平成30年4月10日、Y子さん来院。<何かお困りのことありませんか>と尋ねると、「花粉症以外はなにも困ってません」と。そして、「あの時、先生と喧嘩しそうになったけど、あの薬、やめなくてよかった」と言って笑った。
Y子さん、昭和15生(78歳)、初診日:平成11年7月、診断名:うつ病
これまで、平成11年7月~平成12年5月(10か月間)、平成14年8月~平成14年10月(3か月間)、平成17年9月~平成17年10月(2か月間)、と3回の通院歴があった。いずれも、「一人でいると、胸がドキドキして、息苦しさがある。それには予感みたいなのがあって、じっと我慢すると通り過ぎる」「ちょっとしたことで、気持ちが動揺するし、昔のことを思い出すと涙が出てきたりするので嫌になる」といった不安抑うつ状態で、デプロメール50mg、メイラックス0.5mg程度の処方で完全寛解に至った。
当クリニックへの通院の終了後も、日常的な悩みや不安障害的傾向はあって、一日当たり、デパス(0.5)3錠、ハルシオン(0.25)2錠を、内科からもらって常用していた。
平成28年7月頃より、「苦いつばきが出る、味がわからない」を主訴として、大病院の口腔外科、味覚外来、ペインクリニックなどを転々とした。平成29年3月、○○大学病院の漢方医学研究所を受診したところ、『漢方では治らない。心療内科を受診しなさい』と言われて、当クリニックのことを思い出したという。
平成29年3月24日、13年ぶりに当クリニック再受診。主訴は、「3~4時間で目が覚めて、また寝るということが前のようにできない。これまでやっていたことが、全部嫌になってやめた。テレビドラマが見れなくなって、本が読めない。不安とイライラで、夕方になると冷や汗が出る」と。かつて通院していた時とは違って、立派な“うつ病”の症状があり、リフレックス(15)1錠で治療開始。この時、体重は53㎏。
平成29年4月3日、「最初の2日間はすごく眠くて、これが続いたらどうしようかと思った。パニックになってパーッとものを食べたりしなくなった。夕方、気分が落ち込まなくなりました。不安やイライラも少しずつとれている。食欲も出て太りました。テレビを見たり、桜を見たいなと思うようになった」と。うつ症状は速やかに改善していた。
平成29年5月29日、「食べるのが止められなくて。リフレックスは飲みたくない」と、強く訴えた。<この薬を飲み始めてまだ2か月しかたっていないし、今やめると元に戻ってしまう。これに代わる薬は他にないので、もうしばらく続けませんか>と伝えたが、なかなか納得してもらえず。「話し合いのうえで(一時緊迫した雰囲気に陥ったが)、リフレックス(15)0.5錠に減量することで、合意に達した。この時、体重は57㎏。
平成29年6月27日、不安抑うつ症状が再燃。「夜中にまた目が覚めるようになった。食欲が出ても構わないから、薬を戻したい」と言うので、リフレックス(15)1錠に戻した。
以後順調に回復。平成29年9月、体重は一時59㎏まで増加(6㎏の増加)したが、平成29年12月に入ってから、「味もわかるし、つばきも出る。嗜好が変わって、甘いものが欲しくなくなった。週三回の健康マージャンが楽しくて、人ともしゃべるし」と。うつ状態の改善に伴って活動量が増え、体重は徐々に減少していった。
そして、平成30年4月10日、「あの時、先生と喧嘩しそうになったけど、あの薬(リフレックス)やめなくてよかった」と言って笑ったんです。うつ病は完全寛解に至っていて、処方薬は、リフレックス(15)1錠、メイラックス(1)0.5錠(一日おき)、ハルシオン(0.25)1錠、眠前に一回投与(デパスが中止できたのはメイラックスとのスイッチによる)。そして現在の体重は53㎏に戻っている。
リフレックス・レメロン(ミルタザピン)という抗うつ薬は、日本では平成21年(2009年)に発売されました。内因性のうつ病に対して、最もよく効く抗うつ薬だと私は思っています。レクサプロやサインバルタとは、まったく作用機序が違うNaSSAというカテゴリーに属する薬で、現在のところ、他に代わりになるものがない貴重な抗うつ薬です。
この薬が発売されるまでは、老人性うつ病(老年期の内因性うつ病)の患者さんの治療は困難を極めていました。内因性うつ病に良く効く薬としては、三環系抗うつ薬(トリプタノール・アナフラニールなど)がありました。しかし、抗うつ作用は強力でも、その副作用も強力で、便秘・口渇・ふらつき・眠気・体重増加などがはんぱでなく、心臓の悪い人には使えないなど、大きな制約がありました。ところが、リフレックスが使えるようになって、その副作用が軽減されました。眠気・体重増加はあっても、三環系抗うつ薬とは比べ物にならないくらい軽いもので、老人性うつ病の治療が容易になったのです(効果発現も速い)。また、現在最も多く使われている、うつ病治療薬のサインバルタやレクサプロよりも、老人には良く効くんです(私見ですが)。不眠のある患者さんには、サインバルタやレクサプロは使いづらい薬です。このようなことを思って、「リフレックスをやめたい」、とY子さんが言い出した時に、喧嘩をしてまで、とは思いませんでしたが、何とかこの薬を続けてもらいたいと思ったのです。
リフレックスは、老人ばかりでなく、若い人にも良く効く抗うつ薬です。しかし、若者や女性は、その副作用である体重増加と眠気を嫌がり、中止せざるを得ないことがあります。でも、それはもったいない話で、全ての人に体重増加が起こるわけではないし、本人の努力(食事や運動)があれば、それを防ぐこともできます。眠気の副作用も飲み始めの2日間くらいで、大概のひとは慣れてしまう(ダメな人もいるが)。また、SNRI(サインバルタ・イフェクサー)やSSRI(レクサプロ・パキシルなど)に比べると離脱症状が出にくく、病気がよくなった後での減量・中止が容易です。さらには、うつ病だけでなく、双極性障害のうつ状態にも使いうる、数少ない抗うつ薬の一つでもあります。はじめは嫌なことがあっても、後からいいことがある薬です。若者、そして女性の皆さん、<なんとか考えてみてくれませんか。喧嘩はしたくありませんから?>。
補足:ちなみに、抗うつ薬の使用ランキングは以下だそうです。
1位 レクサプロ 17%
2位 サインバルタ 17%
3位 リフレックス、レメロン 12%
4位 ジェイゾロフト 10%
5位 パキシル 10%
6位 イフェクサー 7%
7位 アモキサン 6%
8位 ルボックス、デプロメール 6%
9位 トレドミン 5%
10位 トリプタノール 3%
*Y子さんがその後どうなったかは、「睡眠薬も抗うつ薬もやめられた理由」に書かれていますので参照ください。