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アニメ批評

日本のアニメを考えます。

 進撃の巨人の魅力は、なんといっても、「人が人を食う」というわかりやすい表現につきると思います。実際に人が人を食うという風習も、歴史的に見ればなきにしもあらずですが、その歴史的比喩は枚挙にいとまがありません。たとえば、帝国主義時代の西欧諸国の植民地統治などがその実例でしょう。植民地経営は三日やればやめられないといわれたものです。進撃の巨人と違うのは、植民地経営の利益は宗主国の血となり肉となったということでしょう。とりわけ、英国にとってはインドは兵力すら供給するドラえもんのポケットのような存在でした。

 「人が人を食う」という現実を食われる側から、描いたというのが第二の魅力でしょう。とはいえ、「進撃の巨人」の中での食われる側の人間は、始終狼狽し、迷います。死ぬのが怖い。死ぬのがいや。といった発言が誰の口からということはなくもれるのです。情けなくていい、という見方もできます。人間の生存本能に素直といういみでですが、しかし、そうした素直さだけでは少々物足りなさも感じます。

 それは、籠城戦において人間がどのように戦ってきたかを考えれば明らかになります。この籠城戦というモチーフは、たとえば、ベネチアの植民都市とオスマントルコとの争いに見られました。往々にしてベネチア側は、支配階層の貴族の若者達が壮絶な戦死を遂げています。生存本能に素直であろうとするよりも、家名というか名誉を重んじる、そんな側面があったように思います。

 絶望的な戦いという意味では、「進撃の巨人」という作品が元にしているモチーフとして、日露戦争における旅順要塞の攻城戦を挙げることが出来るでしょう。目の前でぼろぼろと日本軍の将兵が死んでいくさまを見た乃木将軍の心情を思うと、「進撃の巨人」に描かれている戦いが決して遠い世界のことではないことがわかります。

 とはいえ、作品としてそうした英雄譚だけをとりあげるとすれば、それはそれで逆にリアリティがなくなってしまうものかもしれません。そのバランスが絶妙なのが「進撃の巨人」という作品なのでは、と最近では考えています。




 今日は午前中に新宿で人と会う約束があったので、合間に東急?ミラノ座というところで銀魂を鑑賞してきました。歌舞伎町ですよ、歌舞伎町。

 子供の頃はジャンプ的な作品には抵抗があったのですが、最近では、物語の構成もしっかりしているしいいんじゃないかという肯定的な評価に変わりました。まあ、銀魂の安定感は他の作品には見いだしにくいですね。

 疑似江戸時代に、人情物。そこに鋭くギャグの突っ込みが入るという三拍子揃った作品はなかなか見いだしがたいと思います。

 で、今回の完結編ですが、話の筋もまあ納得のいくものでした。最初の盗撮野郎がしつこいなとおもっていたのですが、うまい導入になっていましたね。

 ネタバレになっては申し訳ないので、詳細は触れませんが、「完結編」とはうたっているものの、もう少し続けることが出来るようなラストだったと思います。

 気になる人は、映画館に足を運んでください(笑)。