想念のブログ
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”速報:ドナルド・トランプ、バイデンの混乱を終わらせるため国家非常事態を宣言”

 

 

久しぶりに

 

投稿します。

 

 

 

第二次トランプ政権、期待しています。

 

11月22日には、2020年のバイデン政権との司法裁判

 

問題が、あることで、覆る可能性。

 

 

その場合は、1月を待たずに、即、トランプ政権として、

 

就任になることに。

 

色々と、大改革の流れが、ますます、

 

活気付きますね〜

 

 

楽しみです❣️

 

 

 

 

”竹中平蔵 田原氏にバラされる❗️非正規をどんどん増やした自民党政権は労働者の為にあらず”



世界観、善と悪、そもそも論

スミマセン、
またまた間が、開きました。

ブログ日記では無く、
~ときど記ブログ~ です。^^;
(今回、長いです。m(_ _ )m)


~今までのふりかえり~

左翼と右翼が闘う世界では無く、第三の道、中翼(仲よく)への提案ブログ。

日本が世界平和へ貢献する道を提示すること。

そして、それを共感出来る方々と共に、世界平和実現に繋げたい。


その願いを込めて始めた、ときど記ブログです。


これまでの数回は...、

先の大戦を侵略だったのか、正当防衛だったのか、どう解釈するのかを一緒に考えてきました。

我が国の侵略面を全て否定出来る訳では無いけれど、1400年~1900年代に渡り、西洋人が有色人種を既に侵略してしまっていた事実。

そして、戦争前、地球上の有色人種の中で実質的な独立国家は唯一日本だけだったこと。客観的に見て、追い詰められて戦争に走った部分はどう見てもあったビックリマークということ。

その中で昭和天皇の戦争に対する捉え方、及び、その責任的な問題は無かったのかはてなマークを途中まで検証し、その事をいくつかの情報ソースから、基本的に天皇は戦争に反対しており、開戦宣言については英米の問題と軍部の問題も噛み合わさって引くに引けない状態となり、已む無く承認せざるをえなかったと推察したところで終っていました。


書いているうちに、読者の方が、じゃあ、昭和天皇が平和主義だったのなら、日本が戦争を始めたのは一体、誰の責任で戦争が良い事だったのか、悪い事だったのか、どう判断するのか?と言う思念となるかもはてなマークとの思いとなりました。




そこで、、、
枝葉的な問題では無く、世界観、善とは?悪とは? 生きること、死ぬこととははてなマークのそもそも論を、先に一緒に考えたいと思う様になったのです。

ちょっと、小難しく感じるかもしれませんが、あしからず~。(^-^)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

昔、統一教会のセミナーに参加したての21歳頃、
テーマ「性形の二性性相と陽陰の二性性相」の学びがありました。

性形は、人で言えば、心と体、モノであれば、性質とカタチ、見たいな精神面と物質面の二面性の在り様。

陽陰は、男と女、オスとメス、雄しべ・雌しべ、光と影、などの陽と陰で成り立ち、陽の中にもさらに陰があり、陰の中にも陽があるけれども、宇宙原理は性形と陽陰の二性性相で成り立っている。」的な説明を受けた。


そこで、手を挙げて質問した。


「善と悪も、陽陰の二性性相にも思えますが、どうなんでしょうか?
世の中、善ばかりの社会になると刺激が無くなり、面白く無い社会になる様にも思えるんですけど…。」




~統一教会の教えでは、聖書の中の創世記を引用し、神は、天地創造の過程で、宇宙を作り、最後に我々人間を造られたのだが、人類始祖であったアダムとエバが善悪知るの木の実を、エバが時ならぬ時に取って食べアダムに与えたことによって悪が発生したという考え。


それは人間の思春期、即ち、人格完成間近な時に、人間だけに与えられた責任分担(自己創造)を全う出来ず、発生したのが罪(天使の誘惑に落ちた)で、未完成な魂に悪が発生した。
との解釈であり、神の創造世界には無いものとする “悪の起源” 指導だった~。

アダムとエバ



その時の講師の返答は、、、

「確かに良く似てますね。しかし、一般的な陽陰は、同じ方向に向かって補完し合うのが神様の創造原理。

善と悪の場合は、目的と方向性が全く180度違います。

故に、神が創造したものでは無いんです。」
との回答だった。


その時は、8割ほど納得したけれども、ハラに落ち切った訳では無かった。


で、統一教会の組織を出た後、神道の教えに触れる事となった。
また、日本文化を改めて思う様にもなった…。


神道には、理論体系だった教えが無いビックリマーク
(((o(*゚▽゚*)o)))


他の宗教には、小難しい教えや理論が数多く語られているのに、正直いって私個人、神道についてはまだまだ判っていません。
ですが、まとまった教えを聴いたと云う人に、出会ったことも見たこともありません。


一般大衆に対して教えが無いようだし、それでいて何千年も伝承され愛されているのか~、不思議だな~と思いました。


また、他にも、日本教とその他、世界的宗教との違いを挙げると…。


ユダヤ教キリスト教イスラム教は、一神教と言われ、または選民思想宗教とも云われる。


逆に日本の神道は、昔から、八百万の神の存在を信じ祀る民族であり、多神教国家として言い伝えられてきている。




また、世界ではあり得ない、日本特有の現象として、一軒の家の中に、12月24日にクリスマスを祝い、大晦日に除夜の鐘を聞き正月に初詣をする家庭も多々ある。信仰心がない訳じゃ無いのに、海外渡航者があなたは何宗?と尋ねられて困る場合もある。一人の人が複数の宗教を寛容に漠然と受け入れた民族です。


事実、明治政府の廃仏棄釈以前は、神仏習合であり、殆んどの地域に神社と仏閣が同じ敷地内にあるのが普通だった時代が有ったというのです。

そしてこの明治政府の仏教を廃し、神道を国の中心宗教に立て、一神教という形を取ったのも、おそらく西洋の影響であり、多神教では世界を植民地化した白人至上主義と対峙することが出来ないと感じ、日本国民をまとめる為の策ではなかったかと推察します。(維新前1863年、明治政府の重鎮となった長州ファイブは、ヨーロッパに秘密留学している。)


故に、大雑把に分けますと、一神教ほど、全般的に観て宗教戦争に利用され易く、結果長い怨念の歴史としてある。

何故、その様になるのかはてなマーク

それは、自分達の信ずる教えが一番ビックリマークという様な選民思想、言い換えれば、天・神(仏)様から最も愛され光りを注がれているという信念❗️的な思想のなせる結果でははてなマークと思われる。

であれば、自分達以外はそれ以下なので、劣るとみがち→指導する→従わなければ排除する。

自身が光そのものなるなら別ですが、光りの中に居る存在は闇が見えなかったり闇を強くしたりすると思います。

皆が皆では無いにしても、一神教はその様なネガティヴな側面が出やすくなるのは否めないのではないでしょうか!?


日本は逆に、山の神、海の神、全ての草木に至るまで、神々が宿る的な捉え方で、木を切るにも家を建てるにも、昔は神主様を読んでお祓いをしていた事実があることからわかる様に “全てを尊ぶ” 思想。
“和を持って尊しとなす” という聖徳太子の遺言にも表れている。
(昨今、実在の人物だったかどうか論争されているが、言葉は生きて伝えられている。)


様々な漫画映画ドラマなども、西洋文化はスーバーマンやスパイダーマンなど、一人の存在がカッコよく大衆を救うヒーローモノが多い中、日本の場合、三丁目の夕日、漫画ワンピースに見られる、皆んなで、力合わせ成り立つストーリーが多い様に思われる。



どちらが良い悪いでは無くその様な性質があるということです。
(一神教を若干弁護すると、一途、一生懸命、真っ直ぐな性質を引き出すところがあるように感じます。)


なので、日本にも、紀元500~600年頃、蘇我氏と物部氏が戦ったと云われる時代がありましたがそれ以外は、日本国内に置いて宗教思想を理由に戦争に発展した形跡は見られません。(豊臣秀吉時代や徳川幕府時代にキリシタンを迫害したが、それはキリスト教を盾にした西洋の侵略目的であると見抜いた為→世界の植民地された国は先に宣教師が先に行き、そこから商売人が行き最後に植民地となっている。)


宗教戦争の原因の一番は、互いが自分達に正義があるとする考えそのものが、闘いを誘発することになった一番の原因。との意見に殆んどの人は理解されるでしょう。


再度、噛み砕いて言いますと、西洋的な思想は、善と悪が分かれている善悪二元論であること。

日本古来の八百万思想に立脚した場合、善悪統合思想であると言えるのではないだろうかはてなマーク

即ち、二つのタイプの人間教師に例えると、
Aタイプは、善悪二元論に立脚し、自分が完璧な迄に善に立脚、自己肯定感を持ち、悪を嫌い排除意識が高く、ゆるしや寛容さ無く生徒に臨む。すると生徒は反発し素直になれない。


逆に、昔ヤンチャし不良あがりの熱血先生Bタイプは、不良生徒が、環境や状況によって悪に至ったという気持ちも理解出来るゆえ、単に責めるのでは無く思いの根底に理解を示し内面の孤独や辛さを察しつつ、厳愛を持って臨む為、生徒も愛を感じ更生出来た話は、枚挙にいとまがありません。


そこで、思い出しました。


統一教会でも、神が悪を創り出しておらず、神を善の立場において、神は親であると言いながらも、その外側に悪を置いていた善悪二元論だったと。


自分自身の過去の心境過程を振り返ると恥ずかしい考え方を持っていた幼い御魂の自分も居るし、そのような出来事もありました。

まさにそこに焦点を当てた時、人に対し自分の中から自戒と謙虚を取り戻し、優しさが引き出された気がするのです。

神が人の親であれば、痛みや哀しみを理解出来ない筈が無い。

ということは、神も悪を抱えながら生きて来られたのでは無かろうかと、そう思い馳せるだけで涙線が弛みます。

日本神話に出てくるスサノオの神は散々暴れて悪いことをしたが悪神とは呼ばれず、荒ぶれた神と記されている。これも日本の善悪統合の寛容な見方がされている感性の国ならではのような気がします。

日本神話



しかし、考えてみると、善悪概念は、人間以外の自然界には観られない。
そして、善悪概念は時代や地域、経験や知識などによってまちまちです。


人間は自分達の視点が正しいと思い込む癖があり、勝手に善とか悪とか決めている。
例えば、ライオンが鹿や獲物を襲い食べる。その一面だけ観るとライオンは非情だと感じる人もいるかもしれない。
しかし仮に、食物連鎖の頂点に立つ肉食獣が地球から居なくなってしまったらどうなるはてなマークと考えを拡げてみてはいかがだろうかはてなマーク

どんな事が考えられるか

草食動物は長命で、草を食み繁殖力は旺盛だ。もし彼等が地球上に無制限に増えたとすれば、もしかしたら、地球上は、緑が限りない少なくなり、動植物や人間にとって住みにくい地球にならないだろうかはてなマーク

であるならば、もしかしたら、肉食獣は短命だ。
神々が肉食獣を草食動物を無制限に増えなくする監視員的な役割として食物連鎖の頂点に置いたのかもしれない。と云う考え方も出来なくは無いだろうビックリマーク
故に短命で終らせるのではと。

また、人間は、いのちを害する存在を悪なる存在に位置づけがちだけれど、
例えば、カ・ゴキブリ・腐敗菌・ガンなどの病気などなど、

循環農法なずなの会の赤峰勝人さんは、野菜に着く虫や菌、雑草に至るまで、神虫、神菌、神草と呼んでおられます。

何故ならば、今までの農家の価値観であれば、それらの存在が生活の妨げとなる敵の様な存在であり、農薬や除草剤を掛けて殺す対象でした。


それを赤峰さんは、本来人間が食べてはいけない、亜硝酸態窒素という人間にとって良くない成分が含まれる野菜をどんどん食べてくれていたのが虫や菌だったり、人間にこのままでは不味いよと教えてくれていたことを発見したと語られ、雑草と思っていた草さえも土の成分を豊かに変え、耕してくれていたと仰るのです。


ナントビックリマーク
人間が自分達の目先の都合で、良し悪しを判断していた。(ノ゚ο゚)ノ

そういうことだったんですね~。


だから、大量生産・大量消費時代となった現代社会は、自然界を我が物顔で、傲慢にも破壊し尽くして、異常気象等やアトピーアレルギーなどを通じて、警鐘がメッセージされていると観て間違いないビックリマーク
その様に確信するに至りました。


ゆえに、私達は自分の心理に都合の良い見方で、世界を見ているようで、魂の目で観てこなかったのかと、ふりかえるきっかけとなりました。

サヨク的な視点、ウヨク的な視点でそれぞれに見ている方々も、一旦、枠を外して観察することによって、違った風景が見えてこないでしょうかはてなマーク


例えば...、
僕はこれにも驚きましたが...
日本の建国理念は、紀元前660年2月11日、神武天皇により「八紘為宇」をめざそうと発布されました。
意味は一言でいうなれば、地球人類一家族社会です。

よその国では、勇敢に戦おうとか、敵をやっつけようとか、国のために力を尽くそうとか、そんな意味の言葉が羅列されている中で、日本の君が代も建国精神も平和を謳っているんですね。



ゆえに地球人類一家族社会実現が建国理念で、それを素直に実行しようとするならば、日本人の意識次元は国を守るだけで留まってしまうのは、その願いからずれてしまうんだ、素晴らしいビックリマーク~、と思ってしまいました。

とは言っても、何度も言いますが、中国のような覇権思想(自国拡大中心主義)的考え方にどう対応するかが問題ですね。
いくら理念が素晴らしくても、そんな中国や韓国と兄弟国として仲よくするのは、難しいと思われますので、そこをどうするか
ビックリマークですよね。


 しかし近年、様々な出会いから、特定の人々の日本文明DNAが目覚め、続々と花開き発信し始めていることを感じています。

 後々、少しずつご紹介したく思いますが、よろしければ今しばらく、宇宙観、世界観、死生観、探求の道をお付き合いください。
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