最近、アンガーマネージメント(怒りのコントロール)という用語を、新聞やテレビでよく見かけます。そういった記事の多くは、どのような方法で「自分に怒りがあることに気づくか」、についての説明が欠けていると思います。コントロールする前に、「自分は怒っている」と気づけなければ、コントロールの仕様がないでしょう。

 

 うちの患者(Tさん)との面接の断片です。

 

<・・・Tさんの場合は、怒りが強すぎるせいで、眠れなくなったり、血圧が上がったり、動悸がしたり、疲れやすかったりしています。怒ると、エネルギーをものすごく消費するので、長く続くと、うつ病になってしまったりすることもあります。自分の怒りにできるかぎり早く気づいて、いち早く離れることが出来れば、エネルギーを消耗せずに済むので、自分が楽になるよ>と。

 

「先生、それ知ってます。アンガーマネジメントというやつでしょ。6秒間怒りを我慢すれば、怒りがおさまって、落ち着けるんでしょ。新聞で見たのでやってます」と。

 

<「6秒間怒りを我慢すれば」とはいうけれど、そもそも、「自分が怒っている」と、その場でいち早く気づくにはどうしていますか。自分の怒りに気づいていなければ、我慢の仕様もないでしょ。あおり運転やって、警察に捕まってから気づいたのでは、時すでに遅しです。その場でいち早く「今、怒った」と気づくことは、結構難しいものなんですよ。一晩寝てから、昨日はカミさんにずいぶん腹を立てていた、なんて思うことが私もあるけど、それでは時すでに遅しで、腹立ちにまかせて、言うべきでない言葉を発してしまっているんです>と。

 

「そうかなあー?私は怒った時には、自分で気づいてるつもりなんですけど>と。

 

<仏教的な見方では、怒り「瞋恚(しんい)」の範囲はとても広くて、嫉妬、物惜しみ(けち)、後悔など、自分の思い通りにならないこと(苦)に接すると、瞬間的に湧いてくる感情です。電車に乗り遅れる、仕事がはかどらない、出かけようと思ったら雨が降ってきたなど、それだけのことでも相当に強い怒りが起こってるんです>と。

 

「電車に乗り遅れたくらいでは、自分が怒った、とは気づいていませんでした。それでいくと、(怒りに気づくことは)結構難しいかもしれませんね」と。

 

<ところで、アレ(手動瞑想の動作をしながら)やってます?>と。

 

「ごめんなさい、忘れてました。最近サボってます」と。

 

<アレは、小さな怒りにでも、いち早く気づいて、いち早く(6秒を待たずして)離れることが出来るようになるトレーニングなんです。手動瞑想を習慣化していると、手動瞑想をやっていない日々の生活の中で、いろいろなバリエーションの怒りに早い段階で(ボルテージが上がらないうちに)気づくことが出来るようになります。早い段階で気づくことが出来れば、6秒間も我慢しなくても、無意識レベルで(意図せずして)怒りから離れることが出来ます。手動瞑想の成果を上げている人は、自分ではそれが成果だと気づいていなくとも、「以前は腹立たしいと思っていたことが、前ほど腹が立たなくなりました」と言ってくれます。本当の効果は、そういうものなんです>と。

 

「わかりました。またやることにします」と。

 

 精神障害の心理的ストレスの大半が、“仏教的な怒り”であることを日々痛感しています。それ故に、手動瞑想を使ったマインドフルネス認知療法は有力な手段であると考えて、多くの患者さんに勧めているのですが、手動瞑想を習慣化できている患者さんの数は、なかなか増えません。巷には、やればすぐに効果が現れる(ことになっている)治療法があふれていますが、そんなに甘くはありません。本当の治療効果を得るには、どんな治療法でも、継続する忍耐が必要なんです。

  *参照:『手動瞑想の成果とは』

 

 令和元年最後の記事は、“おじいちゃん先生の泣き言”になってしまいました。

 ここ数年、年末年始の休みには長編小説を読むのが、おじいちゃん先生の習慣になっています。長編小説を細切れに読んでいると、前に書いてあったこと忘れてしまい(生理的レベルの物忘れだと思っていますが)、面白みが半減してしまうからです。

 

 それではみなさん、よいお年をお迎えください。来年もよろしくお願いいたします。