マロンを求めて* -12ページ目

マロンを求めて*

神秘の日本を探る旅日記

宿は「壱岐民宿村.com」 で予約したが

あいにく希望のところが取れず

代わりに丁寧な女性の方が

別の場所を案内してくれた。


そして宿泊したのは「海浜荘」家
筒城浜すぐそばの宿でご夫婦で営んでいる。

元漁師(大型漁船といってらした)のお家で

奥様が採ってこられた雲丹やご主人が採ってこられた魚魚の骨をふんだんに頂いた。

壱岐の夜は建物が揺れるほどの強風だった。吃驚


朝、宿を出て「筒城浜」へ向かう

前日の強風の後で、天候も曇りだったのに海の色は美しかったキラキラ
マロンを求めて*-筒城浜
海岸はまだ夏ではない為、人影はなく

無人の海小屋に消えていく猫一匹猫


砂浜は砂では無く何とたくさんの貝殻だった。shell*

そういえば「海浜荘」のご主人が

「昔は桜貝でいっぱいだったが、最近は減り美しい砂浜も失われている。

理由は沖で海の底の砂を採掘しているからと言われている。」


沖で砂を採ることで知らず知らず生態や環境が

変化し破壊されていく

残念なこと・・・泣


縄文の時代には帰れないかもしれないけれど

やはり我がのエゴの為に過ぎた行動をとることは

自然のバランスを崩すことになり

やがて自分たちに戻ってくる

よく公共の場で「思いやりを」と書かれていたりするけれど

いつから

当たり前のようなことを

忘れてしまったのだろう・・・

自然の営み、恵みへの感謝の気持ちがあれば

あらゆるものに思いやりも自然に備わるものと思うのだけど・・・


夢中になって拾った貝殻たちキラキラ
マロンを求めて*-貝

筒城浜そばに

大きな白い鳥居を構えた

『白沙八幡神社(はくさはちまんじんじゃ)』

その大きな鳥居をくぐると

もうひとつ小さな鳥居があらわれる

マロンを求めて*-白沙神社
御祭神は

応神天皇、仲哀天皇、神功皇后仲之姫、仁徳天皇、武内大臣

玉依姫


鳥居の向こうに

壱岐の太古の森の姿をとどめた

社叢が広がる

しいなどの老大木が多数ある。
マロンを求めて*-白沙神社

マロンを求めて*-壱岐
御手水も海の中の自然岩を利用したような美しさ。
マロンを求めて*-壱岐


拝殿

マロンを求めて*-壱岐

『ん』の狛犬  愛嬌のある笑い声が聞こえそう笑い

マロンを求めて*-壱岐

「あ」の狛犬 

マロンを求めて*-壱岐

本殿キラキラ

マロンを求めて*-壱岐
本殿脇にいた

みざる、きかざる、いわざるsei
マロンを求めて*-壱岐

筒城浜を後にし

前日夕日を拝んだ『原の辻』へ戻る

お目当ては「一支國国民証」の顔である

「人面石」ムンクの叫び


マロンを求めて*-人面石

かわいい顔ふふ~ん

でも意外にも小さかった。

手のひらに乗るサイズ


「原の辻展示館」ではボランティアのガイドの方が

壱岐を原の辻を愛する熱い心ハート*1で語ってくださった。


興味深かったのは縄文からの須恵器の数々たこつぼキラン

年代ごとに陳列されているのだが

全て壱岐で作られたものではなく

船で運ばれたものということゴンドラ♪

そして通常ならば

年代ごとに美しい形になると思っていたのに

縄文後期の物が一番美しいプローポーションキラキラだった。

まるで西洋の器のように洗礼されており

ワインなどを入れるような容器もあったツボキラン

やはり、シュメールの文化などが

太古に日本にも届いていたのかしら・・・

と心躍るはーと顔



すっかり長居をした展示室で

ボランティアのご婦人が

島を案内してくれるというやま。。。

なかなかNAVIでは行き着けないところが多く

お言葉に甘えて

二人旅となるseiおんぷ


彼女も本当に遺跡など古代に対してとても熱い心を持った方で

お話をしていると私も神社より遺跡のほうへの興味に移っていった


壱岐の七社巡り(住吉神社、聖母宮、箱崎八幡神社、国片主神社、興神社、白沙八幡神社)

の最期の地である『本宮八幡神社』を目指し、途中

『鬼の窟古墳』『双六古墳』に立ち寄り

目的地に到着

残念ながらデジカメの調子が悪く画像には残せなかったorz



そしてぜひ案内をしたい!

と言われる場所へ行く*車

きれいな海が広がるキラキラ(最後の最後でデジカメが復活;)
マロンを求めて*-壱岐
そして

思わず

息を呑む


ひやぁ~・・・嬉

ゴリラがいるええ!!!!!
マロンを求めて*-猿岩
しかも哀愁漂うお姿

まるで遠く離れた郷里を想う

哲学者のような背中かお


神社にしか興味を持っていなかった私に

遺跡や自然の創りだした奇岩に目を向けさせてくれた

壱岐の友人に心より感謝ひかり

貴女と出会えていろいろとお話ができて良かった

アリガトウございます。


壱岐の中心地でお勧めのハンバーグやさんで

ランチを取り色んな事に話が弾みました。


そしてお別れをした後

最後のフェリーまでの時間、郷ノ浦周辺の神社へ繰り出す*車


『彌佐支刀神社(みさきとじんじゃ)』


マロンを求めて*-壱岐
御祭神は日本武尊

志原小学校の隣にこじんまりと鎮座
マロンを求めて*-壱岐
狛犬は名工・山内利兵衛の作とのことだが

これまで見た狛犬と随分と違うお姿

こちらは「吽形」ふふ~ん
マロンを求めて*-壱岐
そして「阿形」宇宙人ちょっと狛犬なのかしら;
マロンを求めて*-壱岐

最後は『塞神社』

マロンを求めて*-壱岐

フェリーまでの残された時間
レンタカーの給油の為

ガソリンスタンドを探したが日曜日の為

開いているところが見つからず吃驚

郷の浦周辺をぐるぐるはしる

タイムリミットに冷や汗をかいている時マスク

バンに乗ったご婦人が「私についておいで」うれし泣き

と案内してくださり

閉まっていたガソリンスタンドの主人に

電話を入れ

お店の老婦人も開けてくださりました。

そして無事に間一髪でフェリーに

今回は壱岐の人々の温かい心に支えられた心に残る旅でした。

壱岐の皆さん本当にアリガトウございました!ウキャキャはーと


壱岐の島は東西15km南北17kmにも関わらず

千以上の神社鳥居と300基以上の古墳ハニちゃんを抱いた

日本の歴史の源の島キラキラ


今回は16社を急ぎ足で巡ったけれど

どれもが島の人々に今も愛されていた

またいつか壱岐の懐に戻ってみたいふふ~ん




次はまた国道382に戻り

北上し続け壱岐の北端勝本港に出る。

漁師町の中、こじんまりとしながらも

町並みの美しいところに

『聖母宮(しょうもぐう)』が鎮座する。
マロンを求めて*-いき
御祭神は

     息長足姫尊
     足仲彦尊
     誉田別尊

ご由緒には

神功皇后は肥前唐津の神集島で三韓出兵の勝利を祈願し、土器崎より壱岐に向けて三、二七〇艘の軍船を出発させた。皇后は風まちをして対馬の鰐津に向けて出帆した地を風本と名づけ、三韓からの帰りに再び立ち寄られ出兵の勝利を祝い勝本を改められたという。
 皇后は、出兵の往来にさいし行宮を勝本に建てられたが、御殿はその後放置されてしまった。
 しかし毎夜海中から光る物があがってくるという出来事が続いたので里人は鏡を御殿に納めて神功皇后を神としてしまつったのがこの神社であると伝う。
 また、一説には異敵の首一〇一、五〇〇を持ち帰った皇后は、風本の浜に穴に掘って埋められ、九町八反の築地を一夜で築きその上に宝殿をつくり、聖母の社を建てられたとする。


神功皇后は怖い・・・


マロンを求めて*-いき

これは大変驚いた「手水鉢」

パラオ産のシャコ貝

大きく美しい

マロンを求めて*-いき

聖母宮そばの小さな神社


勝本港を後にし東へ下りていき

瀬戸浦を目指す

途中

『新羅神社』

壱岐の守護代の平景隆の樋詰城跡
マロンを求めて*-壱岐



マロンを求めて*-壱岐
聖母宮と同じくシャコ貝の手水鉢
マロンを求めて*-壱岐
アマガエルもいた
マロンを求めて*-壱岐かえる

マロンを求めて*-壱岐

向かいには『中津神社』
マロンを求めて*-壱岐

マロンを求めて*-壱岐



マロンを求めて*-壱岐
すぐそばにあるはずの佐肆布都神社は見つけることが出来なかった;


次に『箱崎八幡神社』到着
マロンを求めて*-壱岐
御祭神は

      豊玉毘古命

      玉依毘売命

海に関係する神様・・・

旧号を「海裏神社」「海裏八幡宮」と呼ばれていた。

勝本港と同様に補鯨業に関係が深く、捕鯨発祥の地・紀州熊野浦の日高弥吉が

献じた一基の金灯篭には「明応二年」(1493)の銘がある。



舟形の石
マロンを求めて*-壱岐


石田町山崎触の『乙宮大明神』
マロンを求めて*-壱岐

マロンを求めて*-壱岐



マロンを求めて*-壱岐狛犬

マロンを求めて*-壱岐狛犬

マロンを求めて*-壱岐




壱岐の1日目は神社巡りで終わった。

広大な原の辻で比の沈むのを眺める
マロンを求めて*-原の辻

住吉神社を後にし

国道382号線を北上する sei


途中「阿多彌神社」や「水神社」を目指すが

NAVI 日本 にも表示されず、天性の方向音痴のため

行きつ戻りつを繰り返したが見つけ出せなかった;・・・泣


そしてたどり着いたのが壱岐風土記の丘の横にある

『掛木古墳』やま。。。

壱岐島は東西15km南北17kmの大きさにも関わらず

古墳は300基以上ある。

悠久の昔、この場所が日本の中心地キランであったことが

容易に想像できるふふ~ん


この掛木古墳は6-7世紀築造のこんもりとした円墳


同じ敷地内の小屋で農作業の準備をしていたご夫人と

お話をするとこの古墳の名前の掛木さんという方だった。

代々、この土地にすんでいらっしゃり現在も

古墳を含めた土地を所有し管理をされているという。

とても笑みの溢れた素敵な方だった。キャハ


中へ入ると珍しい「くり抜き式家型石棺」で

お花が供えられていた。花束
マロンを求めて*-掛木古墳
*車

月読神社を目指す途中、ちょうど壱岐の中心地に

ドルメン(巨石信仰)のような石の御柱を見つける。石碑

上には後世に乗せられたような六面十二菩薩の仏塔が

あり不自然さをぬぐえない。名を「顎掛け石」地蔵
マロンを求めて*-壱岐


その横に木枠で囲まれた

赤い石が大小ありこれを「へそ石」と呼ぶ。

マロンを求めて*-へそ石


次は『国片主神社』

名前の由来は御祭神として祀られている

「少名彦命」が大國主神と国土を二分したことによるとされている。


マロンを求めて*-壱岐


壱岐特有の苔生した石像

蔦と絡まって美しいひかり

お墓かしら・・・
マロンを求めて*-壱岐

マロンを求めて*-壱岐


ようやく目的地のひとつ

『月読神社』げ到着かおキラキラ
マロンを求めて*-壱岐
県道に面した鳥居鳥居から檜林の中を

以外に急な参道の階段を登る。急いで階段上る棒人間

人も居ず、日中にも関わらず暗く神秘的キランな佇まい。
マロンを求めて*-いき
御祭神は

      月夜見尊

      月弓尊

      月読尊

古事記では伊邪那伎命が黄泉の国より戻り禊ぎを行った際

右目から月読命が、左目から天照大御神、鼻から須佐之男命が生まれたとされる。


イタリア語などのラテン語では太陽太陽は「IL SOLE(イル・ソーレ)」と男性名詞

moon*は「LA LUNA(ラ・ルーナ)」と女性名詞で表記される。

またギリシャ神でも太陽晴れっ!をアポロン月月をアルテミス

感覚的には月夜は女性、太陽太陽は男性と思えるのだが

日本は逆に置き換えられている。


また、壱岐島は月moon*で対馬は太陽晴れ信仰があるとも聞く。