精神科臨床に30年以上携わっているが、未だに、“うつ”と“不安”の区別がつかないことが多々ある。うつ状態と不安状態とをはっきり区別できることは少なく、たいていは不安とうつ(抑うつ気分)が混ざっているので、“不安抑うつ状態”であることが多い。患者さんが「憂うつでたまりません」といっても不安状態のこともあり、「不安でたまりません」と言っても、うつ状態のこともあります。初診の患者さんに、抗うつ薬と抗不安薬をセットで出すことが多いのは、そういう理由によるものです。自分が鬱なのか不安なのか、一般の人には、わかりっこないので、「テレビも、新聞も、何を見てもたのしくない」「何かよくわからないけど、息苦しいような、嫌な感じがする」などと、自分の言葉で感じるままを伝えることが、最も良い伝え方なのです。精神科医も、カルテには患者さんが言った言葉をそのまま記録するのが常なのです。もちろん、日本語で書きます。そこが、他の診療科との大きな違いで、英語で書いたら患者さんの言葉ではなくなってしまいます。

 

 M男さん、65才、通院歴5年 診断名:うつ病、心気症(不安障害の一種)

 現在うつ病の方は軽快。回復度を測る指標としているエネルギーレベルだいたい何%馬力が戻っていますか、と訊くことが多い)は発病前に戻っていて、趣味も楽しめるようになっている。寝つくのには30分くらいかかるが5~6時間は続けて眠ることができている。しかし、めまい、ふらつきを始め、体のあっちこっちの不調を未だ訴え続ける。「私のうつは全然良くなっていない。夜も眠れない」と言われた。<初診の時、「テレビも、新聞も、何を見ても楽しくない、趣味もなくなった」「夜寝つくけど、2~3時間で目が覚めてからは、もう寝られない」とおっしゃっていたけれど、今はどうなってますか>と切り返した。こういう時にも、本人の言葉を記録しておいたのが役に立つ。M男さん、「そんなこと言いましたかね。良く覚えていません」と。<うつ状態の時の記憶は、失われていることが多いものなんですよ>と再度きりかえした。うつ病は完全に治っていて、心気症がまだ治っていないと理解することは、本人には非常に難しいことなのです。