Anima -4ページ目

Anima

アニマのお仕事は、動物たちとテレパシーすること。

霊能カンウセラーとしての裏の顔も…。

依存体質の人間の心が安定できるとき、それは

 

誰かに必要とされているとき、だ。

 

自分しかいない、自分がいないとだめ、自分が纏めている、自分が支えている、自分が楽しませている、自分が理解してあげれている、自分が頼りにされている、自分が尊敬されている、自分を大切に扱われている、もっともっとあるけど、

 

要は、自分が、相手や集団内部で、いかに特別なソンザイか、注目されているか、が、自分が納得するレベルで感じられれば、いつも心地かよいわけである。

 

それを得るためには、その相手や、集団内に、自分がいないと困る誰かや、状況が必要になる…

 

自分が支配や主導権を握ることのできる、人や状況が必要なのだ。

 

そのような、支配的な欲望は誰にでもあるが、依存体質の人はそれが普通の人よりか過剰にある。

 

依存体質の裏には、強い支配欲が隠されているのだ。ただ愛されたいかわいそうなひと、という訳でもない。

 

自分がいないと誰かが困る、という状態は、その相手や、集団内部の、人生や心の中心になるということだ。

 

例えばその手段は、相手の悩みを聞くことから、アドバイスすること、間違いを正すこと、味方でいること、経済的に支援すること、などいろいろある。

 

本来は、人生や心の中心には、自分ではなく、それぞれの自己がいないといけない。どんなに間違ってみえる生き方や、選択、困っていることでも、基本的に他人は忠告をすることや、最低限の手助けしかできない。

 

失敗や傷つく経験すら、個人の人生の権利なのだ。

 

辛いことだが、それが人との距離感だ。

 

依存体質の人は、自分が、特別なソンザイ、を感じるために、相手の個人的な責任の領域に入り込んでいってしまう。

 

相手の心に入り込むために、自分をプレゼンする技術がすごい。

 

いかに相手が弱く未熟か、いかに自分が役に立てるか、いかに必要であるかを、間接的に匂わせたり、優しく、厳しく話をする。

 

非常に献身的、かつ、独特の押しの強さと、譲らない頑固さ。

 

もちろん、本人の頭では、その辺りが脳内変換されて、相手の役に立とうとしている、だけなのでそういう意識はない。

 

健全なメンタルな人は、そのグイグイくる感じが、オモイタイ、押し付けがましい、お節介、恩着せがましい、と感じて

逃げ出すが、

 

同じ依存体質だと、安心や、喜び、悪いな…という罪悪感から、相手の支配を受け入れてしまう。

 

依存体質の人が依存体質の人と引き合うのにはそういう理由があるのだ。

 

でもその結びつきは、愛ではなく同情や、不安、後ろめたさ。でも、それを互いに愛だと脳内変換している。

 

依存体質の人間にとって、その他大勢の扱いと変わらない、役に立てないと感じること、感謝されないことは、とても

居心地が悪く、メンタルを不安定にするいちばんの要素だ。