しかし、ここでは、この帝国循環を別の意味で用いてみたいと思います。文化における帝国循環、それが今回のテーマです。
現在のアニメや漫画は、サブ・カルチャーなどという言い方が不適切なのではないかと思えます。というのも、世代の問題もあるのですが、たとえば、ある世代から、現在でいえば30代半ばぐらいまでであれば、アニメの作品の認識率は大変高くなるのです。というか、それ以上の世代ではほとんど知られていません。ですから、あと数十年もすれば、アニメが好きな、もしくはアニメが好きだった大人ばかりになるのです。
小学生の時に宇宙戦艦ヤマトが好きだった人が、未だに好きだという人も多いのですから、これからどうなるかは十分に予想できるでしょう。
サブカルチャーという言い方が不適切なのであれば、どう定義するべきなのでしょうか。それは、「文化のハブ」といえるでしょう。ハブというのは、自転車やバイクの車輪の車軸のことで、IT用語としてはスター型LANで使われる集線装置を指し、各機器に接続されたケーブルはいったんハブに接続され、ハブを介して相互に通信するというものです。車輪の軸、と考えればわかりやすいですね。
では、そのハブを取り囲んでいるのは何かというと、アニソンであり、ライトノベルであり、ゲームであり、媒体としてテレビ、映画なども含めることができるでしょう。それぞれの作品は、ライトノベルの原作→アニメ化→主題歌がヒット→漫画化してさらにヒット、のようにアニメを結節点として、多方面に広がっていきます。
ペルソナ4やシュタインズ・ゲートもゲームが原作ですし、物語のコア(核)が生まれる場所が、従来にも増して多様化していることが現代の特徴でしょう。ブラック・ロック・シューターのように初音ミクの曲が、アニメ化されたこともありましたね。
そのため、愛されるよい作品であり、なおかつ商業的にも成功する作品とは、物語のコアが、多くの媒体を経由して広がっていくものだと、個人的には考えています。
その文化の一つのベクトルの中に、学問も入ってきたのだと考えさせられたのが、以前にも紹介したことのある「チェーザレ」でした。作者の総領冬実さんのHPを見て、7巻以降は私の暴走でしたと述べておれらたので、こちら側としては「やっぱりそうか!」と深く納得したのですが、ここまでくれば立派な歴史研究といえるでしょう。
戦間期の英国を舞台とする「ダンタリアンの書架」でも、事前のスペシャルで本職の歴史学者の方が解説を加えておられましたね。ダンタリアンは、基本的に、ゴスロリが好きな人向けなのでしょうが、今後は、学問からアニメが生まれる可能性もあるのではないかと思いました。
それに、もう一つの方向性として「コスプレの精巧化」をあげておきたいと思います。自分たちで沖にいりのコスプレで満足するのはよいのですが、だんだん、「よりよいコスプレ」が求められる気がします。
たとえば「ああ、女神様」の
http://3777.me/html/2012/us/7.html#6
のようなものはOK!ですが、
「バカとテストと召喚獣」の姫路さんが
http://www.flickr.com/photos/ljinto/7114644991/in/photostream/
となってしまっては、気持ちがよいのは、おそらくご本人をおいてほかにはないでしょう。
このような悲劇を二度と目にしないため(いえ、冗談です)にも、専門モデルによる専門コスプレもそれなりに需要があるかもしれませんね(笑)。
