スーパーにあったらいいなと思うお惣菜は? ブログネタ:スーパーにあったらいいなと思うお惣菜は?
安くて魚介類が入っているぉ惣菜 
もうすこし、生きてみようじゃないか・・・
もうすこし、生きてみようじゃないか・・・
もうすこし、生きてみようじゃないか・・・

・ 幸福とは、“感謝の心”そのものである

生涯で、どれだけ「ありがとう」と思えるかが、その人の人生の幸福度を決めるという意味です。そして、自分の欲望を満たそうとするだけの人には、決して幸 福は現れないということです。何故なら、人が幸福と感じるその瞬間は、自分が誰かの役に立っているとき、また、誰かが自分の役に立っているときだからで す。

勘違いしやすい部分なのですが、決して誰かより地位や名誉や財があって、崇められる存在であるということでも、誰かを利用し自分に利益がもたらされるよう に仕向けることでもありません。あくまでも、「与え・与えられ」の共利共存・もちつもたれつの「存在の法則」を意味します。そこに我田引水、私利私欲は 持ってはならないのです。ただひたすら、与える気持ちを持ち続けることが必要です。

でも、そうは言っても誰もが幸せになりたい、余裕を持って暮らしていきたいと思うはず。
自分のことで精一杯で、まわりよりも優位でいたい、自分が苦労したり不幸になってまで見ず知らずの人のために尽くせません。

人は個として生まれた以上、それを守るために自分勝手に生きることしかできません。でも、良く考えてみると、コップ一杯の水にしろ、米一粒にしろ、その見 ず知らずの人が自分に恵みをもたらしてくれていることに気付くはずです。そして、自分自身の存在が知らず知らずに、まったく見識のない人の生活を支えてい るということにも気付くはずです。

見ず知らずの誰かの哀しみ、喜び、怒り、楽しさは、言葉や音楽、絵画、世界情勢や文化・文明・国家・宗教…色々な媒体を通じて、必ず自分の心に届きます。だから、自分の哀しみ、喜び、怒り、楽しさもまた、色々な表現媒体を通じて見ず知らずの誰かに必ず届くのです。

「作用・反作用の法則」…ある物に力を与えると、それと同等の力が返ってくる法則。
不思議なことに、“心の働き”にも同じようにその法則は適用されます。それ故に、人の表現すること、生きることとは、自分のためであり、そしてその“見ず知らずの誰か”のためにあるということなのです。また、妬み・嫉み・恨み…負の力にしても同じことです。

それはボランティアだけのことではなく、勉強やスポーツやその他趣味事に没頭することももちろん自分なりの人生を精一杯生きるということ、また自分が酷く傷付いてしまったとしても、人の心の痛みを知ることができたと思えば、その経験は自分と誰かのために必ずなるのです。

自分が感謝の念を誰かに・何かに対して持つとき、いつかの自分が誰かから・何かから感謝されているということなのです。だから、「ありがとう」と言葉を発したその瞬間に、人は幸せを感じずにはいられないようです。

参:人を呪はば穴二つ、人を祝はば福二つ