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マロンを求めて*

神秘の日本を探る旅日記

慈雲寺(じうんじ)山門

承応3年(1654年)に

晃海僧正(こうかいそうじょう)が創建したもの

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苔生した緑の中を進む

勢いのある清流の音が心地よい
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音に引き寄せられて脇を覗き込むと

美しい青緑の水が目に飛び込んでくる
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男体山から噴出した溶岩で出来た巨岩と

鮮やかなエメラルドグリーンの水の対比が

陽光に照らしだされる
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更に奥地へ進むと石塔が聳え立ち
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きれいな弧を描く赤と緑のコントラスト

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仏教用語の「抜苦与楽(ばっくよらく)」の

「抜苦」がつまり「化」となったという説の

『化け地蔵』



ひときわ小石が積まれた

ひとつの石仏は人の姿より

犬か、狐か

何とも言えぬ愛らしさに心和む
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『憾満ガ淵(かんまんがぶち)』

不動明王の真言(しんごん=咒文じゅもん)の

最後の句の「憾満」より名づけられたと言われる

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大谷川(だいやがわ)は男体山より

清らかで豊富な水が流れ、あたかも

日光の町の青竜(生命の源)の様





空も美しい

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『竜頭観世音』
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龍の上に乗った観音菩薩様(ぴんぼけ)
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『竜頭の瀧』
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その上流
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美しく彩られた空を見上げる
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朝10時なのに日差しは十分

日向では汗が流れ

日陰は涼やかだった
二社一寺巡り
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朝の陽光を浴びる『神厩舎』

猿が馬を守るとされ人の一生を描いた『三猿の彫刻』


『陽明門』の目を見張るような細工
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生き生きとした狛犬かしら・・・
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白の細工を施した壁に真鍮の黄金色が映える
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奥社に鎮座する

『関東最古の石造参道狛犬』

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阿は松平右門大夫正綱
吽は秋本但馬守泰朝の奉納

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日光東照宮は人もいっぱい

建物の装飾もいっぱい

胸がいっぱいになり・・・退散frown



次は『二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)』

観音菩薩が住むとされる補陀洛山(ふだらくさん)

サンスクリット語(梵語)の「ポタラカ」の意

空海が『二荒』を『にこう』と読み『日光』となったと言われている。


山岳信仰の男体山が仏教と結びつきインドの

『ポタラカ』が遠く日光の山にその名を付けたなんて

マロンですなかお

しかも勝道上人は700年代のお方・・・

今日のNHKの世界遺産の旅のジャワ島の神秘も

共通するものがあった。

もともと聖なる山の『ムラピ山』を信仰していた中

仏教が入り、共存し、そしてまたイスラーム教が

入り共存し人々の心には『グヌンガン』

生命のシンボルひかりそれが山
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魅力的な境内の木
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二荒霊泉
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大国殿
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日光に続き

期待していた二荒山神社も

何か空しさが去来した

本来の信仰ではなく

観光に走っているように感じた・・・

でも、熱心だからこそ今もなお

多くの人々がここを訪れ

素晴らしい伝統技術が絶やされること無く

修復され未来に残るのか・・・




青い空へ志高く聳え立つのは
『輪王寺』の、相輪塔
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天海大僧正が比叡山の相輪塔にならって造立し

塔内に1000部の経典を収蔵
4本の副柱に支えられた塔身には24個の金鈴と

金瓔珞[ようらく]の装飾が施され
この鈴風にあたると、人間はもちろん

鳥獣草木に至るまで仏の功徳を受けられるといわれる














早朝6時に集合し

地元のボランティアガイドの方と

日光の散策に出た歩く



途中、国道沿いを歩いていると

見落としそうな神社に到着
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『青龍神社』

日光で一番古い狛犬がいる



更に中禅寺湖方面に120号を歩き続けると

『犬牽地蔵尊』がみえる。

その横は釈迦堂、八幡神社
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昔は日本各地から選りすぐりの大工などの

職人が住み大工町として栄えていたと言う

その名残は見て取れる
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早くから上水道も発達していた。

これが石造りの簡易水道
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大工町を下っていくと眼下に

杜が見えてくる
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村社の『磐裂神社(いわさくじんじゃ)』

昔は『星の宮』と呼ばれていたが

今は磐裂神社と改め

磐裂神(イワサクノカミ)と根裂神(ネサクノカミ)を祀っている
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本社の裏に並ぶ面々
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何とも愛らしいお姿かお


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見かけたことがあるような人・・・にんまり


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本社は全てコンクリートで埋め尽くされ封印されており

この愛らしい面々も良く見ると

首の位置がおかしい・・・


明治時代の廃仏毀釈の際、村民は力を合わせて

この神社に祭られていた虚空蔵菩薩をコンクリートの

本社の中に閉じ込めることで破壊から

守ったという。

そして裏にひっそりとその様子を見守る彼らの

首も刎ねられた後、修復されたのだ


いつも旅して思う

明治という時代は確かに大きな変革の時ではあったし

素晴らしく大きな力で世界に羽ばたいたと思う

当時の先進国が一神教であったため

日本もそうでなければいけない、と思考するのもわからなくもない

でも日本はやはりこの長い歴史の中で

『神仏習合』が日常的に当たり前に

生活の中にあり、神社、寺も発展していた。

その脈々と受け継がれていた伝統や芸術が

自らの力で破壊されたことが悔やまれてならない。


振り返ると村社の磐裂神社の境内は

借景で広く美しい姿として目に入る

村民に深く愛され信仰されてきた場所なのだろうひかり
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