高齢老人に対しての、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の使用は、転倒や意識障害、注意機能の低下により認知症が進んだように見える、などの原因となりうるので、できる限り避けたいところです。

 しかしながら、うつ病だけの患者さんは抗うつ薬だけで治療が可能なことが多いが、不安障害を合併している場合や不安障害だけの患者さんには、何らかの形で(頓服用なども含めて)抗不安薬を併用しないと、日常生活の質(QOL)が低下してしまうことが多い。

 私が最も多く使っている(これしか使えない?)、メイラックス(半減期100時間以上の長時間型)もその一つですが、メリットがデメリットを上回ると判断した場合には、高齢者でも使用を継続します。その際、個人差はありますが、80歳になるまでに、時間をかけゆっくりと減量して、1日当たりメイラックス (1) 0.5錠以下、メイラックス (1) 0.5~1錠屯用、ソラナックス(0.4) 0.5~1錠の屯用、のどれかに達することを目標としています。うちのクリニックで、現在、メイラックスを服用している80歳以上の患者さんは18名。そのうちの17名は、上記の目標を達成していました。

 もっともこのやり方は、高齢者だけでなく、不安障害の治療を受けているすべての世代の患者さんにも通用するやり方だと思います。その際注意すべき点は、焦らないで、十分な時間をかけて減量することです。薬の減量よりも、QOLの向上を優先させることが大切ですQOLの向上は好循環を生み、薬の減量がむしろスピードアップします。しかし、何らかのライフイベントが重なってストレスが高まったときは、一時的にメイラックスの量が増えても構いません。ストレスが去ったらまた減量すればよいのです。このような使い方ができるのが、メイラックス(半減期100時間以上の長時間型)の特徴だと思います。とにかく、メイラックスの副作用(デメリット)を被ることなく、メリットだけをいただいて、結果として幸せな人生が送れればと考えています。

 

 先日、N子さんの息子さんが受付に現れ、「母は5月に亡くなりました。長い間ありがとうございました。先生によろしくお伝えください」といい、菓子箱をおいていかれた。有難いことで、“お菓子以上のお土産”もいただきました。

 

N子さん、85歳、通院歴21年、診断名:不安障害、身体表現性障害、神経性不眠

 「もともと病気のことを気にしちゃう」性格だったという。55歳時(30年前)、高血圧を内科で指摘され、以来10年間、降圧剤に加えてソラナックス (0.4) 3錠が投与されていた。内科医は、不安障害を合併した高血圧(変動が大きい?)を想定していたのかもしれない。

 平成9年8月、公立の○○病院の精神科を受診。不眠症と(だけ)診断され、サイレース (1) 1錠、ハルシオン (0.25) 1錠が処方され、当クリニックに転医。

 平成9年8月(65歳)、初診時、「サイレース (1) 0.5錠、ハルシオン (0.25) 0.5錠のめば寝られる、でも、夜になると怖くなっちゃって、頭がパニックになっちゃって、昼間も台所にいても、動悸がする。主人と息子の帰りが遅いと、のどが詰まってきて、食道が塞がったみたいで、何度も水を飲む・・・」などと訴えた。内科で処方されていた、ソラナックス (0.4) 3錠がストップされたことによる軽い離脱症状と、もともとの不安障害、身体表現性障害が表面化しているものと思われた。メイラックス(1) 1錠 の処方で安定。長年悩んでいた、浮動性のめまい感も消失した。その後、10年間かけて、メイラックスを、行ったり来たりしながらの減量(この間には様々な出来事があった)。メイラックスに加えて、1か月に2~3回不安時に、ソラナックス (0.4) 1錠を屯用、サイレース (1) 0.5錠を不眠時に屯用、でやっていた。

 平成19年3月には、サイレース (1) 0.5錠を毎日、「頭が痛くて、軽くフワッとするとき」に月1回ぐらい、メイラックス(1) 1錠を頓用、にまで減量できた。

 平成25年12月「頭も体もいたって元気なんですけどね、膝が痛くて歩けなくて困っている。今度からは息子に薬を取りに行ってもらうので、よろしくお願いします。薬はサイレース (1) 0.5錠を眠れない時だけ飲んでいます。」と電話が入った。以後、平成30年3月までの5年間、約3か月に一度、「いたって元気なんです、何時も急に薬だけですみません、息子がいきますので」と、本人から電話があり、息子さんが来院して、サイレース (1) 30錠を持って帰られていました。抗うつ剤を使わず、抗不安薬のみで不安障害の治療を行った、数少ないケースでした。いつも笑顔で、人懐っこく、他人への配慮が行き届いていたN子さん。ご冥福をお祈りいたします。

 

過去ログ:*薬を飲み続けるという判断、*ベンゾジアゼピン系抗不安薬の実践経験(3)、も参照ください。