病状が良くなると、患者さんは過去を振り返って、よくなった原因をいろいろ説明してくれる。聴いていて、私も悪い気はしない。その反対に、病状がよくならない原因をいろいろ説明してくれるのを聴き続けるのは辛い作業である。しかし、どちらの話も“後づけ解釈”であって、本当のところはよくわからない、ということを長年感じてきた。
この“後づけ解釈”のことを、最近の脳科学(認知神経科学)は、精密な脳の研究を通して、わかりやすく説明してくれている。
「自分の行動に対する説明は、すべてが後づけの観察に基づいた後づけの説明だ。無意識で行われた処理は織り込まれていない。それだけならまだしも、左脳は、整合性のあるストーリーにはめこむためなら捏造もやりかねない。・・・意識上にのぼってきたことが説明の叩き台になるわけだが、現実には行動も感情も私たちが自覚する前に起こっている。その大半は無意識プロセスの結果なので、説明で言及されることはない。・・・・・「原因はどこにあるの?」とつい探りたくなる。しかし、実際は、常に存在しているいくつもの精神状態と、外からの文脈の影響力がぶつかり合っているなかで、脳は機能している。そのうえで、私たちのインタープリター(持てる知識を総動員して、状況と矛盾しない後づけの答えをこしらえる、左半球にある解釈装置)は「自由意志で選択した」と結論づけているのである・・・。
『“わたし”はどこにあるのか』マイケル・S.・ガザニガ著より。
このような認知神経科学の成果を踏まえると、医者も患者も、後づけ解釈には騙されないようにしなければいけないと思う。後づけ解釈を前提として治療を進めていくことの危険には、常に注意が必要だ。母親を攻撃するPTSDの患者さんの話を聴いていて、私自身も後づけ解釈に、いつの間にか乗せられていることに気づいてゾッとすることがある。それでは、治療を進めていくうえで、後づけ解釈に騙されないためにはどうすればいいのか?
K子さん 40歳 通院歴8年 診断名:PTSD、 強迫性障害、気分障害、
母子関係の悩みを抱えている患者さんは数多くいる。K子さんも、過去に母から受けた仕打ちがトラウマになっている。しかし、その中には後づけ解釈が含まれていて、それが生涯続くかの如く思い込んでいた。ある日の診察の中で、<・・・お母さんとの関係が、過去、現在、未来と変わらないままに続くように錯覚していませんか。7年前に初めてここに来た時のあなたと、今のあなたとは、ずいぶん変わったと思いませんか。7年前のお母さんと、今のお母さんとでは、何か変わったと思うところはありませんか。たとえ、お母さんが変わっていないとしても、あなたが日々変わっているのだから、お母さんとの関係も日々変わっているはずです。7年前からは、私もその関係に関わっています。だとすれば、これから先も、その関係は変わり続けていくはずです。どう変わるかは予測できませんが、良い関係に変わっていくように、これから工夫していきませんか>と伝えました。(過去ログ:母子関係における“仏教的見方”とはより一部引用)
無意識下において(無自覚的に)、脳の働き(心)は自動的に変化してきたし、今後も変化していく。だとすれば、後づけ解釈はとりあえず手放して、良いと思うことを何でもやってみよう、という視点を持つことが大切だと思う。仏教的見方に言い換えてみると、<無常のおかげで、身体も、感覚も、感情も、思考も、記憶も、習慣も、意思も、価値観も、人生観も、・・・常に変化しています。『これが私』という考えや思いさえも、すぐに変化していきます。あまりにもすばやく生まれて消えているため、それに気づくことができないだけです。この無常の流れをプラスに利用しない手はないでしょう>と。
とは言っても、後づけ解釈はしぶとくまとわりついてきて、そう簡単に離れてはくれません。K子さんは、私が勧める“手動瞑想認知療法(ヴィパッサナー瞑想)”に熱心に取り組んでくれています。無意識下において(頭だけでわかるのではなく)、後づけ解釈がでっち上げかもしれないと気づいて、それを手放す助けになってくれることを、私は期待しています。患者も医者(私)も後づけ解釈に騙されないために、ヴィパッサナー瞑想は有力な手段の一つになってくれると思う。
補足:“後づけ解釈”というのは、精神障害に限らず、すべての人の日々の思考や感情、その結果としての行動に潜んでいるものだ、ということはお忘れなく。人間の脳の働きが、そういうふうにできている、ということです。誰もそれを免れることはできません。
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