おはようございます。

 

自己実現を繋ぐ

心理カウンセラーの井手章紀

(いであきのり)です。

 

 

私は、

ずっと親には感謝しかないと

思って生きてきました。

 

 

「ここまで育ててくれたし、

 

不登校の時も助けてくれたし、

 

パニック障がいの時も理解してくれたし、

 

本当に恵まれてるなあ私。」と

 

 

そして、同時に

 

「親に対して恨みとか

怒りとか湧かないし、

 

むしろそんな感情が湧いたとしたら

自分は親不孝の最低なクズ野郎だと」

 

いつも思っていました。

 

 

しかし、心理学を学んでいくうちに

 

 

 

出てくる、出てくる親への怒り。

 

 

最初は父との不和な部分があったから

父への怒りばかり出ていましたが、

 

「結局母親なのか。」と

 

思うレベルで

その後は母への怒りが噴出していました。

 

 

この時、感謝と言う言葉で

自分の本当の感情を無かったことに

していたことに気づいていきました。

 

 

「親に育ててもらってるんだから

こんなこと思っちゃいけない。」

 

 

「親が悲しげな表情をしてしまった時は

自分が何か悪いことをしたんだ。

 

よし、自分を攻撃しよう。」

 

 

そうやって自分を下げて

親を上げるという偏った考えが

 

当たり前になっていました。

 

 

本当にニュートラルに

考えることの大切さを

 

今も常々感じています。

 

 

当時のことを母に聴いたら

母自身も子育ての苦悩が

やはりあったみたいで

 

その苦悩のイライラを

私に向けてしまった部分も

あったことを話してくれました。

 

 

本当に子供にとって

親の影響って大きいなあと感じます。

 

 

さて、今回に記事のタイトルについてです。

 

 

最初に私が言っていた親への感謝、

 

確かにあれは自分の本当の感情を

隠していたものでしたが

 

あの感謝は

偽物なのでしょうか?

 

 

 

私は一概に偽物とは

言えないと思っています。

 

 

 

確かに自分の怒りの感情が湧いてきた時

 

「親への感謝があるから。」と

 

心の中で言ってごまかした、

これは偽物ですね。

 

 

ただ、感謝はそれだけではありません。

 

 

本当に育ててくれてありがとうだし、

 

パニックの辛い時に

助けてくれてありがとう、です。

 

 

ただ、あの時のあの行動に

腹が立った、

 

その腹が立った思いが

溜まりに溜まって噴出したということ。

 

 

そこにどんなに大きな

感謝があったとしても

 

怒りもちゃんとあるんです。

 

 

大切なのは

人には感謝だけでなく

 

「これは嫌だったなあ。」と

怒りも〇っと受け入れることです。

 

 

人には全て良い関係の人はいません。

 

 

自分一人でも

自分の中で嫌な部分があるのに

 

他人ならそれは必ずあります。

 

 

だからこそ、自分にとって

どこが嬉しくて、どこが嫌な部分かを

感じられる力が大切です。

 

 

勿論これは逆も然りで

 

どんなに嫌な人や

怒り狂っている人に対しても

 

どこか無意識で

感謝している部分も実はあるということです。

 

 

意味ないことは起こりません。

 

意味ない出会いもありません。

 

 

どんな経験、どんな出会いも必然です。

 

 

それを受けいれた時に

心に満ち溢れた余裕が生まれますよ。

 

 

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