皆様こんにちは。Akiです。

自分責めって
皆さあ大なり小なりあるよね。


正直全く無いって言う人程
私は怖いかな。


自分を責めるって
一見したら本当に意味無いこと
なんだけどね。


間違っても反省と
自分責めをイコールで
結ばないでね。


自分の失敗した
行いを反省することは
良いことだよ。


そうしないと人間は
成長できないからね。


でもね、
だからと言って
自分が失敗した行いを
大きくして大きくして
自分の全てをダメ出しすることは
決して良くないよ。


確かにこの部分は悪かった。
これで終わり。


それじゃダメだ、
完璧じゃない、
少しも失敗は許されない。
失敗したら自分を罰しなきゃとか
そういうのは自分がキツくなるから
止めることをオススメします。


今回は特に自分責めが
キツイ人の話です。

で、だいたい
こういう人に限って
ねえ、何でも出来て
失敗一つもしなくて
全部完璧にこなす人を見たら
どう思う?って聞くと


「気持ち悪い。」って
返ってくることが多いです。


これって何が起こっていると
思いますか?

結構簡単ですよ。


正解は



何でも良いから自分を責めたいんです。

どんな状況でも自分が悪い方向に
持っていきたいんです。

自分を悪の代表に仕立てあげて
それを自分で罰したいんです。


自分責めは止めることが
簡単ではありません。


なぜならループするからです。

自分責めをする自分に対して
「自分責めをする自分なんて」と
自分を責める負のループを
繰り返すからです。


ここまで聞くとキツくなって
きますよね。


まあ、書いてる私自身も
このループにはまる人間なので
書いてて凄くキツイです。


じゃあどうすれば解決
するんでしょうか?


その話をする前に
なぜ人間は自分を責めるのか
その話をしなければいけません。


自分を責める一番の理由それは…



楽だからです。


他の人を責めるより
自分責めの方が
よっぽど楽だからです。


他の人のせいにするって
案外難しいんです。

それより自分を責めて
自分を傷つける方が
よっぽど楽なのです。

全部が全部他人のせい
にしている人も勿論問題ですよ。

ただ、身の回りの一つの失敗
一つの出来事、注意、怒られること
全て「行動」や「環境」が
悪いことなのにそれらの
出来事一つ一つを大きく大きくして
自分に覆い被せる、
その小さな出来事を
何度も頭に響かせて
忘れないように、
自分を戒めるようにする

まあ、一見馬鹿らしいですが
これを私はずっとやってきました。




周りは誰も悪くない。

悪いのは私だけ。


そんな「私」へ
何度も「私」は







「死ね」と呟きました。


まあ、死ぬ覚悟もないので
別に自殺未遂もしたこと
ありませんがね。

まあ、昔の話ですよ。

今も自分責めがないかと
言われればありますが、
だいぶ減りましたね。

今となっては笑い話です。

ビリーフチェンジの話で
するのであれば
あれは「お母さん、私のこと見て」
っていうサインですね。

「お母さん、私こんなに傷ついたよ。」
「お母さん、私こんなに苦しんだよ。」
「お母さん、私こんなにボロボロだよ。」

自分責めをすることで
その間はお母さんのことを
自分の方に向けることが
できますからね。

何という「マザコン」…

ただ、同じような形でなくても
今の人達は特に心理的「マザコン」が
多く存在していると思います。

幼少期、お母さんに
十分甘えられなかった。
お母さんからしたら
甘えさせたつもりでも
当の本人は
「あの時手を繋いでくれなかった」
「あの時言われた
心ない言葉が今も残っている」と
いったことが多く存在します。

それによってどうなるか
男性の場合は
結婚相手に「母親」を
求めます。

そして「母親」の
ような人と結婚します。

それを悪いとは
言いませんが
それはいつまでも
「母親」という縛りに
何年経っても縛られている
ことになります。

それって普通に
「嫌」じゃないですか?

自立して自由な生活を
送るつもりがいつも後ろに
「母親」がちらつくのです。

そんな呪縛から脱却しませんか?

ビリーフチェンジセラピーは
そんな「脱却」を
するセラピーです。

私自身ビリーフチェンジセラピーを
受け続けて自分を責めることが
減り、その自分で作った
母親の呪縛から少しずつですが
脱却しています。

このセラピーは
「母親」を敵にするものでは
ありません。

自分が作り出してしまった
でもそれがないと生きることが
出来なかった。
誰が悪いわけでもない
ただ生き残るために作り出した
自分の中にある「呪縛」と
向き合うセラピーです。

少しキツイですが
人生ガラリと変わりますよ。

ではでは(^-^)/