国道382号線を北上し続けると
右側に鳥居が見えてきた。
車を停め歩き進むと
今まで巡った神社と違い
どんどんと坂道を下り始める
神社の多くが『神奈備』を崇めていることが多く
ほとんどが小高い位置にあるのとは違い
まるで地底にでも向かうような印象だった
そして眼下に
因みにこの住吉神社のある幡鉾(はたほこ)川源流域(壱岐島の中央部を流れる)は
古代より神聖な場所とのこと。
また境内の神池から発見された神鏡17面は、大陸系のもの12面と和鏡系のもの5面。
そして緑に苔むした
海の中の自然の岩を利用したような
御手洗に感動
谷底から上へ上へ力強く伸びる
そして本殿
手前の拝殿は新しく見えるが
壱岐の特徴である景色
緑
一色にみえる
息を呑む美しさ
そしてここで予想もしていなかった丹生都比賣大明神と出会う。
絹本着色高野四社明神像など平安から室町時代の貴重な文化財とのこと。
これは聞かなくてはと神主の方にお聞きすると
そっけないくらいに
この神社とは特に関係なく
ただ大阪の堺の方からの寄贈の品とのこと。
残念;
ただ、お話をさせて頂くと
御祭神は伊耶那岐命(イザナギノミコト)が黄泉の国から戻り、禊をした際に
顔を三回洗って生まれたとされる
底筒男神(ソコツツオノカミ:川の底の水底で汚れを洗ったときに生まれた)
中筒男神(ナカツツオノカミ:少し浮かんで水中で顔を洗ったときに生まれた)
表筒男神(ウワズツオノカミ:水面まで浮かんで来て洗ったとき生まれた)
この三神の「筒」は星を表しており
オリオン座の三ツ星を表しているという説もあるとのこと?
また対馬、壱岐、福岡には
それぞれに「筒」の付く地名があり
その周辺に住む人々は住吉神社を崇めているという。
確かに壱岐には筒城浜 対馬は豆酘かしら?(こちらには多久頭魂(たくづだま)神社という雰囲気の良い神社がある)
そして福岡は筒井町かしら?
「筒」つながりで京田辺市の筒城宮跡地(継体天皇の宮)に「朱智神社」がある。
ここは息長(オキナガ)氏の祖神を祀っているとのこと。
この「朱」はやはり「丹生」を連想させる。
実家が大阪の住吉大社のそばで
ことあるごとに足を運び慣れ親しんでいたため、
こんな遠く離れた壱岐の島に
同じ神社があることに感動
しかも神功皇后征韓のお話に一番現実味のある位置で
ルーツの根源にたどり着いた気になり心躍る。
ただ不思議なのは最初に感じたこと。
どうして海の神様であるはずの住吉神社が(大阪の住吉大社のある場所も
昔は目の前が海だったとされている)
壱岐では海から離れ、そして地底のような谷に杜が広がるのか?
調べてみると昔は半城湾の御津浜という場所にあったらしい。
しかしその後、海の神様である住吉大明神の
「海の波の音の届かぬ場所に」というご神託により、現在の場所に遷座したとされている。
また、壱岐は神功皇后(息長足姫尊おきながたらしひめのみこと)の神話が多く存在する
その神功皇后は新羅へ向かう際に祈願をし丹生都比賣に「赤土 」をもらう
「播磨国風土記」には神功皇后の新羅に攻め入る際、丹生都比賣(丹生都比賣神社の御祭神:
和歌山県伊都郡かつらぎ町大字上天野)が、赤土で鉾や軍衣や船を染めるように託宣し
その後、勝利を収めたので、お礼に天野の社に手厚く祀っている」とある。
そして紀伊の国(和歌山県)の管川(つつかわ)の藤代の峯に祀ったとされているとも
書かれているが
この『管川』の『つつ』という音は住吉三神の筒と何か関係するのだろうか・・・
現在の丹生都比賣神社の場所の地名も『伊都郡』と魏志倭人伝にも記されている北九州の
『伊都国』とも勿論関係しているのか?
韓国に近い場所の土地や伝説と本土の太平洋側に面した現和歌山県の山奥が
繋がっているのが「マロン心」をくすぐる。
息長(オキナガ)と壱岐と住吉と丹生とそして筒は何か関係があるのかしら?
今回は脱線ばかりで収拾がつかなかった;(欲張ってしまった;)
壱岐は深い・・・













を更に進んでいく
















に収めたが

こりゃあ~














がふりそそいでいました














