“うつ病”、“うつ”、“うつ状態”、といった用語が氾濫しています。アメーバブログの中にも「私はうつ病を体験した」「うつ病を自分で治した」「うつ病はクスリでは治らない」「うつは簡単に治る」「私は重症のうつ病だった」といった類の記事がたくさん書かれています。しかし、その人たちのいう“うつ病”というものが、いったいどんなうつ病(うつ状態、うつ)なのかは、実際に診察して、その症状と経過を詳しく聴取しない限り、私にはその正体を知ることができません。“うつ状態”は百人百様、薬が効くもの・効かないもの、簡単に治るもの・治らないもの、自分で治せるもの・治せないもの、うつのように見えて・うつでないもの、など様々なものがあるからです。体験者が語る“うつ病”というものは、その人唯一の体験であって、その他の人たちに、そのまま当てはめて考えるのは相当の危険が伴います。体験者の話を参考にしたければ、十分に勉強して、「ここは自分と同じで、ここは自分と違うところだから参考にできない」などと客観的な判断をしなければならない。しかし、客観的に自分を評価することはとても難しいことです。また、それができるには、その人の資質(知能・性格・過去の経験など)が問われます。いくら体験者が客観的事実を語ったとしても、読者にそれを客観的に受け取る能力がなかったら(自分が都合のいいように受け取ってしまったら)、間違ったことが伝わってしまいます。日々の診療で私が出会う患者さんも、新聞、雑誌、ネットなどの記事を読んで、自分と照らし合わせた話を聞かせてくれるのですが、客観的な判断ができている人と、できていない人の両方がいます。また、いくら説明しても、その間違いを修正できるひとと、できないひとがいます。
精神科医は、”うつ病”と言ってしまうと範囲が狭くなってしまうので、”うつ状態”という用語をよく使います。そして、“うつ状態”の治療を行うにあたっては、どういう原因によって生じてきた“うつ状態”なのかを、まず第一に考えます。
最近よく用いられる診断基準に、アメリカ精神医学会が出しているDSM―Ⅴというものがあります。とても便利で、診断書病名やレセプト病名としては、使わせてもらっていますが、“うつ状態”の治療を行う上では、あまり役に立ちません。おじいちゃん先生である私は、原因を重視した、昔からある分類(キールホルツの分類)を使用します。まずは、身体因性うつ病、内因性うつ病、心因性うつ病のどれに当たるか(どれに近いか)を考えます。これからの治療の計画を立てるためです(治療方針を立てる)。
① 身体因性うつ病とは、アルツハイマー型認知症や脳腫瘍のような脳の病気、甲状腺機能亢進症のような体の病気、ステロイド剤や降圧剤などの薬剤、がそれぞれうつ状態の原因になっているものをいいます。
② 内因性うつ病とは、典型的なうつ病であり、精神科医が使う“うつ病”がこれに当たります。原因は不明で、引き金がある場合もない場合もあります。うつ状態が一定期間持続し、治療しなくても軽快するともいわれています。
③ 心因性うつ病とは、性格や環境が原因のうつ病です。さらに詳しく分類すると、神経症性うつ病、疲弊性うつ病、反応性うつ病の3つに分けられます。
病院を初めて受診した時に、過去に大きな病気をしたことがないか、現在治療中の身体の病気はないかなどと訊かれるのは、主に①をチェックするためのものです。家族や親戚の中に同じような病気をした人がいないかと訊かれるのは、主に②をチェック(遺伝負因)するためのものです。また、何か思い当たるきっかけがないか、どんな性格ですかと訊かれるのは、主に③をチェックするためのものです。ほかにも、現在飲んでいるクスリはありませんかなども訊かれます。私のクリニックでは、診察時間短縮のため、待合室で“初診の方へのアンケート”を書いてもらって、これらをチェックしています。もちろん、治療を進めていくうえで必要となれば、さらに詳しく聴取する必要があります。
身体因性、内因性、心因性という概念は、うつ状態に限らず、精神障害全般を理解する上ではとても重要で、うつ状態を客観的に正しく理解するためには、最初に是非とも知っておきたいことなのです。
*過去ログの、*世間でいう”うつ病”とは、*「うつ」と「不安」の区別は難しい*、も参照ください。