マロンを求めて* -6ページ目

マロンを求めて*

神秘の日本を探る旅日記

パソコン起動せず…(T_T)ここ数日…

いつものようにパソコンの電源を入れると真っ暗な画面画広がり
「ご迷惑をおかけしております…
セーフモード
セーフモードとネットワーク
セーフモードとコマンドプロトコル
前回正常起動時の構成
通常起動」
すべてを試してはみたものの
エンドレスで繰り返すばかり(οдО;)
相談窓口は18時まで( ̄□ ̄;)!!
どうしたら良いのか…とほほ(/_\;)

インターネットアクオスよ
よみがえってください(;_;
マロンを求めて*-200909022020000.jpg

『日本海』

荒れ狂う波という印象の海


人の固定観念とは不思議なもので

前回も壱岐島を中心に地図を眺めると

日本の位置が新鮮に見えはじめ

古来、韓国や中国との歴史的背景が

容易く想像できるように思えた


また、「古代オリエント博物館」で9月6日まで開催中の

『ユーラシアの風 新羅へ』

更に引いた視点によりヨーロッパを含め

ユーラシア大陸までもが

中国、韓国、日本との結びつきを感じさせた

1000年以上という古なのに・・・



昨夜のNHKのETV特集『日本と朝鮮半島2000』 第5回も

同様に衝撃的だった

日本海を天地逆さにすると

不思議と朝鮮半島との距離がより近く感じる

『東海』

現在のロシアの街「ウラジオストック」の辺りに

高句麗の末裔とも言われる

『渤海(ぼっかい)698年-926年』という国があったという

(クラスキノ遺跡)


その国は軍事国家というよりは

「交易国家」として栄え、秋頃季節風に乗り

日本海を渡って現在の若狭、金沢、出羽(秋田)の豪族と

交流を持っていた


「若狭」・・・この国は、それ以前より独自の外交ルートを持ち

「越(こし)の国」・・・「高志」「古志」と呼ばれていた

後の大和朝廷の祖となる「継体天皇」「 男大迹王(オホド王)」が

育ち統治していた国


ここから出土する遺跡から当時のパワーゲームが垣間見れる


弥生後期には出雲など山陰の代表的な

四隅突出型墳丘墓(よすみとっしゅつがたふんきゅうぼ)が伝わり

同じくして、山陰の土器や朝鮮半島の鉄器が発見されている


また、5世紀には朝鮮半島の伽耶製の

金製垂飾付耳飾(きんせいすいしょくつきみみかざり)が

「向山」「天神山」古墳から出土されており

二本松山古墳からは鍍金冠(ときんかん)、鍍銀冠(とぎんかん)の

日本で最古級の冠が出土し、これらもまた

伽耶のものと類似するという


環日本海の分布図を見てみると

糸魚川産の翡翠の勾玉が日本海周辺だけにと留まらず

九州や朝鮮半島にまで及んでいる

翡翠は朝鮮半島では産出されない貴重な宝


他にも、日本からは絹糸や水銀までもが輸出されていたという

かわりに日本へ輸入されていたのは

渤海からは毛皮や遠くシルクロードを経て到達した

ガラス製品などがが貴重な品として平安時代まで

交易が盛んに行なわれていた


この渤海という国が繁栄していた時代は

朝鮮半島、中国、日本ともに

戦争が無い平和的な時代であったとされる


歴史を紐解き理解を深めていくと

朝鮮半島、中国、果てはユーラシア大陸などと

日本が深く結びついていたことが

不思議と見えてくる


歴史は

これから日本人としてどの様に生きていくべきか

人としてどの様にして生きていけば良いか

光のすじを見出せそうな気がする*
















久留米出張の早朝、足を運び

『水天宮』へ

ここは全国の総本宮
マロンを求めて*-水天宮
凛々しい姿の狛犬
マロンを求めて*-水天宮
本殿へ
マロンを求めて*-水天宮
御祭神は

天御中主神(みなかぬしのかみ)と挙げられているが

新しく「壇ノ浦」後に

安徳天皇(あんとくてんのう)等を祭っている
マロンを求めて*-水天宮
でも今回の目的は

此処の・・・
マロンを求めて*-水天宮
彼等に会いに来た*
マロンを求めて*-水天宮
何の生き物?
マロンを求めて*-水天宮
小さいっ*
マロンを求めて*-水天宮
怖そうで愛らしい*
マロンを求めて*-水天宮
こちらも思わず微笑みたくなるお姿*

マロンを求めて*-水天宮
水神社の足元にいる

『撫で狛犬たち』

マロンを求めて*-水天宮
何百年もの年月

多くの人の手によって撫でられ

愛情を注がれてきたのね*


マロンを求めて*-水天宮
横には雄大な筑後川が流れていた