この記事は「心霊とマジック」の続きです。
始めにこちらを開いた方は、ここ
をクリックして下さい。
『ドン!!ドン!!』
二階から響いてくる音は止む気配がないどころか、次第に激しくなってきました。
『ダダダ…ドンッ!!』
子供が駆け回ったりジャンプしているような音に聞こえます。
人一倍寝起きの悪い俺は、恐怖というより苛立ちを覚え始めました。
誰かに眠りを妨げられるとかなり不機嫌になるので、彼女も俺が寝ている時は起こさないように気を使うほどです。
なのにこの騒音ときたら…
『ドン!!…ダダダ…ドン!!』
テンションが上がった子供がはしゃいでいるような、俺にとっては嫌がらせとしか思えない音が続きます。
目は閉じたままなので確認した訳ではありませんが、起きているのは俺だけのようでした。
なんで彼女と飼い犬はこの音に気付かないんだろう…
すると、響き続ける音に変化が起こりました。
音のする場所が、二階の部屋から階段の踊り場へと移動したんです。
俺らが寝ている寝室のドアのすぐ脇に階段があります。
その階段の上の踊り場で、
『ダン!ダン!』
と足を踏み鳴らすような音が聞こえます。
まるで構って欲しくて駄々をこねている子供のように。
なんとなく、それは女の子のような気がしました。
〝こんな夜中に騒々しい音を立てて、近所迷惑じゃん…
何より俺が起こされて迷惑なんだよ〟
寝起きでイライラしている俺を挑発するかのように響く音は、ついに階段を降り始めました。
『ドンッ!!…ドンッ!!』
ジャンプして両足で着地するような大きな音が、徐々に近付いてきます。
『ドンッ!!…ドンッ!!』
女の子が精一杯大きな音を立てながら一段一段降りてくるような…
明らかに俺に向かってアピールしているように思えてきます。
『ドン!!ドン!!ドン!!…ダンッ!!』
その音が階段の一番下へ辿り着きました。
寝室のドアは閉まっていますが、そのすぐ向こうに立っている気配がします。
俺はこの騒音の主に対する苛立ちでアドレナリンを体中に放出させながらも、相変わらず目は閉じたまま仰向けに寝ていました。
ドアが開いた様子はないのに、気配が寝室の中へ入ってきました。
見ている訳ではないのですが、その動きは不思議なほどはっきりと把握できます。
気配は1mほどの背丈で、やっぱり女の子のようでした。
どんな意図があるのかは分かりませんが、それまで騒がしかったのが嘘のように音も立てず、静かにベッドへ近付いてきます。
気配は仰向けに寝ている俺の頭の辺りまで来ると、ヘッドボード越しに俺の顔を覗き込みました。
ちょうど上下逆の顔が目の前にあるという感じです。
そこで、俺の我慢が限界に達しました。
安眠妨害された怒りの全てを右手の拳に凝縮させて、
「うるせぇんだよ!!!」
という怒声と共に、その顔目がけて一気に叩き込みました。
その直後に目を開けましたが、そこには何もいません。
拳にも何の手応えも感じませんでした。
となりを見ると、彼女と飼い犬は何事もなかったように眠っています。
〝俺の気のせいか、もしかして夢だったのかな〟
そう思ってまた眠ることにしました。
朝起きて、夜の出来事を彼女に話すか迷っていると、なんと彼女の方から驚くようなことを言ってきました。
「ねぇ…昨日の夜、女の子見なかった?」
全身に鳥肌が立つのを感じながらも、精一杯冷静な声で聞きます。
「何で?どうかしたの?」
すると彼女は話し始めました。
「昨日の夜、夢を見たの。神社の境内で女の子とあなたが遊んでた。
全然知らないまだ小さな女の子。
私が呼んでもあなたは全然気付いてくれなくて、嫌な予感がした。
あなたが…その女の子に連れて行かれちゃうんじゃないかって。
女の子はあなたのことを気に入ったみたいで、手を引っ張って一緒にどこかへ行こうとしてた。
すごく怖かった…。」
彼女が夢で見た女の子は、二階で響いていた音と、俺が殴った気配と何か関係があるのでしょうか。
だとしたらあれは一体なんだったのでしょう。
もしも、あのとき感じた女の子の気配に少しでも好意的な感情を持ってしまったら…俺はどうなっていたのでしょうか。
その彼女とは色々あって別れてしまいましたが、今でもあの借家に住んでいるようです。
あの日のような怖い思いはせずに元気で過ごしていることを願うばかりです。
幽霊を殴り倒すほど寝起きの悪い彼氏は、もういないのですから(笑)
俺の体験した怖い話、いかがでしたか?
読み流して頂ければどうってことない話ですが、恐怖心に捕らわれてしまった方の為に、最後は少し軽いノリで締めてみました(´ω` )
もしどうしても寒気や悪寒が続くという場合は、銀製の物(シルバーアクセ等)を身に付けて下さい。
銀は幽霊避けに効果的と言われています。
また、既に何かの気配を感じてしまった場合や身の危険を感じた場合は、部屋にファブリーズを散布して下さい。
これは霊能者の間で有名な方法で、淀んだ部屋の空気が浄化されると幽霊はその場に留まっていられなくなるのです。
メンタルマジックには、先入観や思い込みといった人間の心理を利用したテクニックが沢山あります。
そういった知識を身に付けた人ほど、超常現象に対して懐疑的になっていくものです。
俺も例外ではなく、不思議な出来事があるとまず疑ってかかります。
ただ、どうしても分からなかったり客観的な証拠がある場合は、素直に受け入れるようにしています。
自分の理解の範疇を超えた物事を全て否定してしまうような、頭の固い大人にはなりたくないからです。
記事の冒頭で、特殊能力があるかのように見せて人を欺く占い師や霊媒師、カルト教団が蔓延していることを明かしました。
最近は占いや霊媒という直接的な言葉を用いず、流行りのスピリチュアルという言葉を使うケースも増えています。
自称する肩書きも細分化が進み、チャネラー・ヒーラー・カウンセラー・セラピスト・インストラクター・アドバイザーなど、一見しただけではオカルトビジネスであることすら分かり難くなっています。
でも扱うテーマが神秘的なものや霊的なもので、そこにお金が介在する限り、それはオカルトビジネスと言えます。
中には、本当に超自然的な何らかの力を持った方もいらっしゃいますが…。
大事なのは、そういう現象を信じようと信じまいと揺らぎのない〝自分の意志〟を持っているかということ。
自分の意思を持たずに怪しい存在や新興宗教を信じきってしまう事は、自ら考える事を停止してしまう事と同じです。
思考が停止してしまった状態は詐欺や霊感商法の被害に遭いやすく、大変危険です。
何かに盲信したり依存したり人生を委ねてしまう方は、少なからず他力本願の傾向があります。
そもそも他力本願という言葉自体「他人任せ」という意味ではありません。
本来は「阿弥陀仏による本願の力」のことで、我欲を捨て仏の慈悲によって救われていることに気付きなさいという意味です。
自分では何もせずに他人の力に頼って願いを叶えようとしても、それは他力本願とも呼べないただの怠慢。
信じればご利益が期待できるという考え自体がナンセンスなのです。
人はみな生まれた時からすでに救われているのですから、何を信じようが構いません。
逆に信じなかったとしてもバチが当たる訳ではなく、何も変わりはありません。
信じるか信じないかは、完全に個人の自由です。
自由だということはそれだけ責任が伴うということ。
だからこそ自分自身のはっきりとした意思が必要になります。
「自由は責任を意味する。だから、大抵の人間は自由を恐れる」
by George Bernard Shaw
どうか「信じるものは救われる」という言葉には気を付けて下さい。
信じなければ不幸が訪れるというのは「言うことをきかないと大変なことが起きるぞ」と脅迫しているのと同じです。
先祖供養しないと地獄に堕ちるわよ!と言って高額な墓や仏壇を勧めていた細木K子という占い師もいましたね。
人の不安感や恐怖感を煽(あお)って判断力を鈍らせ、その弱い心を餌に私腹を肥やそうとするのが詐欺師です。
幽霊に関しても、本当にいるかどうかなんて誰かに決めてもらうことじゃありません。
自分がいると思ったらいるし、いないと思ったらいないんです。
俺は“幽霊はいるか”と聞かれたら“いる”と答えるし、超能力も“ある”と断言します。
ついでに言えばUFOもUMAも古代文明も神様も“実在”します。
これは自分の意思によるものですが、そう至るまでの根拠もちゃんとあります。
今回は心霊とマジックについての記事なので、それについてはまた後ほど書きたいと思います。
マジシャンとイカサマ霊媒師は「人を騙す」という点では同じかもしれません。
ただ決定的に違うのは、「なぜ騙すのか」という理由です。
マジシャンはトリックがあることを前提に不思議な現象を起こします。
観客もそれを承知で不思議な現象を見たり、体験します。
そこには「楽しませる」というエンターテイメントの精神があります。
イカサマ霊媒師はトリックがあることを伝えずに不思議な現象を起こします。
何も知らずにそれを見た方は、自分には無い特別な力を感じてその霊媒師を頼ってしまいます。
そこには「相手より優位に立つ」または「欺(あざむ)いて金を取る」という私利私欲の精神があります。
本当に怖いのは、幽霊ではなく生身の人間かもしれませんね。