まなざしの
宮島の
バンビ
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すっかり、飛鳥のつづきを書いたつもりでいた;![]()
2008年12月のある日小学生以来の飛鳥へ
サイクリングに乗って旅に出た
目的は蘇我家縁の場所を辿るため・・・
第一章で紹介した猿石 を後にして向かった先は
「第29代 欽明天皇の陵墓(509-571)」
当時、百済をはじめ諸外国との外交も頻繁で
仏教も正式に伝わった![]()
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後の飛鳥文化が開花する源を築いた時代![]()
遠足で来た折も不思議なネーミングに頭を傾げたが
今回も同じだった。
「鬼が捕らえた人をまな板で調理して
雪隠で用を足すだなんて・・・
」
ただ今回わかったのは古墳の石が落下した
一部と言うことで
ようやく納得;![]()
まな板には楔形の跡があり石室の底石
そして雪隠は墳丘土を失った蓋石で
まな板と一対のものらしい。
むかし、大和が湖であった頃、湖の対岸の当麻と
ここ川原の間に喧嘩が起こった。長い喧嘩の末
湖の水を当麻にとられてしまった。
湖に住んでいたたくさんの亀は死んでしまった。
何年か後に亀を哀れに思った村人達は
亀の形を石に刻んで供養したそうである。
今、亀は南西を向いているが
もし西を向き当麻をにらめつけた時
大和盆地は泥沼になるという。
亀というよりはおかっぱの女の子の顔
にもみえるのは私だけかしら・・・
そして「橘寺
」
橘寺という名は、垂仁天皇の命により
不老不死の果物を取りに行った
田道間守(多遅麻毛理タヂマモリ)が
常世の国(新羅)より持ち帰ったとされる
非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)
推古天皇14年(606年)に建立された
聖徳太子建立七大寺のひとつ
当時は、四天王寺式伽藍配置の壮大なもので
現在、法隆寺にある玉虫厨子と百済観音は
元々この寺に納められていた。
「二面石」

人々の心の持ち方を現したもの。
猿石のように日本人離れした顔のつくりである。
勝鬘経(しょうまんきょう)ご講讃の時
日、月、星の光
を放った。
他にも同じく太子が勝鬘経を講じた時
天から舞い落ちた蓮華を埋めたという方形土壇の
「蓮華塚
」など太子にまつわるものが多い寺であった。
因みにお寺の方の話では
談山神社(だんざんじんじゃ)とは犬猿の仲で
幾度と戦いを繰り返し、最近まで互いの住民も
決して交わることが無かったと言う。
血は記憶すると言うことかしら...
そし念願の石舞台へ続く道
花崗岩30石以上で組み立てられた日本最大級の石室
当時の権力者であった
蘇我馬子の墓に相応しい力強さ
中から見る玄室はひときわである
感動
そしてその蘇我馬子が建立した日本最古の寺
日本における原始仏教の象徴であり
華美な印象派受けない素朴な釈迦如来坐像。
鞍作鳥(くらつくりのとり=止利仏師)に造らせた日本最古の仏像。
左から見るとやさしい表情になると言うことで
一枚撮らせて頂きました。![]()
そして最後に
悲劇の「蘇我入鹿」の首塚(五輪塔)
何故、暗殺されたのかもわからないまま死んだ
入鹿の首は舞い上がって中大兄と鎌足の元に飛んできた。
恐れをなした2人は一目散に談山神社の方へ逃げた。
入鹿の首はモーコンの森で2人を見失い
三重県との境にそびえる高見山まで飛んでいった。
日暮れになったので甘樫丘にあった自分の邸宅に帰ろうとしたが
首塚の上空で力尽きたという話。
このモーコンの杜は気都和既神社がある場所で
関西弁の「もう来(こ)ん」「もう来ない」の意味。
そして興味深いのはこの三重県の高見山にも
『入鹿の首塚』があるということ。
何故、三重県に・・・
レンタサイクルの返却の時間が迫り
立ちこぎでノンストップで駅へ向かった。
飛鳥は古には政治や文化の中心であったが
京都のように観光地化されず
まるで人々に忘れ去られた地のようである。
人々は田畑と共に暮らし
その昔、日本の中枢であったことは想像しがたい。
それがかえって、当時の面影を残すことに一役買っているように思える。
人の手が加わらず、このまま自然の中で、しかし風化されずに
飛鳥の古き良き歴史を後世にまで伝えて欲しいと願う。
今日は国立新美術館へ『ルネ・ラリック』展へ
千代田線乃木坂の駅から直結して新国立美術館へ
黒川記章氏(くろかわきしょう)の素晴らしい建築で
広大な六本木の敷地に光の波のような建物が印象的
内部は対照的に木をふんだんに取り入れ
日本の古典的な建築を思わせる木の連鎖が美しい。
ルネラリック展は以前白金台にある旧朝香宮邸の「東京都庭園美術館」で
開催されたのが記憶にはっきりと残っている。
建物自体がアールデコでルネラリックの世界観と一体となった素晴らしい展示会だった。
今回は広大な展示会場でこれほどまでに多くの作品を創作していたのかと驚かされる
ヴォリュームだった。
一人の美の天才ルネラリックを堪能できた。
デザイン画は絵画で、ジュエリーはそれを越えた躍動感溢れ生命が吹き込まれたよう。
日本の影響も多く受けた作品は日本人の心に自然と響いてくる。
宝石は決してクォリティーの高いものばかりではないけれど
ひとつひとつの石の良さが最大限に表現されていて
学ぶところが多い作品群だった。
その後、六本木ヒルズの森美術館へ
現代中国の『アイ・ウェイウェイ』展へ
中国の現代を風刺した作品が多く
お茶の葉を圧縮して創られていた
そして圧巻だったのは『月の箪笥』
覗き込むとつきの満ち欠けのように見える(画像ぼけてます;)
最後にヒルズの『スカイアクアリウム』へ
やはり自然の創りだすものには
適わない・・・
太古から人々は自然を模写し
それを越えるものを生み出したいという欲望から
物を創造している
ものづくりに励まねば・・・