母子関係の悩みを抱えている患者さんは数多くいる。過去に母から受けた仕打ちがトラウマになっていて、それが生涯続くかの如く思い込んでいるために、症状の改善が妨げられている。そういう患者さんに対して、最近の私が投げかける言葉は、<○○さんは、お母さんとの関係が、過去、現在、未来と変わらないまま続くように錯覚していませんか。○年前に初めてここに来た時のあなたと、今のあなたとは、ずいぶん変わったと思いませんか。〇年前のお母さんと、今のお母さんとでは、何か変わったと思うところはありませんか。たとえ、お母さんが変わっていないとしても、あなたが日々変わっているのだから、お母さんとの関係も日々変わっているはずです。〇年前からは、私もその関係に関わっています。だとすれば、これから先も、その関係は変わり続けていくはずです。どう変わるかは予測できませんが、良い関係に変わっていくように、これからも工夫していきませんか>というものです。すべての患者さんに、ピタッとはまるわけではありませんが、上手く反応してくれる患者さんもいる。こういう言い回しを、私は仏教から学んだ。いはゆる、無常、縁起(相依性)、といった概念からである。無常だからこそ、母子関係も固定したものではなく、日々変わっていく。未来に向けて良き縁を求めていけば、よき結果も得られる。ところが、母子関係を重要視するあまり、患者さん自身がそれにとらわれることを、治療者が助長してしまう場合がある。“仏教的見方”にはそういう心配がなく、未来志向型の精神療法と言えるのではないか。そして、手動瞑想が“仏教的見方”への橋渡しになってくれることを、私は大いに期待している。もっとも、仏教瞑想(ヴィパッサナー瞑想)が、“仏教的見方”を得るための実践であることを思えば、言わずもがなの事といえよう。