前回のブログ、*手動瞑想は性格を変えるスピードを上げる*の続きとして読んでください。
T子さん(当時34歳)、が当クリニックを初めて受診したのは平成11年1月。とても有能な看護婦さんで、勤務しているSクリニックのA先生からとても信頼されていた。A先生の治療や処置、他の看護婦さんの患者さんに対する対応の仕方にまで、完璧な気配りをしていた。そのためか、一日を終えた後の消耗は相当激しいものだった。
平成11年1月、実父が、風呂場で脳出血をおこし死亡。「母に呼ばれた時には、動転して何もできなかった」。救急車で運ばれた病院で『心マッサージしましたか、あなた看護婦でしょ』と言われた。それをきっかけとして、看護婦としての仕事に自信を無くし、「仕事に復帰しても、看護婦として自分が間違いを起こしそうで怖い。救急車の音とか電話の音が怖い。電車とか狭い場所では風呂場を連想してしまう」といった症状が出現したため、当クリニックを受診した。約3か月間の通院加療で症状は軽快。職場に復帰した後も落ち着いていることが確かめられたので、治療は終了。しかし、そうではなかった・・・。
平成16年7月8日、5年ぶりに来院。この時は、性格神経症と言われている、抑うつ神経症、不安神経症、強迫神経症、恐怖症など、どれにも相当する多彩な病状を呈していた。それまでの5年間は順調な日々ではなかった。勤務していたSクリニック内の対人関係に悩み、「週の半分は勤務するものの、残りの半分は疲れ果ててしまって、家で寝て過ごしていた」。しだいに消耗が進み、うつ状態をきたした。加えて、過敏性腸症候群があまりに酷くなったため、長年勤めていたSクリニックを「迷惑をかけたくない」という理由で退職。その後、うつ状態の回復を待って、いくつかのクリニックに勤めた。しかしその度に、医者の技量不足や職業的誠意のなさ、他の看護師の患者さんに対する誠意のなさ、などが我慢できなくて自分からやめてしまった。ただちに、薬物療法および精神療法を開始した。
以来、現在まで13年間、中断することなく通院継続。紆余曲折はあったものの、持ち前の内省力を発揮し、自分を苦しめる性格傾向について、様々な発見(自己洞察)があった。それにより、かつて見られた神経症の症状はほとんど消退している。しかし、生活上の難題が降りかかると、“わかっちゃいるけど変えられない”という強迫傾向や反芻思考が頭をもたげ、悩み苦しみが絶えなかった。
T子さんが呼吸瞑想(ヴィパッサナー瞑想)を始めたのは平成28年11月。
平成29年1月来院時、「呼吸瞑想を始めて見たけれど、始めは雑念ばかりで、1分でも、2分でも苦しくて大変で、呼吸どころではなかった。我慢して続けたら、5分、10分とできるようになり、2週間かかった。今は一時間でもできて心地よい」。「私が人一倍、他の人が気にしない、外の子供の声や、夫のテレビの音を気にしている(と気づいた)。それをいままでは、夫が音を立てるから、いつも夫が家にいるからだ、と思っていた。夫の隣の部屋で瞑想をやっていて分かった。それからは音が前ほど気にならなくなった」。「夫の癌の5年生存率が50%と聞かされた。前だったら、5年後はどうなるかとか、今のうちに別れようとか、悲観的な事しか考えられなかった。今は、50%は生きてる、明日交通事故で死ぬことだってあるし、そんなふうに考えられる」といった、気づきを披露してくれた。
平成29年4月10日来院時、「呼吸瞑想は1月まではやっていた。やり始めて二週間目には、頭がさえて、はっきりものが見え、のどの渇きも食べることも、どうでもよくなって、ずっとこのままでいたいと思った」。「2月に夫の胸にしこりが見つかって、アルコールによる女性化乳房と分かってからは、瞑想しても、妄想(夫のこと)しか浮かばなくなって、座ってもつらいだけなので、やめてしまった」と語る。
<あなたは、すごい集中力で、たった2週間でサマーディーも体験したし、いろいろな気づきもあった。しかしその後は、ご主人のアルコール依存症の治療のことだけに集中が向かってしまっている。過集中にならないように、手動瞑想に切り替えましょう>と指示した。
平成29年6月9日来院時、夫のアルコール依存症の話に終始。混乱状態。手動瞑想の経過について訊くと、「手の動きを真剣に追っているので、考えが浮かぶことはない」という。手動瞑想においても、過集中の傾向があるようなので、<手の動きを真剣に追って集中しすぎるのではなく、パッパッと位置確認するだけでよい。テレビを見ながらやってみてはどうか>とアドバイスした。
平成29年7月21日来院時、スッキリとした表情は、前回の診察時とは別人のよう。「テレビを見ながら、手動瞑想をやった。先の5週間は、どちらかにしか集中できなかった。先週から両方(手もテレビも)同時に集中できるようになった。外の音とかも聞こえるようになった」といったあと、驚きの発言(これまでの彼女からは考えられない)。
「本当に悪い主人のほうが病院に行かなきゃいけないのに、どうして私が相談に行かなきゃいけないのか、ばからしくなってしまった」。「今はエアコンが壊れている状態。でも、夜31度でも寝られるし、食べられるし、生まれて初めて、寝付くときに体温が下がるのが分かった。エアコン無くても生きていけないわけじゃない。前は、夫のアル中を治療しなければ、エアコンを修理できないという考えにずっと囚われていた。だから、こんな考えはできなかった」。さらに、「いつもは努力して変わるけど、勝手に変わっちゃった。変な気持ち」と笑顔で締めくくった。
私が最も驚き、注目したのは「いつもは努力して変わるけど、(今回は)勝手に変わっちゃった。変な気持ち」という表現。彼女の言う「努力して変わる」とは、これまでの様々な気づきが、言葉を使って考え抜くという、長年にわたり彼女が続けてきた自己洞察のやり方を意味するのではないか。「勝手に変わっちゃった」というのは、言葉を使っての思考ではなく、手動瞑想によって変わったことを、意味するのではないか。「変な気持ち」というのは、今までとは違った気づきの感覚だったということを意味するのではないか。瞑想というのは、言葉という媒介を用いずに認知の変化(気づき)を直接に行う方法であると言われている。彼女が今回体験したことは、まさに、このことなのではないか。性格神経症の人の、性格変化のスピードアップがまさに今起こっているのではないか。
手動瞑想によって気づきがあった他の患者さんで、「これまでの自分とは反対の世界が開けたと思った」と言った人、「なんだ、なんだ、これは(この考え方は)」と言った人のことが思い出される。これが、T子さんの「いつもは努力して変わるけど、勝手に変わっちゃった。変な気持ち」と同じことなのかどうか、今の私には判らない。この人たちがどのように変わってゆくのか、今後が楽しみである。