ぐふふふふ。こんにちは。僕アニえもんでっす!!
スラムダンクの研究・勉強には一切の妥協がないアニえもん。
ふと考えました。そういえば、魚住って中学時代どんなもんだったのかな?
三井・ゴリは明らかになってますが、魚住も同学年。これは妄想せねば!と思いました。
○どの位の強さの学校
魚住の中学の強さを妄想しますと、そこそこ有名だった事が判明します。
田岡監督が、県で一番大きい(身長が)中学生の魚住が陵南に入学する!
ビック純と呼ばれ、その名を轟かせていた。
MVPの三井となら、すごいコンビが出来る!(失敗)
魚住と一緒にチームの柱になる選手が必要だ!と宮城をスカウト!(失敗)
と、魚住を中心にチーム編成が進んでいるのが分かります。
当時の陵南は県内では強豪なので、県ベスト4・8を繰り返していた程度でしょう。
優勝争いをする程ではなかったと思います。
(ゴリが仙道が来てから、本当の強豪に陵南はなったって言ってたので)
これをまとめると、魚住の中学は県でベスト4かと思います。
準決勝で武石中に負けたと思います。
それか、どこかの中学に準々決勝で負けて、ベスト8。
そこそこの強さがないと、県内で有名になれないと思うので。(県大会に出てなければ有名になれません)
また、ミッチーの三浦台戦のシュートを見るだけで、すぐ正体が分かることから、中学時代かなりミッチーを研究していたか、(地区が近く何度か試合した)実際戦って負けたと思います。
○実力
中学時代は、自慢の長身で活躍できても、体力は高校では全く通用しなかったです。
基本のフットワークで毎日バテて、先輩達に、フットワークでバテてどうすんだ。と呆れられます。
池上はちゃんと出来ていたので、中学時代は才能と身長だけで、やっていたのだと思います。
背が高いので、ゴール下にいて、パスもらってダンクかシュート。リバウンドもそんなに飛ばなくても取れる。
DFもゾーンだったと思います。
中学は通用しても、高校は全く通用しなかったと思います(体力が)
性格的に、まじめで正義感があり、正々堂々勝負するのが信条の魚住は2つの挫折をえて、大きく成長します。
1つは、入学当時、まったく通用せず、辞めようとする所です。
田岡監督に、その身長は立派な才能だ!と励まされ、一緒に全国に行こう!と言われ、奮起します。
2つ目は、2年の時、ゴリに完璧に負けた時です。全く通用せず、ゴリに身長がでかいだけ。だと思われているかもしれないと思うと、いてもたってもいられず、自主的に猛練習。
この2つの出来事があり、県NO2のセンターに成長(全国でも通用する実力)
結果的に、魚住の中学は県ベスト4(準決勝で武石中に負けた)
魚住個人の実力は、中学時代は身長と才能まかせで、体力不足だった(あとに克服)です。