな揃いました」
人事部の近藤さんが陣頭指揮をとる。
「皆んな、日光に行きたいか~!」
「お~う!」
「余興がたくさんあるけど、大丈夫か~!」
「お~う!」
皆んなのテンションが恐ろしいほど高い。
「じゃあ、22名、早速自己紹介、ではなくて、他己紹介から始めましょう!」
「お~う!」
僕のバスの隣は名古屋から来た菅公平くん。スキンヘッド。一目でわかる。宴会好きのノリのいいタイプだろう。
「さて。では10分間でお隣同士、その人の情報を聞いてまとめて、そのあと他己紹介しましょう」
「ルールはありませんが、政治、宗教を絡めた紹介は絶対NG、軽蔑、差別、マイナスイメージな単語も陰湿なものは基本的にNGです」
「他己紹介はひとり2分程度で簡潔に」
「いいですね」
「は~い」
他己紹介は結局名前の由来が多いものになってしまう。
「じゃあ、次、佐藤正くん。菅公平くんの紹介ね」
僕はメモを見て話す。
「はい。菅くんの研究は、シンプルに言うと水や海水、油などの処理膜の研究です。この膜やその膜、プライベートでは、あの膜まで研究しているらしいです」
「いやらしいぞ~」
笑いのヤジ、どよめきがバスを包みこむ。
「名前の公平は読んで字のごとく。判断・行動に当たり、いずれにもかたよらず、えこひいきしないこと、などです」
「あだ名は……、言っていいのかな……。ハゲです」
バスの皆んなは菅くんを見て、プッと笑いが起こる。
「本人曰く、ふさふさの髪の人を見ると、公平の名前と違い不公平だ、と言います」
どっと笑いが起こる。
「さて、次は俺が佐藤正くんの他己紹介をします」
なぜか、ワ~ッと盛り上がる。恵ちゃんの見送りのせい?
「名の正は、善悪を見分けることのできる冷静な判断力を持った人に。本物を見る目を養ってほしいという気持ちを込めてつけられたそうです」
「研究は、バラ属の化学分類。彼女がいると言うことは、あの薔薇ではなく、その薔薇の方のようです」
ここでも笑いを取る。
「サークルはオーケストラで、ホルンを担当しています」
「お~っ、すご~! ホルン、難しいじゃん」
皆んなが唸る。
「佐藤くんの別名は、瀬戸際の魔術師。無理そうに思われても、物事を何でもギリギリで辻つまを合わせることができるそうです」
「家族計画もTシャツにある通り、基礎体温を測りながら計画通りヤッているそうです。危険日は、瀬戸際で寸止めしているようです。以上」
僕はそんなことは言っていない。全く……。
笑いと拍手とともに、僕らの互いの他己紹介を終える。
ーーーーー
「さて、皆さん。他己紹介は終わりました」
「次は、少し頭を使うゲームです」
「題して、皆んなで俳句~!」
皆んな、メガホンやカスタネット、タンバリンで鳴り物を叩き盛り上げる。
「はじめに、俳句の5、7、5のうちの最初の5、真ん中の7、最後の5を各々バラバラに思いのまま書き入れ、この三つの箱にそれぞれ入れます」
「さあ、始めましょう!」
皆んな、書き入れた上の5と7と下の5の句をそれぞれの箱に入れる。
「さあ、出来ましたか?」
「それでは、混ぜ混ぜします」
「ここから、二人作業になります」
「各箱から、一つづつメモを取り出してください」
「そして、隣の人と、引いた5、7、5の句を連ねて見てください」
笑いが漏れる組みがあれば、つまらなそうな顔をしている組みもある。
「さて、ここからが皆様の素晴らしい頭脳をフルに回転していただくところです」
「この三つのパネルを見てください」
プッと笑いが漏れる。
「○んち。○んぽ。○んこ」
「さて、この○に入る言葉を想像してください。放送禁止用語は除きます」
「皆んなの手元に出来た、5、7、5の句を、この三つのどれかに関連づけて、面白句を読んでください。字数は、厳密に5、7、5にとらわれなくても構いません」
「言葉は、引いたそのものではなくて、面白おかしく自由に変えても構いません」
「イマジネーションを受ける言葉、として捉えてください」
「さあ。開始!」
「出来た組みから発表してください」
バスの中がガヤガヤし始める。
「はいっ!」
「おっ? 早いですね。ではどうぞ」
「ガイコツから帰って来て、じいさんボケ? にんち」
どっと笑いが起き上がる。
「元の文は、外国から、と時差ボケに、が入っていました」
「そう、面白いですね。皆さんもこのように詠んでみてください」
「はい!」
「どうぞ」
「食糧難。今食べたもの、猫分じゃった。みんち」
これも笑いが起き上がる。
「猫踏んじゃったを猫分だったにしたんですね。しかもオチは肉のみんち。いいですね」
「はい! はい!」
次々と手が上がる。
「はい、女の子の組み」
「自己バスト。やっと2センチ、更新した。女ん子。これは○んことちょっと違うかな?」
「いいよ、いいよ! 全然いい。元は自己ベストね」
盛り上がる。タンバリンが鳴り渡る。
「まさか君が、主婦的ミスを犯すなんて。あんこ」
これも皆んな大笑い。初歩的ミスを主婦的ミスに。
「あんこ作りに塩と砂糖の塩梅を間違えたのでしょうか」
さて、僕と菅くんも発表。
「コンビニで、もみあげかって来るよ。さんぽ」
おみやげをもじった。もみあげの無いスキンヘッドの菅くんの言葉の重みもあり大受けした。
「これが最後とおみくじを引く。三度目の小吉。さんこ。3個目のおみくじです」
3度目の正直をもじる。
「休みだからって、床でフンみたいにコロコロしないで。うんこ」
「それは禁止用語ですよ!」
近藤さんが笑って注意すると皆んなで爆笑。
次々と出てくる。さすが皆んな研究職の卵。頭のキレがいい。
「さあ、この辺にしましょうか。色々おもしろい句が出来ましたね」
「次は、私は誰でしょう? ゲームです」
「15分間ほど休みを取りましょう」
人事部の近藤さんやアシスタントが、ジュースとおやつを配る。もう、バスの中は皆んな和気藹々。
ーーーーー
「さて、そろそろ、私は誰でしょう? ゲーム。初めていいかな?」
近藤さんは皆んなにマイクを向ける。
「いいとも!」
「すみません。ひと昔の受け答えで」
「さあ、始めます」
「この箱にあるカードを一枚選んで、頭の所につけます。その人は見てはいけませんよ。自分の頭にどんな人物が描かれているのかを、質問をしながら当てるというゲームです」
「やりたい人」
「はい! はい! はい!」
菅くんが手を上げて猛烈にアピール。どこからともなく、手拍子に菅コール。
「す~が! す~が!」
菅くんが運転席の方、前に出る。
「では、カードを一枚選んで下さい。見ちゃダメですよ」
菅くんが一枚カードを取り出し、近藤さんに手渡す。
「さて、どうしましょう、スキンヘッド。帽子をかぶって頭につけますか……」
「いや。セロハンテープでいいです」
「直接貼ってください」
皆んなから大爆笑を誘う。
近藤さんが、言われた通りに菅くんのひたいにカードの左右をテープで貼る。この姿だけでも、皆んな抱腹絶倒。
「では始めます」
「菅くんは、皆んなに質問を10個まですることができます」
「見ている人が、はい、そうです。あるいは、いいえ、違います。というように答えられる質問をしなくてはいけません」
「なお、苦しい時だけ、私がヒントを1つだけ出します」
菅くんの頭には、誰かさんの似顔絵。
「さて、開始です」
「私は男ですね?」
菅くんが皆んなに問う。
「はい、そうです!」
皆んなで声を合わせて答える。
「私はテレビに出ることがありますね?」
「はい、そうです!」
「私は芸能人ですね?」
「いいえ、違います!」
菅くんは少し考える。
「私はアナウンサーですね」
「いいえ、違います!」
すいません。近藤さん、ヒントを下さい。
「はい、分かりました。私が菅くんの代わりに皆んなに質問します」
「私は政治家ですね?」
「はい、そうです!」
菅くんはニヤリとする。何とかマトを絞ったようだ。
「私は日本の首相ですね」
「いいえ、違います!」
予想と違い、菅くんが少し困惑する。
「私は内閣の大臣ですね」
「はい、そうです!」
「誰だろう……」
近藤さんが、口元をへの字に曲げてさらに大ヒントを送る。菅くんはニヤリ。もう、余裕の顔。
「私は麻生太郎ですね」
「はい、そうです!」
皆んな、割れんばかりの拍手を菅くんに送る。
菅くんは、唇を少し横にし、への字に曲げる。ついでに似顔絵を張っていたテープが片方剥がれる。皆んなこれには抱腹絶倒。大拍手。
「さて、日光が近づいてきました。ここからはマイクをツアーガイドさんに渡します」
「はい、今日は皆さん、皆さんの楽しいお話、ゲーム最高でした!」
「わいか~!」
誰かがツアーガイドさんの可愛い容姿を業界用語で叫ぶ。有村架純似で、確かに可愛い。
「このあと昼食をとり、日光東照宮、二荒山神社、日光植物園、そして華厳の滝へとご案内して参ります」
「まずは日光のいわれと歴史から……」
ガイドさんの一般的なガイドが始まる。僕は二日目。昨日の今日。少しうたた寝をする。
「佐藤くん、佐藤くん」
菅くんが僕の肩をたたく。
「はいっ!」
「少しお眠りのようでしたね」
ガイドさんの優しい声。
「日光植物園内は、佐藤くんにガイドをお願いしてあります!」
うお~っ! と皆んなからの期待の声と拍手。
僕は挨拶に立ち、無言で胸の<計画通り>のTシャツを指差す。皆んな大笑い。
ーーーーー
「美味しいね!」
「うん。ここのお店の料理は何を食べても美味しい! 最高!」
皆んな、この店の美味に驚く。僕も頷く。ここの味は格別だ。プーアル茶もとても美味しい。横浜中華街の名店並みの美味だと思う。こんな中華料理屋が日光にあるなんて。
「春巻きパリッパリ、熱々」
「おい、ここの大きい餃子、宇都宮餃子より全然美味しいぞ」
「このエビチリソース。どうしたらこんなに美味しい味できる?」
「フカヒレスープも最高だぞ!」
皆んな笑顔で中華を楽しむ。これからの日光観光のエネルギーも蓄えられる。
デザートの杏仁豆腐は良質の水で作られているのがわかるような、繊細で爽やかな味。とても美味しい。
明日また、隆とこずえちゃんたちと来るお店。ここはいい店。もう、今、明日のメニューを決めたいほど。こずえちゃんお気に入りのニラ饅頭も期待できる。恵ちゃんにも食べさせたい。
いや、下手に口を出すと、また研究室のメンバーと日光へ来ることに……。
「はい。皆さん、ランチは美味しかったですか~」
ガイドさんが僕たちに声をかける。
「は~い。すっごく美味しかったで~す!」
皆んなで口を合わせる。
「これから、日光東照宮、二荒山神社へと向かいま~す」
陽明門。昨日の今日だが、何度見ても素晴らしい。日光を見ぬうちは結構と言うな。この言葉がよくよく理解できる。ガイドさんの案内も素晴らしい。やはり日光通のプロは違う。
「さて、二荒山神社です。縁結び、恋愛運アップのご利益もありますよ」
「二荒山神社には縁結びのご神木がたくさんあります」
「まず有名なのがこの夫婦杉ですね」
夫婦杉。
「夫婦杉の根っこは一つになっているのですが、このように二本の大きな杉の木が天に向かってはえています」
「本当に、円満な夫婦のようです」
そばにあるみくじ結び。右の下から二段目の右端。昨日恵ちゃんとおみくじを結んだ。何だか心が嬉しい。
「本社正面の大鳥居をくぐり、神門手前の右側にある杉の大木は、楢(なら)が宿木となっています」
「杉と楢の宿木は大変珍しく、杉楢一緒に、好きなら一緒に、ということで、有名な縁結びの木として知られるようになりました」
そうなんだ。昨日の僕たちには分からなかった。
「次に、ここにある朋友神社ですが、この神社のご利益は、男女の縁に限りません」
「二荒山神社には、人生を変える、ものごとを生み出す大きなパワーがあります」
「朋友神社は、そのためのパートナー、朋友、との縁結びに御利益があリます」
「少名彦名命は大己貴命のお供で、警護にあたったり、相談に乗ったりした神様です」
「2人の神様は、朋友、だったのかもしれませんね」
菅くんの優しい目と目が合う。
「さて、皆さんバスに乗りましたか~」
「は~い」
「次に日光植物園に参ります」
「日光植物園は東京大学大学院理学系研究科の附属施設で、 東京都文京区にある日本で最も古い小石川植物園の分園となります」
「園内のガイドは、佐藤くんにお願いしま~す」
「わ~っ!」
皆んなから歓声が湧き上がる。菅くんは僕の頭でキラキラ手をする。
ーーーーー
「さて、まずは、この駐車場付近に咲いている花から説明します」
昨日の今日。咲いてる花が変わっている訳はない。
「あの白い花はウツギでアジサイ科です。八重になったヤエウツギも園内で咲いています」
「あと、ここでウツギ科にはガクウツギ、イワガラミがあります。イワガラミは落葉性のつる性草本です」
「お~い。佐藤くん。なんでアジサイ属の木。ウツギという名前なの?」
「ウツギと言うのは空木といい、茎あるいは枝が中空の樹を一般に○○ウツギと呼びます」
「花言葉は、秘密。その空洞に秘密を込めている、と言うような意味合いです」
「なるほどね~」
「単にウツギと呼ばれる樹の花は、別名ウノハナとも言います。夏は来ぬにも唄われています」
「卯~の花の匂う垣根に、」
ツアーガイドさんが歌い始め、皆んなが手拍子してつられるように歌い始める。
「ホ~トトギス早も来鳴きて、忍び音もらす、夏~は来ぬ~」
植物園散策のスタートが、優しい初夏の空気に包まれる。