想念のブログ -3ページ目

自己の変遷と先の大戦について

昨日、第一回テーマを
「内観と世界平和❶」としましたが、最終段階でお伝えしたいことでしたので、「❷」以降は先延ばしとさせて頂きます。

お伝えしたいことをどの様な展開でお話しすべきか改めて悩み、自身の体験の流れに基づいてお話しを進めたいと思います。

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僕は、20歳の頃、自衛官でした。

何故、自衛隊に入ったかというと家が貧乏、学も無かった為、高校を卒業し就職という時に、“どうせ生きるなら後悔の無い人生を生きたい” “人は苦労しながら何を目標に生きてるの? お金? 地位? 名誉? 違うな~、何なんだ”

悩んでも答えが見つからず “兎に角自分を鍛えよう” そう思って誘ってくれていた自衛隊に入隊。

そして、入隊2年後に出逢ったのが、桜田淳子で有名になった統一教会です。

宇宙の成り立ち、神・人・万物との関係、神が人を作った理由、あの世とこの世の存在理由、などなどです。

大方の価値観は、一般の仏教キリスト教などで語られる内容とほぼ同じでしたが、違いは生まれ変わりは無く、亡くなった霊が生きてる人にツイテ一緒に成長するというもの。

そして、後に間違っていたな~と思う様になったのは、近代歴史観。
日本が、アジアを侵略したという一方的な捉え方。

そして、39歳当時、教祖さまからの方針で、環故郷し、親族縁者に道を広めなさいという御達しがあり組織を出ることとなりました。


しかし、今は亡き家内の出身地は新潟、僕は長崎の五島列島という極端に離れていたため、ヒロシマにとどまり、独立し、人の2倍稼ぎ、親類縁者と交流しようと決意。
電話一本で俗にいう「便利屋さん(何でも屋)を始めました。


それまで、若き青春時代を修行とも言うべき道で過ごし、宗教組織を出る数年前から、組織の変質、また指導に違和感を覚えていた感覚があったので、一般社会に出てからは、自営業の傍ら、自由に情報を学び始めました。

そして、最も違っていたことに気付いたのが、歴史観と善悪二元論的捉え方の問題でした。


まず、歴史観の違いというのは…、
統一教会においては、日本はアジアを侵略したという考え方が基本となり、一時期、悪に支配されたという見解でした。

しかし、組織を出てからは、神道、もっと云えば天皇文化に出逢って後は、日本は白人による有色人種、特にアジア植民地解放という為に、犠牲を果たす運命を辿らせられたという見解となったのです。


何故ならば、1400年代、イギリスやフランスなどで産業革命が起き、全世界を航海出来る様になった西洋列強は、南北アメリカ大陸やアフリカ、アジアなどを悉く植民地化し、1941年の日米開戦直前における、アジアでの独立国は、タイと日本しか無かったのです。

タイはイギリスとフランスの緩衝地帯として、辛うじて存在していただけなので、真の独立国だったのは有色人種の中で、世界で唯一、日本だけだったと言っても過言じゃない状態だったということ。


それは凄くショックでした。
日本が侵略したのでは無く、もうアジアは既に侵略されてしまっていたのです。

確かに日本は1941年時点では、満州国や韓国を統治していましたから、侵略というレッテルを貼られてもしようがありません。


がしかし、明治維新それ以前から、西洋列強はアジアアフリカを数百年に渡り支配。


いずれ韓半島が他国に侵略される可能性が高いと見た日本が韓国を独立させ友好国に育てる想いを持っている中、1894年日清戦争となり、その後やはり韓半島をめぐって日露戦争となり、奇跡的に勝利し、結果満州を手にすることに…。

総合的に観て、日本も、西洋列強のモノマネをし、アジアに進出したという側面も否定は出来ません。

がしかし、長年に渡り有色人種が彼等に搾取された歴史が既にあって、石油・鉄鉱石等、資源の無かった日本は大陸に進出しなければ、いずれ時間の問題で、彼等に支配される。


その様な危機を感じ、防衛上、その様な挙に出ざるを得なかった。そんな危機意識は現にあっただろうと、以下のマッカーサー発言からも読みとれます。

ー 1951年5月3日、米国上院軍事合同委員会の公聴会においての、GHQの最高司令官だったダグラス・マッカーサー「真実の証言」

「………潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接したいずれにも劣らぬ優秀なものです。
歴史上のどの時点においてか、日本の労働者は、人間は怠けてゐる時よりも、働き、生産してゐる時のほうがより幸福なのだとゐふこと、つまり労働の尊厳と呼んでもよいやうなものを発見してゐたのです。 これほど巨大な労働力を持ってゐるといふことは、彼らには何か働くための材料が必要だといふことを意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有してゐました。
しかし彼らは手を加へるべき原料を得ることができませんでした。
日本は絹産業以外は、固有の産業はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫が無い、ゴムが無い。その他実に多くの原料が欠如してゐる。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在してゐたのです。
もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万か一千二百万の失業者が発生するであらうことを彼らは恐れてゐました。したがって彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです。〉
(東京裁判日本の弁明「却下未提出弁護側資料」小堀桂一郎編 講談社学術文庫)

内観と世界平和 ❶

昨今、安倍政権が憲法を解釈改憲し憲法違反していると、国民の反対の声が盛り上がり、国の行方が混沌とし不安定となっている。

日本丸というこの船は、一体どこを向いて、行くべきか⁉️ 私達一人一人が真剣に考えるべき時が来ていると思う人は多いのではないだろうか?

何故なら…、
国際紛争の最終解決策が軍事力によってしか解決出来ないとする安倍政権。それを支持する多くの人々がいるから、安倍さんも元気に主張出来ている。

その安倍政権が望む方向性に無節操に従っていたりすると、先の大戦がそうであった様に、国民を戦乱に巻き込み、数百万・数千万の国内外の人々を死に追いやることに不本意に繋がる可能性を多くの人々は、危惧している。

逆に、9条を堅持することのみを訴えてそれ以上の提案が出来ない人々。
今の日本が置かれた現状は、世界から信用を失い始め、政治的な体力気力が失われつつある米国との日米安保頼みだけで何もしなければ、チベット・ウィグル人をかなり殺害し実行支配した中国などの動きにどう対応するか?
また昨今、南沙諸島などを実行支配し始め、沖縄の反米基地に乗じて沖縄独立応援エールを送るなど、様々に支配範囲を広げている状況に、今のままでの世界潮流の中での日本丸では、世界の荒波を渡って行けそうには見えないからです。

ゆえに、右翼でも左翼でも無い、第三の道が切り開かれなければならないと考える。

というよりも、第三の道は切り開かれようとしていると僕は感じている。

その気付きをこのブログを通じて、凡ゆる角度から、多くの人に提案し共有し合えることを望んでいる。

これからの日本は、議員と云う選挙民だけで、社会を考えるだけでは変らず、在野である我々一般庶民自体の意識次元上昇が自然発生しなければ、良き方向へと進むことは出来ないだろうと確信する。

その第三アプローチは、凡ゆる角度から、見たお話となりますので長くなります。

なので、今日はこの辺で終りにし、明日、また書き足そうかなと思います。

再々の久々投稿です。