日々の診療において、手動瞑想のやり方を患者さんと話し合う中で、私が最も重要視しているのは、雑念処理の問題です。瞑想中に沸々と浮かんでくる思考をどう処理するかという問題です。雑念(思考)が浮かんだことに気づき、いち早く、手の位置確認に戻るかということです。“手動瞑想認知療法”が目標とする最大の成果は、うつ病や不安障害の患者さんが、病状が回復した後でも、知らず知らずのうちに日常的にやってしまっている、“心配や後悔”にいち早く気づき、その思考から自然に離れることができるようになることです。

 

 「思考だ、と気づくこと」と「思考すること」は違います。「思考する(考え事をする)」ということは、一つの思考から次の思考が生まれ、その思考からまた次の思考が生まれ、また次々にずっと思考が続いていくというものです。例えば、瞑想中に「明日は病院に行く日だ・・・診察券忘れないようにしなきゃ・・・途中でATMに寄ってお金おろしておかなきゃ・・・通帳に残金いくらあったかな・・・給料日までまだだいぶあるな・・・」のように考え始めてしまうことです。「明日は病院に行く日だ・・・」という思考が浮かんだことに気づいたら、いち早く、手の位置確認に戻ってください、それをただ繰り返すだけです。といった説明をしています。

 

 このように説明をしても、患者さんの多くは、「考えちゃいけないんですね」「考えないようにするんですね」「考えから気をそらすんですね」と返ってくることが多いので、<自分の意思でその雑念から離れようとするのではなく、雑念(思考)が浮かんだことに気づいたら、何はともあれ、それを放っておいて、手の位置に「パッ、パッ」と気づくことに戻ってください(プラユキ流)>とも説明をします。

 

 五感、思考、感情などから、執着しないで離れる方法を、いろいろな人が、いろいろな言葉で表現してくれています。いくつか列挙してみると、

 

   ①    気づいて、そのままにしておく

   ②    気づいて、放っておく

   ③    あるがまま、受け入れる

   ④    何が来ても、オッケー

   ⑤    Let it be

   ⑥    眺めるだけ

   ⑦    浮かばせておく

   ⑧    手放す

   ⑨    追いかけない

   ⑩    あきらめる

   ⑪    ドンマイ、ドンマイ、

   ⑫    しょうがない、しょうがない

 

 これらはもともと、『言葉にできないもの』と言われていますが、これらの言葉の助けを借りると、瞑想技術の向上には大いに役立ちます。日常生活の中でも、「“心配や後悔”をやっているな」と気づいたら、これらの言葉を何回か唱えると、そこから脱出する助けにもなってくれます。はじめは、自分にしっくりいくものを利用すればいいのではないかと思います。私が好きなのは、<放っておく>と<しょうがない>です。瞑想を習慣化していくと、これらの言葉の助けを借りなくても、雑念から自然に離れられるようになります。ここまでくれば、医療レベルのヴィパッサナー瞑想としては、すでに相当の成果が得られているのではないかと思います(自分では成果と気づけなくとも)。

 

参考:過去ログ、「手動瞑想をやってる感じ」とは、では「思考だ、と気づくこと」と「思考すること」は違う、ということを実生活の中で体験できたケースを紹介しています。